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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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110 夢の中で 05 世界の状況

 神々の時代の話が終わり、その後の時代の話になる。



「神々の時代が終わった後も人類と魔族は戦いを続けている。魔王たちからすればいつでも人間種族を滅ぼせたんだけどね」


「我が配下たる魔王たちは我が意思を理解している。我は人間たちが増えすぎないようにしたいのであって、人間たちを滅ぼしたいわけではない」



 人類社会では、魔王は人類を滅ぼすために策を練っていると考えられている。だが真実は、魔王たちはいつでも人間種族を滅ぼせるのに、それをしていないのだ。



「そのさらに配下の魔族たちには人間たちを滅ぼさなければならないと考える魔族も多いけれど、それは人類側も魔族は敵だと思って滅ぼさないといけないと考えてるんだから、お互い様だ」


「人間たちを滅ぼさねばならぬと考えている者たちがいることも、人間たちを間引(まび)きするためには必要だ。人間たちを生かしていいと考える者だけでは、人間たちを間引くことに支障が出る」



 魔族側の事情も説明される。人間を滅ぼそうと考える魔族も大勢いる。だがそれは魔王たちのコントロール下にあるのだ。



「その間人間たちは神々の時代にも比肩(ひけん)するような繁栄に手をかけることも何度もあった。それは繁栄を始める初期の人間たちが調和をもって生きようと考え、魔族たちも様子を見ようと思ってくれたから実現したようだ」


「だが人間たちはそのたびに期待を裏切った。次第(しだい)に人間たちは傲慢(ごうまん)になり、全てを収奪するようになっていった。一度の例外もなく。だから我が配下たちは人間たちに対し文明崩壊級の攻撃をかけた」


「それでもアルスナムの配下たちは人間たちに完全には見切りをつけなかった。だから人間たちはまだ滅んではいないんだ」


「いい加減人間たちに嫌気が差して、人間種族を滅ぼしてしまいたいと思っている魔王もいるがな。その者たちもまだ思いとどまってはいるが、あと千年も我慢できるかは危ういであろう」



 シャルリーヌは、むしろ魔王たちはよくぞまだ人間種族に見切りをつけていないものだと思う。何度も裏切られたというのに。魔王たちもそろそろ我慢(がまん)の限界のようであるが。



「アルスナムたちが人間たちに失望するのも理解はできるんだ。私についてきてくれた神にも、人間たちに絶望して私の(もと)から離れた神もいるしね……」


「我からすれば、何故(なにゆえ)ソル・ゼルムたちが人間種族全体を信じるのかわからぬ」


「それは人間にも善なる心を持つ者も大勢いるからだよ」


「その点では我とお前の考えは一致せぬ。人間にもその少女のように美しい心を持つ者がいることは認めるが」



 人類社会の神話では、善なる神から悪なる神に()ちた神々もいるとされている。だがその神々は人間たちに絶望してしまったのだ。何度(さと)しても善なる方向に己らを変えられない人間たちに。



「そして今の時代。魔王たちは新しい試みを始めているのだと私は考えているのだけどね」


「……」


「アルスナム。教えてくれないかい?」


「……お前の推測を言うがいい。それが正しいか間違っているかを答えよう」



 ホリーとシャルリーヌは改めて気を引き締めて、偉大なる神の言葉を聞く。一言一句(いちごんいっく)聞き漏らさないと。



「人間たちの文明は、規模を拡大するほど発展を早める傾向がある。文明が発展すると人々はより豊かになる。人口は増え、死亡率も下がる」


「……」


「だけどその分人間たちの文明はより多くの物資や資源を必要とするようになる。それはこの星に負荷をかけ、そして他の種族や生き物を圧迫する」



 その文明理論は賢者でもあるシャルリーヌも知らなかったことだ。だが過去の高度に発展した文明が、全世界的な規模であったと推測されていることは、彼女も知っている。



「人間たちは自分たちが強いと錯覚すると、傲慢(ごうまん)な考え方をする者が増えていくことも残念ながら事実だ」


「……」


「人間同士の格差も拡大し、『強い』人間は同族に対しても他の種族に対してもより傲慢になる傾向もあることも認めざるをえない。残念ながら高潔な人間は統治者も含めて多くはない」



 権力に(おぼ)れ、傲慢に振る舞う人間はいくらでもいる。歴史上でも、現在の世界でも。単純な暴力としての力の持ち主でも、財力がある者でも、『力』を持っていると、自分は何をしてもいいと傲慢に振る舞う人間はいくらでもいる。それはシャルリーヌも否定できないことだ。そしてそれはホリーもなんとなくわかった。



「だから魔王たちは人間たちの領域を魔族の領域で分断し、人間たちの文明の規模が拡大しないようにしているのではないかと思う」


「……お前の推測は正しい。それに加え、我が配下たちは人間たちの数が増えすぎないように、時に文明を退行させるように、適度に争い人間たちの人的資源に負荷をかけようとしている」



 善神の推測は正しかったようだ。それにも理はあることはホリーとシャルリーヌも、そして善神も否定はできない。だからといって悪神と魔王たちが人間たちを間引(まび)いていることが正しいとまでは彼女らは思えないが。



「あれ? 正否を答えるだけじゃなかったのかい?」


「どうせお前も推測しているであろう。ならば言わぬのは時間の無駄でしかない」



 からかうように言う善神に、無表情な悪神は不機嫌そうな色を声に込めて答えた。それも神々の時代では幾度(いくど)も繰り返された彼らのコミュニケーションなのだろう。



「我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。この魔王たちの試みは私は正しいとまでは思えない。だけどこれがうまくいけば、しばらくは決定的な破局は避けられ、時間を稼げる可能性は高い」


「……」


「その間に人間たちに善なる心を広げてほしいんだ。皇帝にこのことを伝えるのは、その大きな一歩になる可能性がある」


「はい!」



 ホリーは責任感をもって、しっかりと答える。だけどシャルリーヌには危惧があった。



「……そううまくいくかしら? これは神話から始まる人類の歴史を根本から否定することよ。皇帝陛下が信じてくれるとしても、下手にこのことを公表したら民衆の支持を失う恐れがあると思うわ」


「であるな。ソル・ゼルムは人間たちの善意を信用しすぎている」


「真実までは公表しないでおくという手もあるとは思うけど、それでは人類と魔族の戦いを終わらせることは到底できないと思うわ。人類は魔族を絶対的な悪だと思っているのだから」


「であるな」



 皇帝は信用してもいい人物なのかもしれない。だがその臣下たちと民衆も全面的に信用できるとはシャルリーヌには思えない。その彼女の言葉に悪神も同意する。



「そうだね。でも動き始めないと現状を動かすことはできない。人間たちが調和をもって生きる種族に進歩できずにいつまでも戦いが続くなんて、あまりにも救いがないじゃないか。その()てに人間種族が滅ぼされるところは見たくない」


「……そうね。それには私も同意するわ」


「私も人類と魔族がいつまでも戦うのはいやです」


「そのような考えがあることは認めよう。我は人間たちが変われるとは思えぬが」



 善神もただ理想を見ているわけではない。それでも善神は人間たちも他の種族と調和をもって生きられるようになってほしいのだ。そしてそれは現在の人間たちが他の種族や生き物、そして人間同士でも、調和をもって共存できる種族だとは言えないと善神すらも認めていることも意味する。



「でも正直に言うよ。我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。私はこれまでも幾度(いくど)も聖女に時の統治者に神話の真実を伝えるように頼んできた。だけど残念ながら戦いは終わらなかった」


「……」


「高潔な統治者にそれを伝えることができた聖女も何人もいた。だけどその統治者たちも、真実を公表することをできる者は一人もいなかった」



 人類社会にその真実は残っていない。あまりの重大性に、その統治者たちは公表することも記録に残すこともできなかったのだ。



「それでも統治者たちが聞き入れて、魔王たちも様子を見てくれたことも何度かあるんだけど、人間たちは代を重ねるとそれを忘れていった。そして人間たちの文明の崩壊という結果に終わった」


「……」


「私はその破局の勢いで人間たちが完全に滅ぼされるんじゃないかと心配しているんだ……」



 ある程度の成果を出したことも何度かあるのだが、それも全て破局に終わった。人間種族は進歩することはできなかった。

 善神が悲痛な様子になる。



「そして、真実を言ったばかりに人間たちに殺された聖女も何人もいる……」


「……」



 ホリーはあまりのことに絶句している。シャルリーヌはそれは十分にありうることだと考えた。そして下手な者にこの真実を言えば、ホリーと自分たちもそのような命運を()げかけないと危機感を(いだ)く。



「……この真実は、必ず皇帝陛下にお伝えします。そして私は私にできることを全力でします」


「私もそのホリーを手伝うわ」


「……頼むよ。でも、君たちは自分たちの命を守ることを最優先してほしい。こんなことを頼んだけど、無理なら君たちは魔族たちの保護を求める手もある」


「我が配下たる魔王たちも、お前たちを粗略(そりゃく)には扱わないであろう」


「……はい」



 ホリーは善神に宣言したが、彼女も自分の行こうとする道が途轍(とてつ)もなく険しいことはなんとなくでもわかっている。それでも自分も世界の未来のために動きたいのだ。



「ソル・ゼルム様。私はホリーの安全を優先するわ。この子の、そして私の使命は大事だとは理解しているけれど、私はそれよりこの子が不幸になってほしくないのよ」


是非(ぜひ)そうしてほしい。私も正直に言えば聖女や君にこんな重い使命を負わせたくはないんだ……」



 シャルリーヌももちろん使命の重大さはわかっている。だけど彼女はそれよりもホリーを優先したいのだ。

 そして善神もそれを認めた。善神もホリーとシャルリーヌを不幸にしたくないのだ。善神は大勢の聖女たちが不幸な最期(さいご)を遂げてしまったことを()いに思っている。この少女たちまで犠牲になるのは耐えがたい苦痛なのだ。


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