114 要害都市カムデン 02 ヘクターの幼なじみ
バートたちが待っていると、三人の騎士が騎士団本部に入ろうと向かって来た。
一人は威厳ある容貌の四十代から五十歳程度の騎士で、将軍格とおぼしき華麗な鎧を纏っている。だが見る者が見れば、その鎧は儀礼用の飾りではなく、実戦経験に裏打ちされた強固な防御力を持つことがわかるだろう。魔術師のシャルリーヌからすれば、その将軍らしき男と供をしている騎士たちが身につけている武具も、いずれも強力な魔法が付与された実戦用の装備であることは明白だ。この騎士たち自身も強力な戦士なのであろう。
最前線はこのカムデンの街からもうしばらく東にあるのだが、街に駐屯している騎士たちはいつでも戦えるように準備を怠ってはいない。いつ最前線が突破されて魔王軍がこの街まで攻め寄せて来てもおかしくはないのだ。
将軍が引き連れるお供としては、二人しかいないのは数が少ないと思う者もいるだろう。だがこのカムデンにおいては将軍格の者たちもさほどの人数を連れずに移動することも多い。カムデンではそこら中に騎士や兵がおり、治安は非常に良好なため、護衛は最小限でいいのだ。
門衛の騎士たちはその騎士たちを止める様子はなく、敬意を払う様子を見せている。
ふとバートたちの方を見た将軍らしき男の顔が驚愕の表情を形作った。だが実際に動いたのは共の若い騎士の一人だった。ヘクターと同じくらいの年頃であろうか。その騎士はスケイルアーマーと呼ばれるうろこ状の板を重ね合わせた鎧を纏っている。
リンジーたちはそのうろこに見覚えがある。ドラゴンのうろこだ。ドラゴンのうろこで作られたスケイルアーマーは軽い上に高い防御力を誇る。そしてドラゴンのうろこを使ったスケイルアーマーは、竜騎士が好んで身につけることでも賢者たちには知られている。
「ヘンリー……ヘンリーじゃないか!?」
「サイラス……それにセバーグ将軍……」
「やっぱりヘンリーじゃないか!」
その騎士が近づいて声をかけた相手はヘクターだった。ヘクターもその騎士と将軍を知っているようだ。ヘンリーという名にはリンジーたちにも聞き覚えがある。ヘクターがオーガのイーヴォたちと戦う時に、自分の本当の名前だと言っていたものだ。
サイラスと呼ばれた騎士は懐かしげにヘクターの両肩に手をかける。
「よくぞ無事で……お前の消息がわからずに心配してたんだが、その格好、冒険者になっていたのか?」
「ああ。お前たちこそ無事で良かった」
サイラスは本気でヘクターとの再会を喜んでいるのだろう。それは横で見ているホリーたちにも伝わって来る。ヘクターも懐かしげな様子を見せている。リンジーたちもその再会を喜んでやりたいのだが、気になることがある。
「ヘクター。その騎士様たちはあんたの知り合いかい?」
「おう。サイラスは俺の幼なじみなんだ。長いこと会ってなかったんだけどな。バートはサイラスとは初対面のはずだけど」
「ああ。彼に見覚えはない」
リンジーたちからすれば、ヘクターがどんな出自なのかはどうでもいい。この男は信頼できるいい男なのだから。
だがサイラスは考え込む様子を見せる。
「ヘクター……? それにバート……? まさか、鉄騎ヘクターと静かなる聖者バートか!?」
「あー……一応そう呼ばれてはいるな」
「そうか……お前は昔から武芸に優れていたが……」
サイラスも鉄騎ヘクターの名声は知っている。その冒険者が旧知のヘンリーのことだとは思いもしなかった。そして鉄騎ヘクターと静かなる聖者バートがエルムステルとミストレーで活躍したことも噂は聞いている。
「お前は冒険者として民を守っていたんだな……」
「ああ。お前たちとは違う形でな」
「……ああ。だがエイデン将軍のことは……」
サイラスが指揮官を任されている、バイロン・セバーグ将軍傘下の蒼翼騎士団は、旧王国領では裏切り者呼ばわりされている。蒼翼騎士団はかつて旧王国でもロドニー・エイデン将軍率いる黒鋼騎士団と並び称される最精鋭だった。だがセバーグ将軍と蒼翼騎士団は帝国に寝返り、王都フルム包囲戦では黒鋼騎士団とも戦っている。そして蒼翼騎士団は旧王国滅亡後は帝国の下で魔王軍と戦い、旧王国の民を守っている。
「あー……セバーグ将軍と蒼翼騎士団が父上の騎士団と戦ったことは、俺は気にしてないぞ。父上は王国への忠誠を優先した。セバーグ将軍は民を守ることを優先した。俺はどちらかと言えばセバーグ将軍の方が正しかったと思う」
「……ああ」
サイラスには心にわだかまりもあった。セバーグ将軍は彼の実の父親だ。その尊敬する父がエイデン将軍と戦ったのだから。そう、ヘクターの実の父親であり、サイラスも尊敬していた人と。だがヘクターの言葉にその心のつかえも取れた気分だ。父が正しかったとは彼も思っていたのだが、それをヘクターも肯定してくれた。
一方リンジーたちは驚きの表情を浮かべている。この会話からすると、ヘクターの父親はエイデン将軍であるように聞こえる。ならばそのヘクターが忠誠を捧げている様子も垣間見えるバートは何者なのだろうと。
そこに将軍、会話からするとバイロン・セバーグ将軍だろう男が言葉を発する。
「サイラス」
「はっ! 話し込んでしまい申し訳ございません、セバーグ将軍!」
軍隊組織において、規律を示すためにも親族であっても公的な場では公人としての行動を示す者たちもいる。この親子もそうなのだろう。将軍の言葉も息子に対するものではなく、部下に対するものであった。
セバーグ将軍は門衛の騎士に声をかける。
「君。この方たちはなぜここに?」
「はっ。静かなる聖者バート殿と鉄騎ヘクター殿とその仲間ですが、ヘルソン将軍に面会予約を希望しており、現在お伺いをかけております。お二人がお持ちになっていた帝国公認冒険者のエンブレムは本物であると確認いたしました」
「この方たちは私の権限で応接室に通す。返答はそちらに寄越してくれ」
「はっ!」
騎士は表には出さないように努力しているようだが、当惑を隠せていない。将軍ともあろう方がこの冒険者たちを敬う様子を見せているのだから。サイラスももう一人のお供の騎士もその将軍の様子に当惑しているようだ。
「ようこそおいでくださいました。どうぞお通りください」
セバーグ将軍の声は、ほんの少し震えていた。その視線はバートに向けられていた。