112 村での祭り
人々が笑い、歌う。華やかな衣装を纏った数人のグループが、奏でられる音楽に合わせて列を作って踊る。別の場所ではこれも華やかな衣装を纏った男女が輪になって踊る。村ではお祭りが開かれていた。広場には多数のテーブルが並べられ、酒や料理、子供たちが喜ぶ甘いお菓子などが用意されている。急のことだったから、特別な用意が必要な出し物や料理はないけれど。
「はっはっは。落ちるなよー」
「わー! 高ーい!」
「次は私ー!」
厳つい見た目に似合わず子供好きのヘクターは、子供たちの相手をしてやっている。子供たちもそんなヘクターの周りに集まっている。母親や父親たちは自分たちも祭りを楽しみながらそんな子供たちの様子を穏やかに見守っている。
「おー! さすがドワーフ! いい飲みっぷりじゃねえか!」
「わっはっは! お主らもなかなかにいい飲みっぷりじゃぞ!」
ニクラスは村の男たちとジョッキを酌み交わしている。その男たちの妻たちはつまみを用意してやったりおしゃべりをしたりして楽しんでいる。まだ昼なのに酔い潰れている男たちもいる。
「それであたしがこう剣を突き出したんだ! それがとどめとなってドラゴンを倒したんだよ!」
リンジーは村の者たちにせがまれて冒険譚を披露している。村の者たちもこちらに来ている子供たちも、心躍る活躍にやんややんやの大喝采だ。
「僕も大人になったら冒険者になる!」
「私も!」
「俺も街に行って冒険者になるんだ!」
「私もよ!」
「君たち。冒険者には危険も多いから、冒険者になることに憧れても十分に考えるべきだよ。家族ともちゃんと話し合うようにね」
「はーい!」
リンジーの話に冒険者に憧れる様子を見せる子供たちや年頃の者たちもいるが、ベネディクトが諭している。周囲の大人たちも彼が諭してくれたことにホッとしているようだ。村の大人たちにも子供たちに危険なことはしてほしくはないという思いがある。だが彼らも兵士や冒険者、自警団のなり手が必要なことはわかっている。
静かに祭りの様子を眺めているバートに、村長のダニーが挨拶に来た。
「誠にありがとうございます。怪物を退治していただいて、遺跡の危険も排除していただいただけではなく、村の者たちに気晴らしもさせていただくとは」
「構わない。だが冒険者の側から金を出して村の者たちに気晴らしをさせることはそうそうないことは、承知しておいてほしい。村の者が自分たちも楽しむことも含めて冒険者をもてなすことはあるが」
「それは重々。皆さんもお楽しみください」
「ああ。ヘクターたちも楽しんでいるようだ」
ホリーたちの提案で、村の人々に気晴らしをさせてあげようとバートたちで資金を出してお祭りを開いてもらったのだ。村人たちも不安だったであろうから。バートは人間嫌いではあるがこういう雰囲気は嫌いではなく、ホリーやヘクターたちも楽しんでいるから構わないだろうと思っている。
「ですが酷い領主様というのもいるのですねぇ……ここの領主様は先代も今代も素晴らしい方なのですが、私たちはそれを当然のことと思うのではなく、感謝しなければなりません」
「そうだな。酷い統治者はどこにでもいる。特に旧王国から残っている貴族にはそのような者が多い。ここの領主は領民思いのようだが」
「はい……」
アンデッドに成り果ててしまった者を、賑やかに冥界に送り出すという意味も込めた祭りにしてほしいというホリーの頼みにも、村人たちからも異論は出なかった。遺跡の中にいたアンデッドを原因として村に被害が出ていたら、すんなりとは受け入れられなかっただろうが。
「ところでこの村には両替商はないのだな?」
「はい。遺跡で回収なさった金銀宝石は街で両替してください。私たちがあなた方から受け取りました金貨も、街に行かないと両替できませんので」
「承知した」
銀貨は大量にあるとかさばるし重いから、多くの資産を持つ者はより価値の高い金貨や宝石に両替して持つことが多い。食事や宿などの支払いのために、ある程度の銀貨も持ち歩くのが普通であるが。銀貨より価値の低い銅貨も使われるが、そちらは銀貨よりもさらにかさばるため、旅で持ち歩くのには向かない。
小さな街でも各種貨幣や金銀宝石を少額の手数料を取って両替する両替商がある。今回遺跡で回収した高価なガラクタも、破損しているものは工芸品としてではなく金や宝石という素材として両替商に持ち込むつもりだ。
なお帝国が正式に定める金貨と銀貨は金銀の含有量や重さが決められて、専属の工房で生産されており、両替レートも定められている。貨幣を偽造した者は厳しく処罰される。
旧王国領では旧王国時代の貨幣も普通に使われているが、旧王国末期の金貨には一部の貴族たちが勝手に製造した品質の悪いものも紛れ込んでおり、信用という点では少々劣る。それほどに旧王国末期は統治が緩んでいたのだ。
村長もバートから離れ、そこにホリーとシャルリーヌが来た。その手には素朴な焼き菓子を持っている。
「バートさん。お菓子をいただいてきましたよ」
「あなたは甘いものも嫌いじゃないようだしね」
「ああ。ありがとう。お嬢さん、シャルリーヌ」
バートは食べ物には基本的に好き嫌いはない。保存食などの質素な食事にも文句を言うこともない。酒は飲もうとはしないが。ホリーから焼き菓子を受け取り、口にする。甘すぎず、味が足りないということもなく、これはこれで悪くはない。そうして祭りの喧噪をよそに穏やかな時間が過ぎる。
ホリーが改まった様子になり、暗いものを感じさせるバートの灰色の目をまっすぐ見た。
「バートさん」
そのホリーの目を、バートもまっすぐに見る。この少女はまぶしい。だがバートもできるだけ目を逸らさないようにしている。
「私は世界中の人たちがこんな風に穏やかに暮らせるように活動したいと思います」
「私はそのホリーを守って、そして協力しようと思っているわ」
「……」
「バートさん。あなたも協力してくれますか?」
「……君が望むならば、私も協力しよう。私にとっては、大半の人間は妖魔同然の醜悪な存在にしか思えない。だが君たちの思いは美しいと思う」
「はい!」
「私たちはあなたのことを一人にはさせないわ」
ホリーはうれしい。バートとシャルリーヌが協力してくれることが。この人たちと共に神に至って永遠に一緒にいられるであろうことが。そしてこの人と愛し合えるのなら素晴らしいことだ。
同時に悲しい。やはりバートにとっては大半の人間は悪なのだ。この人はやはり悪神と同様に人間たちを信じることはできないのだ。その心を癒やしてあげたい。
シャルリーヌは思う。自分とホリーはこの男に恋をしているのだろう。そしてこの男も自分たちを好ましく思ってくれているのだろう。だけど注意は必要だ。この男は必要と思えば彼自身の命を捨てかねない。そんなことはさせない。
バートは思う。この少女はなぜこんなにまぶしいのか。善神がこの少女を見込み、聖女とするのも理解はできる。だがなぜこの少女たちが自分に好意を寄せるのか理解できない。リンジーがヘクターに恋心を向けているのは理解できるのであるが。自分はこの少女たちには釣り合わない、人格に欠陥を抱えた人間だ。なのに自分はこの少女たちと共にいることを心地いいと思ってしまっている。