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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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106 夢の中で 01 遊戯

 酒盛りが終わってバートたちは部屋に戻り、自警団の者たちもそれぞれの家に帰って行った。バートたちは大きな部屋に仲間全員が泊まっている。女性陣が着替える時は男性陣は部屋の外に出るが。

 男女別に部屋を取ることもできたのだが、シャルリーヌが全員一緒の部屋がいいと言ったのだ。彼女は以前にヘクターが言っていた、バートは寝ている間も緊張を解いていない様子だということが気になっており、確認したかった。ニクラスとベネディクトも道中でバートの寝る時の様子を見ており、シャルリーヌとリンジーにも見てもらうべきだと同意した。遺跡で異常があれば知らせが来るということで、交代で起きている必要があったという事情もある。

 バートは人に見られていると眠れない繊細(せんさい)な神経の持ち主ではない。何かあると彼はすぐさま起きて戦闘態勢に入るのであるが。そしてシャルリーヌとリンジーも、これは度が過ぎると思ったのだ。

 それで今日はホリーがバートに膝枕をした。バートは理屈をこねて断ろうとしたのだが、彼に味方はいなかった。ホリーとシャルリーヌが添い寝すればバートもよく眠れるならば、時々はそうするべきであろうと。バートはホリーに膝枕されたまま寝てしまい、そのバートにホリーとシャルリーヌが添い寝した。なおリンジーはヘクターの顔をもの言いたげに見ていたが、男女関係では純情な彼女は言い出すことはできなかった。


 神殿のような荘厳(そうごん)な空間。ホリーとシャルリーヌの前には、チェスを打つバートと悪神アルスナムの姿。バートたちは彼女たちに気づいているのか気づいていないか、ただチェスを打っている。悪神はバートに合わせて人間の男性の姿でいるが、どんな姿にもなれる悪神と善神にとって、その姿にはたいした意味はない。

 その彼女らの後ろから前に回り込む影。善神ソル・ゼルムだ。善神は悪神の言葉、彼らが人に近づきすぎるとその者を神に引き上げるきっかけになりかねないという言葉を一応気にしたのか、バートの斜め後ろ少し離れた位置から盤をのぞき込む。偉大なる神にとってはわざわざ近づかずとも盤の様子を把握(はあく)できるのであろうが。

 そして善神は次々に表情を変える。観戦しながら悪神の手に対する手を考えているのであろう。その姿は偉大なる神とも思えない。神々がその気になれば人のゲームなど意味をなさないのだが、善神も悪神もそんな無粋(ぶすい)なことはせずに、自分自身に(かせ)を設けて楽しんでいる。


 どれだけの時間、そうしていたであろうか。バートの姿が薄れて消える。観戦していた善神がバートが座っていた椅子に腰掛ける。



「いやあ、白熱していたねぇ」


「お前よりよほど手応えがあるのは事実であるな。お前は弱すぎる」


「別にゲームくらい弱くてもいいじゃないか。楽しめるなら」


「ではあるがな」



 善神と悪神はホリーたちの方を見ないようにしながら会話する。一柱(ひとはしら)だけならともかく、二柱(ふたはしら)の偉大なる神がいるこの場で彼らがホリーたちを見たら、ホリーたちは負荷に耐えかねてこの場からはじき出されてしまう。



「ああ、そういえば君の助言には感謝してるよ。私も我が聖女にゲームの相手をしてもらってね」


「そうか。心清き人間の少女よ。こやつの相手はつまらぬかもしれぬが、相手をしてやってくれ。こんな者でも我が友である(ゆえ)な」


「はい。私も楽しませていただいています」



 ホリーは時折夢の中で善神のチェスの相手もしているのだ。ホリーの言葉には嘘はない。戸惑(とまど)いもあるのは事実ではあるけれど。だけどこの親しみやすい善神とチェスをすることは彼女も楽しんでいた。



「こやつが弱いなら、遠慮なく言ってやってよいぞ。事実を教えて自覚させてやるのも優しさであろう」


「まあ、私がゲームが弱いのは事実だしねぇ」


「は、はい」



 とは言っても、さすがに善神も初心者のホリーがまともに相手をできるほどゲームが弱いわけではない。善神はホリーに教えながら遊ぶことを楽しんでいるのであるが。



「心清きエルフの乙女も私のチェスの相手をしてくれるとうれしいんだけどね。我が聖女と君がチェスするところを観戦するのも楽しそうだし。三者で遊べる別のゲームをするのもいいね」


「そうは言っても、たぶん私とホリーが添い寝しないと、私はソル・ゼルム様と会うことはできないのでしょう?」


「そうだね。そうすれば君も私と我が聖女の会話に招くことができると思う。私とアルスナムももう少しこの空間に理解を深めれば、君たちが添い寝しなくても招くことができるようになると思うけどね」


「それはまだ待たないといけないでしょうし、私とホリーで添い寝するのを理由付けするのは難しいわ。リンジーもいるのだから」


「うーん……そうか……」



 シャルリーヌもホリーとなら添い寝くらいはしても構わないし、ホリーもそれは同様だ。だけどリンジーもいるのだから、二人で添い寝したら、ホリーが不安を抱えているのではないかとみんなを心配させてしまう恐れがある。

 シャルリーヌは、自分たちが善神と会話していることは近いうちに仲間たちにも教えようと思っている。だけどさすがに悪神とも会話していることを教えるわけにはいかない。バートがアルスナムの聖者として目覚めても大丈夫だと確信できるくらいに、彼の絶望に()てついた心がほぐれてきたら、話してもいいのではないかとも思うのだけれど。その彼女の考えは善神と悪神にも伝わっているし、そう考えるのも当然と理解もできる。



「そうだ! 心清きエルフの乙女よ。君も我が聖女になれば、すぐに君たち二人を招くことができるよ」


「遠慮しておくわ。私は聖女としてふさわしいとは思えないから」


「君も十分に聖女としてふさわしい子なんだけどね」



 シャルリーヌからすれば、ホリーというまさに聖女としてふさわしい少女をその目で見ているのだから、自分が聖女としてふさわしいとは思えなかった。善神からすればそんな心の美しさを持つシャルリーヌも十分に聖女としてふさわしいのだが。

 ホリーとしては、自分が聖女として認められるなら、シャルリーヌにもその資格はあると思うけれど、偉大なる神相手でも(ひる)まずに対等に話すシャルリーヌにははらはらしている。



「それに同じ場所に聖女が二人いたら、人間たちがどう動くかわからないわ。皇帝陛下とフィリップ第二皇子殿下は信じていい方たちに思えるけど……」


「確かに彼らは信じていいよ。彼らは見込むに値する人間たちだ」



 偉大なる神は信徒たちの目を通して世界を見ている。善神も当然と言うべきか皇帝とフィリップ第二皇子のことも知っている。神々にとって皇帝や王も平民も全て同じ『人』であり、社会的な地位によって対応に差をつけることはない。心のありようによっては差をつけるのも事実であるが。

 善神と、そしてバートの目を通して彼らを見ていた悪神も、皇帝とフィリップは高潔で見所のある人間だと考えている。そして絶大な権力を持つ皇帝たちならば、ホリーたちを手助けする大きな力となるであろうとも。

 シャルリーヌからすれば、重要な言葉を引き出せたと考えた。皇帝とフィリップ第二皇子は信じていいと善神が保証してくれたのだ。あの人間不信のバートが認める人間を疑う必要はないとは思っていたけれど、一抹(いちまつ)の不安はあった。本当にホリーを連れて行ってもいいのだろうかと。



「その者たちは信じて良くとも、国には信じてはならぬ人間もいくらでもいるであろう。他の国々にもな」


「……そうだね。君たちの危惧も理解はできるんだ。正義を唱えて結果的に悪を()す人間も数多いこともね……そして隣国には、まさに正義を唱えて悪を為す者たちがのさばっている……」


「教王国か。あの国の人間たちに対しては、魔族たちも怒りを(つの)らせている。あの国の者共は到底お前の信徒としてふさわしいとは思えぬのだがな」


「そうだね……でも今私が彼らを見捨てたら、教王国の人間たちは皆殺しにされるだろう。だからまだ見捨てるわけにもいかない。考えていることはあるのだけどね」


「そうか」



 旧王国領と隣接する聖アルバス教王国は、多数の神々が現に存在するこの世界において、善神ソル・ゼルムを唯一絶対の神として信仰し、他の神の存在を否定する異常な国だ。彼らは他の神を信仰する者に対して、たとえ相手が善なる神々の信徒であっても、異常に攻撃的なことでも知られている。そして彼らはその信仰を他国にも広めて勢力を拡張しようとしており、帝国としても頭の痛い問題になっている。帝国領や旧王国領にも、唯一絶対神の教えになびいてしまう者共も多いのだ。

 善神からすれば、その教えは支配のために都合良く利用されているのが明白だ。善神は自分自身を唯一絶対の神などと思ったこともない。自分を絶対的な正義だと思ったこともない。その自分を、他者を攻撃し迫害する口実として利用するなど、許せるものではない。唯一絶対神教徒たちの独善と攻撃性は、既に善神が見逃せる段階を越えていた。

 善神も人間全てを肯定しているわけではない。善神は人間たちも含めて人を信じたいのであるが、その信じる心を裏切る行いをする人間も数多いのだ。

 そしてホリーもそれは認めるしかない。彼女も悪なる心を持つ人間もいることを見て来たのだから。悪人ではなくとも悪を為してしまう人間もいることも。それでも譲れないことはある。



「ですが、いい人もいっぱいいます。決して悪い人ばかりではありません」


「そうだね。善なる心を持つ人間も大勢いる。私が弱気になってはいけないね」


「ふむ……そういえば、その少女の前だとお前も弱音をこぼすのだな」


「……そういえばそうだね。私もアルスナムには弱音をこぼすことはあったけど……この子たちの清い心がそうさせるのかな?」


「ソル・ゼルム様がアルスナム様に聖女の現実をホリーに言うように(うなが)された時、激情を表したからということもあるんじゃないかしら?」


「ああ、なるほど。それで私は君たちになら本心をこぼしてもいいと思うようになったということか」


「ふむ。考えられることであるな。それは甘えなのかもしれぬが、神といえども本心をこぼす相手くらいはいてもよかろう」


「私にとってのアルスナムのようにね」



 善神はホリーとシャルリーヌの前で、(なげ)きと己自身に対する怒りを表したことがあった。もっとも幸せになるべき聖女たちに不幸な結末をもたらしてしまう自分自身に対する怒りを。

 善神は普通の信徒相手では威厳のある様子で啓示(けいじ)を与えるが、その本性は親しみやすいと言えるものだ。だがその善神も友である悪神以外の者に弱音をこぼすことはなかった。この場には悪神もいるとはいえ、この少女たちの前だと善神は本心をこぼしてしまうのだ。


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