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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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115 要害都市カムデン 03 バイロン・セバーグ将軍

 彼らは騎士団本部をバイロン・セバーグ将軍を先頭にして歩く。そこかしこに立つ歩哨(ほしょう)たちや歩いている騎士たちは、将軍を目にすると敬礼をする。バートの後ろを歩くホリーからすれば落ち着かないが。途中将軍のお供の一人は、将軍は本来の予定からは遅れると報告しに行った。なおバートたちの武器と異界収納のマジックアイテムは門で預けている。

 騎士団本部はそれ自体が城塞(じょうさい)と言うべき巨大な建築物だ。その中にもいくつもの建物があり、多様な防御の仕組みが(ほどこ)されているのが、賢者でもあるシャルリーヌの目には明らかだ。戦いに関する知識を蓄えたタイプの賢者は、時に軍師や参謀として軍に参加する。

 敵がここに侵入しようとすれば、あちらこちらの壁に空けられている小さな穴から矢や魔法を浴びせられるだろう。敵の突進力を()ぎ行き先を迷わせる構造も多数ある。罠や魔法的な仕組みも多数用意されている。城壁を破壊しようにも、建造物保護魔法も付与されていて、傷をつけることさえ難しい。空からの侵入にも備えて魔導砲も設置されている。水の調達手段や食料も十分に準備されている。たとえこの騎士団本部を陥落(かんらく)させても、侵攻側は甚大(じんだい)な被害を出すことであろう。

 ただ、ここまで攻め込まれた時はカムデンの街は壊滅している可能性が高く、ここを守るのも悪あがきにしかならないかもしれない。騎士団本部は巨大とはいえ、カムデンの街の全ての兵と民を収容するのは無理なのだから。

 それでも騎士や兵たちにカムデンは不落だという確信を持たせ、士気を上げるというメリットはある。いかにも頼りない防備では、籠城(ろうじょう)した時に兵の士気を維持するのは容易ではない。

 そして騎士団本部の中には帝都リスムゼンとつながっている転移門もあり、そちらからの援軍で敵を押し戻せる可能性もあるのだから、ここを守り切ることにも意味はある。なお転移門とは特定の組み合わせの施設間で人や物を瞬間移動させることができる魔法装置だ。これも現在においては移設することはできるものの新規に建造することはできない、貴重な過去の遺産だ。この騎士団本部が陥落する時は、転移門から敵が帝都に攻め寄せないように転移門は破壊される。

 彼らは大きな建物の一つに入り、将軍は騎士や兵たちに敬礼されながら進んで、部屋に入る。ここが応接室なのだろう。

 全員が部屋に入りサイラスが扉を閉めるなり、セバーグ将軍が言葉を発する。



「監視の者たちよ。これから我々がする話はフィリップ殿下以外には話してはならぬ。フィリップ殿下に直接に報告せよ」



 この応接室はフィリップ第二皇子直属の密偵たちにより常時監視されている。騎士団本部に入った者が密談をしても把握(はあく)できるように。外部からの訪問者は基本的に応接室以外への立ち入りは認められない。それも当然の配慮(はいりょ)と言うべきであろう。そしてセバーグ将軍がこれを言ったのは、バートたちにこの場は監視されていると伝えるためでもある。

 将軍がヘクターを見る。



「ヘンリー」


「はい」


「フィリップ殿下はお前たちのことを知っているのだな?」



 それはただの確認だ。セバーグ将軍はフィリップ第二皇子がヘクターたちの正体を知っているのだろうと推測している。



「はい。俺たちは帝都リスムゼンで第一皇女セルマ殿下にお世話になり、フィリップ殿下も俺たちの面倒を見てくれました。今回俺たちはフィリップ殿下と会うためにカムデンまで来たんです。セバーグ将軍たちにも会いに来るべきだとは思ってたんですが、どうなるかわからなかったので……」


「そうか……」



 リンジーたちは身近な男の口から出たとんでもない言葉に驚くしかない。ヘクターとバートはフィリップ第二皇子とは兄弟弟子だとは聞いていたし、皇帝も含めて皇帝家の人々は信頼していいとは聞いていたのだが。



「お前が私たちに会いに来てくれなかったのも、フィリップ殿下が私に教えてくださらなかったのも、私たちが何か問題を起こすかもしれぬと危惧したからであろうな……」



 セバーグ将軍自身には問題を起こす気などない。だが彼の部下たちもそうだとは限らない。フィリップ第二皇子とヘクターの危惧も当然と思うしかなかった。

 そして将軍は進み出て、ひざまずく。バートの前で。



「よくぞご無事でございました。アルバート殿下」



 ホリーたちは衝撃を受ける。殿下という言葉に。ホリーは『アルバート』とはバートの本当の名前だとは聞いたし、彼女もシャルリーヌも善神と悪神がバートの本当の名前だとして、アルバートという名を出しているのは聞いていた。だが将軍ともあろう人がバートにひざまずいて殿下と呼んだのだ。

 シャルリーヌたちもアルバートという名の殿下と呼ばれる地位の人物に心当たりがある。帝都で幽閉されているとも噂されている人物の名。それはチェスター王家最後の生き残り。第四王子アルバート。

 そしてホリーたちは理解した。バートは人々を守ることを義務としている。その理由がこれなのだ。バートは王家の一員として民を守ろうとしているのだ。

 サイラスも父の行動と言葉にまずは驚愕し、(あわ)ててバートに対してひざまずいた。

 黙って様子を見ていたバートが口を開く。



「もはやチェスター王国は滅んだ。私のかつての地位になど意味はない」



 バートはいつもどおりの無表情で、その言葉も全く()らぎはなく淡々としている。だが将軍の言葉は否定しなかった。そしてその淡々とした言い方は、まさに将軍が覚えているアルバート王子と変わっていなかった。



「だが、私はかつてセルマ殿下に頼み、お前に手紙を届けてもらった。それは届いたか?」


「はい。いただきました。私も返事をしたためさせていただきました」


「それは私も受け取った」



 ホリーたちは気づいた。バートがセバーグ将軍のことをお前と呼んだことに。バートは基本的に目上の相手はあなたと呼び、お前とは呼ばない。今のこの人は『アルバート王子』なのだろう。

 バートとセバーグ将軍は互いの言葉の意味を理解している。ホリーたちにはなんのことかわからないが。バートと将軍は互いの手紙が検閲(けんえつ)されて届いていないことも考えていた。自分たちに届いた手紙も偽手紙の可能性もあると考えていた。自分たちは帝国にとっての火種(ひだね)であり、警戒されるのは当然だと思っていた。だが互いに届いたと聞き、手紙は本当に届いたのだろうと考えた。どちらも検閲されても全く問題ないことしか書かなかったのだから。



「私が書いた手紙の内容は覚えているか?」


「はい。片時(かたとき)も忘れたことなどございません」


「ならば私からそれ以上言うことはない」



 バートからすれば、本当にそれ以上言うことはない。伝えたいことは既に伝えたのだから。それも彼は正義感ではなく、王家に生まれた者の義務として伝えたのだが。

 だが顔を伏せていたセバーグ将軍が顔を上げた。



「私めは、殿下のお口からあのお言葉を聞きたく存じます。どうかお願い申し上げます……!」



 それは心の底から絞り出したような訴えであった。それを聞くバートは無表情で、心を動かされた様子は少なくとも表面上は見えない。その様子もセバーグ将軍が覚えているそのままであった。

 バートが口を開く。



「チェスター王国は既に滅んだ。もはやお前に私の言葉を聞く義務はない」


「……」


「だが、お前が聞きたいと言うならば、私の口から言おう」



 セバーグ将軍はチェスター王国を裏切って帝国についた。親友だったエイデン将軍とも戦い、その死の原因ともなった。かつて仕えた王と三人の王子たちも命を落とした。その決断には今も後悔はない。だが心には()いに思っていることもあるのだ。自分はチェスター王家を裏切り、親友を死に追いやったと。

 バートは続ける。



「民を守れ」


「はっ……! そのお言葉をこの耳で聞きたかったのです……!」



 セバーグ将軍の目から涙が(あふ)れる。アルバート王子は自分を認めてくれたのだ。そして今、言ってくれたのだ。民を守れと。

 将軍は民を守るためにチェスター王国を裏切ったのだ。彼は腐敗し弱体化した王国では民を魔王軍から守れないと判断した。帝国ならば民を守ってくれると。そして自分も汚名を背負ってでも民を守ろうとしたのだ。

 アルバート王子は、その自分を認めてくれた。


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