107 夢の中で 02 神への誘い
善神が改まった様子になる。
「我が友よ。我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ」
「我が友よ。何を言いたい?」
「たぶん君も私が言いたいことはわかっているんだろう? 私はこの子たちと君の聖者を我らの同胞として迎え入れたい」
「あの者はまだ我が聖者ではない」
ホリーとシャルリーヌからすれば、なぜ善神がこれほどに自分たちを見込んでくれるのかわからない。自分たちはただ思うことを言っているだけなのに。
だが善神と悪神からすれば、そうしてくれるからこそ彼女らを見込むのだ。自分たちに遠慮なく思うことを言ってくれる彼女らを。
二柱の偉大なる神は、口に出す言葉と心で思うことが全く異なる『人』を数多く見て来た。見込むに値する『人』でも、ここまで臆することなく、それでいて傲慢に陥ることもなく、自分たちに接する者はほとんどいなかった。彼女らの言葉が愚にもつかぬものなら善神と悪神が見込むことはありえないが、この少女たちの言葉は聞くに値する。善神と悪神はこの少女たちを好ましく、そして驚きをもって見ているのだ。
「私は思うんだ。この子たちは人間たちに善なる心を広め、人類と魔族の戦いを調停できる存在になれるかもしれない」
「……」
「そしてなによりこの子たちは私たちの友になってくれるかもしれない」
「……それは我も否定せぬ。だがこの者たちはまだ神となって永遠に生きる覚悟を完全には決めておらぬ。永遠に生きることに耐えられぬ定命の者を神に引き上げることは、呪いでしかない」
ホリーとシャルリーヌからすれば悪神の言葉は認めるしかない。彼女たちもバートとも一緒に神として永遠に生きることに前向きな気持ちはある。善神と悪神の期待に応えたいという思いもある。だけど本当に自分たちが永遠に生きることに耐えられる確信はない。
「そうだね。我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。君たちにはまだ迷いもあることは私もわかっている。でも私からすれば、君たちがいずれ人として死んで輪廻に還ることを認めたくないという思いもあるんだ」
「……」
「我が友よ。もっと考えてから発言せよ。お前にそんなことを言われれば、この者たちは断ることもできなくなるであろう」
「……すまない。私のわがままを君たちに押しつけるわけにもいかないね」
ホリーとシャルリーヌからすると、善神からこうも言われると断れなくなるのも事実だ。悪神が窘めて、善神も謝ってくれたけれど。悪神には迂闊なことを言った善神に対して怒りをこらえている様子も見られるが、ホリーたちに負担をかけるわけにもいかないと、激高するのは抑えているようだ。
「それほどに私たちを見込んでくださっているのはうれしいです。私にはソル・ゼルム様とアルスナム様の期待に応えたいという気持ちもあります。戸惑いもあるのも本心ですが……」
「でも、私もホリーとバートも一緒なら、神として永遠に生きることに耐えられるかもしれないというのも本心なのよねぇ……」
「はい……」
ホリーもシャルリーヌも自分たちがどうすべきか決めかねている。だけど三人で永遠に生きることに魅力を感じているのも事実だ。善神と悪神の期待に応え、人類と魔族の戦いを調停できるようになれればなおいい。自分たちにそこまでのことができるのか自信まではないけれど。
「君たちも考えておいてほしい。私は君たちはこの世界の住人の希望になりうる子たちなんじゃないかと思うんだ」
「我が友よ。性急な物言いはやめよ。お前の言葉は時として人を追い詰める」
「でも君もこの子たちなら期待してもいいんじゃないかと思っているんだろう?」
「……それは否定せぬ」
ホリーもシャルリーヌもその期待に応えたいという思いはあるのだ。だけどそれを本当にできるという自信はない。
「ですが……私は怖いんです。私はミストレーの街を出る時、バートさんたちに注意されました。私は使命感のあまりに増長していたのではないかと……」
「人は正義感や使命感のあまりに独善に陥ることもあるでしょうしねぇ……」
「それがわかっているのだから、君たちは大丈夫だと思うんだけどね」
「それは否定せぬ。無知故に傲岸不遜になる者はいくらでもいる。だがお前たちは自ら考え、己らに問題はないかを仲間たちと共に考えている。それを認めないわけにはゆかぬ」
その彼女らの心の内も、善神と悪神が評価する所以なのであるが。大きすぎる使命感を持つ者は、時として他の者を取るに足らぬと思い込み、傲慢と独善に陥りかねないのだから。だがこの少女たちはその危険性に気づいた。だからこそますますこの少女たちを見込むのだ。