113 要害都市カムデン 01 訪問
要害都市カムデン。それは旧チェスター王国領東方地域に位置する、天然の要害を利用して建設された軍事都市だ。魔王領との前線も近く、旧王国時代から守りの要とされてきた。
旧王国領の統治を任されているヴィクトリアス帝国第二皇子フィリップは、旧王都フルムではなくこのカムデンに本拠地を置いている。フィリップには武勇に優れた者として戦場に身を置きたいという思いがある。彼は武人的な性格で、華やかな都よりも軍勢と共にあることを好む。彼も芸術や文化を否定はしないが、常にそれらに囲まれている必要はないという性格なのだ。
そしてフィリップは、安全な場所に身を置いて他人に戦場に行くように命令することは卑怯だと考える性格でもある。自分が戦死すれば旧王国領が大混乱に陥ってしまうことは理解しているのだが。だがフィリップがそんな男だからこそ、隷下の騎士団の士気が極めて高いことも事実であった。
バートたちは冒険をしながら三ヶ月ほどかけてこのカムデンに旅をしてきた。旅の途上、彼らの実力にふさわしい高難度の依頼はなかったが、ホリーに安全に経験を積ませるのにはちょうど良かった。この旅でホリーも冒険者として少したくましくなったが、その優しすぎる性格には変化はない。
「この街でホリーの成年祝いをしていこうかしらね」
「そうだな。ちょうどいい機会だろう」
「ありがとうございます!」
ホリーも大人とされる十五歳になった。シャルリーヌの提案に、バートもヘクターたちも異論はない。ホリーもみんなが祝ってくれるのがうれしい。この人たちは自分を聖女としてではなく、一人の女の子として扱ってくれているのだから。
「でもエルムステルやミストレーとは全然違いますね」
「これまでの街も防備の固い所はあったけど、ここはすごいね」
「そこかしこにいる騎士や兵たちも練度が高いようじゃな。さすが勇名を馳せるフィリップ第二皇子殿下のお膝元と言うべきかの」
「治安も良さそうだね。この街には盗賊ギルドはなさそうだ」
「このカムデンは遙か昔に魔王軍の侵攻を防ぐ盾として建設されたそうだが、帝国の統治下でさらに防備が強化されているようだ」
「俺とバートもカムデンに入るのは初めてなんだけどな」
ホリーは街の様子に圧倒されている。建造物保護魔法も付与された堅牢な城壁が張り巡らされ、いたる所に軍事施設がある街の様子に。リンジーたちもその街の様子を物珍しそうに眺めている。旧王国領東方地域の大きな街は、例外なく防備が強化されているのはホリーたちも目にしてきたのだが、この街はさらなる偉容を誇っている。
カムデンの街はおおよそ二つの構造に分かれている。内側は政庁があり街の一般住人の多くも暮らす市街地。市街地の外れには騎士団本部があるが、騎士団本部はそれ自体も堀と城壁を持つ、城塞と言うべき巨大で堅牢な構造物だ。市街地も高く分厚い城壁で囲まれている。
市街地の外側は軍事地域と農村地域が囲み、その周囲は巨大な土塁と空堀が囲っている。農村地域も防備の中に取り込んでいるのは、街が魔王軍に包囲されても民を守りながら長期間籠城できるようにするためだ。包囲されても食料を供給できるように。いつまでも持ちこたえられるほどの食料を生産できるわけではないが、食糧が尽きるのを遅らせることはできる。旧王国時代は農村地域までは防備はなかったのだが。土塁のさらに外は天然の要害になっており、三方を崖や大きな川に囲まれ、陸上からこの街を攻撃するのは非常に困難だろう。
空からの攻撃に対しても長距離魔導砲がいくつも設置され、空を飛べる魔族たちが攻め寄せても、街に到達するまでに甚大な被害を出すであろう。魔導砲とは過去の文明の産物であり、現在の技術でも整備と補修、移設くらいはできるが、新しく製造することはできない。また大きく重いため、基本的には据え置きで使われる。移動させる際にも力が強く疲れないゴーレムを使うことが多く、魔導砲を運用できるのは国か大きな街くらいしかない。これだけの数の魔導砲が設置されているのは、旧王国領ではこのカムデンだけだ。
なお魔導砲は特定の時代の遺跡からしばしば発見されるのだが、大半は使える部品があればマシという程度のガラクタがほとんどだ。個人が携行した小型の魔導砲については、使える状態で残っているものはほとんどない。それらを大量に運用していた文明があったのだろうが、魔導砲をなんらかの方法で無力化する魔法兵器を魔族が使用したのだと推測されている。
川にも堤防を兼ねた土塁があり、各所に兵の詰め所が設けられて防壁も立てられ、リザードマンなどの水中でも行動できる魔族に対する防備も抜かりはない。
百五十年前の大戦時にはこの街も魔王軍に攻められたが、最終的には陥落してしまったものの、チェスター王国が守りを固めるための貴重な時間を稼いだことでも知られている。旧王国末期にも魔王軍に攻められ、バイロン・セバーグ将軍率いる蒼翼騎士団とロドニー・エイデン将軍率いる黒鋼騎士団が救援に駆けつけ、陥落を免れたという過去もある。
「あ! 船が飛んでいますよ!」
「飛空船だな。地方では大きな街でもそうそう見られないが、高速輸送手段として国の中枢では利用されている」
「ああいった飛空船は失われた技術で、今の魔法技術ではその中枢部品となる飛空石を製造できないのよ」
ホリーの指さす先には大きな船が浮かんでいる。飛空船と呼ばれるものだ。この世界において、大量の物資を輸送する時は、荷馬車などで陸上を移動するよりも船の方が効率がいい。そして究極の船と言うべきものが飛空船だ。飛空石は遺跡から発掘するしかなく、国レベルでもなければ運用できない恐ろしく高価なものなのであるが。なお飛空船に魔導砲を装備した軍用飛空船も存在するが、対魔族戦では真っ先に攻撃目標になるため、運用は難しいようだ。空を飛べる魔族も多いから、空を飛ぶ船も絶対的なアドバンテージにはならないのだ。人間の軍勢相手ならば猛威を振るうのであるが。
そうして彼らはこの街の騎士団本部の門に来る。ここはフィリップ第二皇子が職務中に滞在し、警備も厳しい。リンジーたちの馬は冒険者の店に預け、徒歩で来ている。
バートが門衛のリーダー格らしき騎士に声をかける。
「私は帝国公認冒険者のバート。静かなる聖者とも呼ばれている。こちらは同じく帝国公認冒険者のヘクター。鉄騎とも呼ばれている。ダスティン・ヘルソン将軍に面会予約を入れることを求めたい」
「はっ!」
帝国公認冒険者は帝国の騎士隊長と同格の扱いを受ける。騎士と門衛たちからすればバートとヘクターは格上だから、その態度も丁重なものになる。それに静かなる聖者と鉄騎と言えば旧王国領でも高名な冒険者な上に、伝説の『勇将』ゲオルクと『鮮血の魔将』アードリアンを討ち取ったという勇名もこの街まで届いていた。
なおヘルソン将軍はエルムステルに派遣された騎士隊長エルマーの上官だ。バートたちがホリーを伴ってカムデンを訪れるにしても、ホリーが聖女であることはまだ秘密だ。そのためフィリップ第二皇子に直接面会を求めるのは問題があると、まずは将軍に面会を求めるようにと打ち合わせをしていたのだ。
「帝国公認冒険者のエンブレムをお示し願えますか?」
「ああ」
「おう。これだ」
バートとヘクターが懐からエンブレムを取り出す。エンブレムは冒険者の身分証明となるもので、各地の領主や冒険者の店が発行する。帝国公認冒険者はその名のとおりヴィクトリアス帝国が公認し、最も信頼できる冒険者である証だ。バートとヘクターはまずはその手に持ったまま、剣と簡略化した帝国の紋章が意匠化されたエンブレムから同じ文様が空中に浮かび上がるのを示す。
「では、エンブレムをお貸し願えますか?」
「ああ」
「おう」
エンブレムを受け取った騎士は、それを魔法装置に順に置く。帝国公認冒険者のエンブレムには様々な偽造防止の魔法が組み込まれている。そのチェックをしているのだ。
帝国公認冒険者のエンブレムを偽造した者とそれを身につけた者は厳しく処罰される。帝国公認冒険者は帝国から定期給与が支給されるわけではないし、偽造品を身につけることはメリットが少ない割にデメリットは大きいから、そんなものを偽造する者はいないというのが常識ではある。
だがここはフィリップ第二皇子が出入りする場所なのだから、出入りする者は厳しくチェックしなければならない。魔族が有力者の暗殺を目論む恐れもある。この場には魔族を見抜く結界も恒常的に設置してあるのだが。そして魔族だけではなく、悪心を持つ人間にも警戒しなければならない。それに言葉だけではこの冒険者たちが本当に静かなる聖者と鉄騎なのか判断はできない。
「確認しました。ヘルソン将軍にお知らせし、面会の可否を伺ってきます。お会いになるならば日時をお知らせしますので、こちらでお待ちください」
「承知した」
エンブレムがバートとヘクターに返され、隊長から指示を受けた騎士が騎士団本部の中に向かう。バートたちは他の出入りする者たちの邪魔にならないように横に移動する。
すぐには返答はないだろうから、しばらくは待つことになるだろう。フィリップ第二皇子と会うためには日程の調整も必要だろうから、今日中に通されることはないだろう。日時を聞いたら彼らは冒険者の店でゆっくりするつもりだ。さすがに今日ホリーの成人祝いをするのは慌ただしいから、後日にするつもりだが。