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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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108 夢の中で 03 善神は忠告する

 善神はホリーたちに語りかける。



「でも、君たちも我が友の聖者には気を配ってあげてくれ。彼は生きることに執着(しゅうちゃく)していないようだ」


「……はい」


「ヘクターがバートは死に場所を探しているって言ってたけど、それは本当なのかしら?」


「残念なことにね」



 ホリーもそれを心配していた。それを善神の口からも言われてしまった。彼女たちからすればそんなことは許せない。バートにも幸せになってほしい。自分たちと一緒に。



「彼は生まれと育ちから全てに絶望している。だけど義務だけで善行をしている。彼は彼自身の命に価値を見出(みいだ)していない」



 彼女たちはバートの生まれと育ちに何があったのかはわからない。だけど彼が全てに絶望していることは理解させられていた。



「その彼も君たちと出会ったことによって心境に変化が出始めているようだけどね。でも、それこそ君たちを守るために必要と感じたら、彼は躊躇(ちゅうちょ)することなく自分の命を捨てるだろう」



 ホリーもシャルリーヌもその言葉を否定することはできない。あの人にはそれをしかねない危うさがある。

 だがふと彼女たちは気づいた。無表情だった悪神の顔に苦い色が垣間(かいま)見えていることに。



「ソル・ゼルムよ」


「なんだい? 我が友よ」


「『人』に啓示(けいじ)を与えるのは良い。だが我ら神々は個々人の生き方に干渉するべきではない。何度も言ったであろう」


「そうだね。君には何度も言われていたね。でも私はその言葉に従いたくないんだ」



 時に人の生き方に助言することもあった善神に対し、悪神は個々人の生き方については見守るだけであった。悪神もホリーに対しては魔族たちに保護を求める道もあると提示したのだが、悪神にとってはその程度でも出過ぎた口出しなのだ。



「神といえど、全ての者に救いをもたらせるわけではない。ならば一部の者のみに救いをもたらすのは不公正であろう。神は『人』に啓示(けいじ)を与えることと神聖魔法の力を与える以外は、見守るのみにするべきだ」


「君の言葉も理解はできるんだ。その上で私は手助けできる機会があるなら手助けをしてやりたい。それが君が言うように不公正であっても」



 ふとホリーは思い出した。バートとヘクターに善とは何かを聞いた時のことを。バートは善とは公正であることだと言っていた。全てに対して公正で他者に対しても慈悲深く接するならば、それは善なのだろうと。悪神の言葉からそれを思い出させられた。

 シャルリーヌは思う。自分たちも神に至れば、善神と悪神の言葉の狭間(はざま)葛藤(かっとう)を抱えることになるのかもしれないと。



「我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。君たちの思いは私たちも感じ取っている。その上で、君たちもお互いにもわかるように自分の考えを言ってほしい」


「はい。アルスナム様のお言葉は正しいとは思います。ですが私は助けが必要な人に手を差し伸べずにいられる自信はありません。公正に誰にも救いを与えずに見るだけにすることが善とは思えません……」



 ホリーからすれば、悪神の言葉が正しいとは理解してもそれが善とは思えない。



「ホリー。アルスナム様の言葉は、この方々が神だからよ。私たち不完全な人は、精一杯目の前の人たち相手に善なる行いをすればいいのよ」


「は、はい!」


「そのとおりであるな。お前たち人は目の前のことに取り組めばいい。これは我らのような神が心がけることだ。我ら神々も完全な存在ではないがな」


「はい!」


「人であっても、統治者ならば公正に多くの民が幸せになれるように心がけるべきであるが、お前たちは統治者でもない」



 悪神もホリーの心の美しさを認めている。個々人にとっては目の前の者に手を差し伸べることが善であることも。先程の悪神の言葉はあくまでも善神に向けたものであり、彼女たちに向けたものではないのだ。



「心清きエルフの乙女よ。君はどう思う?」


「神は公正であるべきかもしれないわ。でも人である私たちはただ善と思うことを()せばいいと思うわ。その上でもし私たちが神に至れば、ソル・ゼルム様とアルスナム様の言葉の間で葛藤(かっとう)を抱えるのかもしれないわね」


「そうだね。アルスナムの言葉は正しいのだと私も思うよ。その上で私はその言葉を受け入れたくはないんだ」


「この愚か者は……」



 悪神は苦い顔をのぞかせてはいるが、善神を否定しているわけではないのだろう。善神も悪神の言葉を正しいと認め、その上でその言葉に従わない。だがこの偉大なる二柱(ふたはしら)の神は互いに友情を(いだ)き、そして互いに対して敬意を持っているのだ。



「それにアルスナム。私は彼の父親と兄たち、そして彼の父親代わりだった人間から祈りを(ささ)げられたんだ。彼らは死ぬ前にせめて君の聖者の幸せを願った。そして私の前にはまさに彼を幸せにできそうな子たちがいる。ならそれくらいは伝えてあげたいんだ」


「……」


「この子たちと彼が結ばれて幸せになれるならそれでいいじゃないか」


「……この者たちとあの者の幸せを願うことには、我にも異論はない。お前のやりようには異論はあるが」


「やれやれ。君も頑固だね」



 ホリーとシャルリーヌにすれば、善神が自分たちとバートが結ばれることを望んでいることにうれしいという気持ちと、照れくさいという気持ちがある。あの人となら自分たちも幸せになれると思うのだ。あの人となら永遠に一緒にいてもいいと思うのだ。そしてあの人も幸せにしてあげたいのだ。



「あと、我が友の聖者の父親代わりだった人間は、残される自分自身の子供たちも幸せになることも私に願っていたことも、君たちには教えておくよ」


「ヘクターのことかしら? そしてヘクターには兄弟もいると」


「ああ。我が友の聖者と彼は兄弟同然に育ったんだけど、二人(そろ)って自分自身の命に頓着(とんちゃく)してない様子なことは私も心配していてねぇ……彼の母親と弟と妹も彼らのことを心配しているしねぇ……」


「わかったわ。バートにもヘクターにも私も注意を払っておくわ」


「私もです」


「頼むよ」



 ヘクターも好ましい人だ。あの人にも不幸になってほしくない。リンジーはヘクターに恋心を寄せているし、あの人もまんざらでもなさそうだから、あの二人にも幸せになってほしい。

 悪神は苦い顔をのぞかせてはいるが。悪神もバートたちの幸せを願うことに異論はない。だが善神のやりようは神として出過ぎだと思うのだ。

  

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