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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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105 ちょっとした依頼 05 墓所

 通路の先には扉。ベネディクトが罠を解除して鍵を開ける。そしていつでもヘクターに交代できる準備をして扉を開けると、遺跡に響いていた音がさらに大きくなる。



「……アンデッドが二体いる。破壊されたウッドゴーレムも数体分ありそうだ。でもアンデッドはこっちを気にもしていないようだよ。罠は見当たらない」



 そこでは二体のアンデッドが、崩れかけた大きな石棺らしきものに対して一心不乱にその手に持った武器を突き立て続けていた。アンデッドは普通は生きているものを見境(みさかい)なく襲うものなのに、その二体はベネディクトを気にもしていない。

 ヘクターとリンジーが部屋の中に入るが、アンデッドは二人にも全く興味を示さずに武器を突き立て続けている。シャルリーヌが部屋の入り口からのぞく。



「マミーね。結構上位の冒険者でもないと荷が重そうなくらいには強そうよ」



 マミーとはミイラがアンデッド化したものだ。ここのマミーはその干からびた体に布をまいている。現在の大陸のこの地方ではミイラは作られていないが、かつては一部地域で作られていた時期もあったようだ。(とむら)われたはずのミイラがアンデッド化することなど本来はあってはならないのだが、遺跡ではアンデッド化したものも時折見られる。その強さは個体毎に異なる。



「ホリー。浄化の炎を」


「はい。善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」



 シャルリーヌが声をかけ、ホリーが善神ソル・ゼルムに祈る。浄化の炎は死体を炎で焼き清め、魂も浄化する魔法であるが、アンデッドにも下手な攻撃魔法以上の効果がある。

 二体のマミーから熱を持たない炎が吹き上がる。マミーたちがその手を止め、焼かれながらホリーを見た。ヘクターたちが武器を構える。だがマミーたちは攻撃行動に出ることなく、その場からホリーに向かって頭を下げた。そして程なくマミーたちは焼き尽くされる。



「死せる者たちよ。その魂に安息を」



 ホリーが(とむら)いの言葉を言い、続いてシャルリーヌたちも唱和する。あのマミーたちが何をしたかったのかはわからない。だが強い憎しみにとらわれていたのであろうことは想像できた。

 そしてベネディクトが部屋の中を調べ、罠などの危険はないと判断してシャルリーヌが調査を開始する。だが部屋の中は酷い有様だった。ウッドゴーレム数体分の残骸に、かつては高価な調度品や装飾品だったであろう大量のガラクタ。壁画やレリーフも切りつけられて破損している。部屋の中央の石棺は数限りなく武器を突き立てられ続けて半分は崩れ、砂が敷き詰められているようになっている。そこにはこの墓所の主の遺体が納められていたのだろうが、原型は全くない。装飾品なども収められていたのだろうが、それらも砂になるほどに細かくなって判別はできない。



「あの二体のマミーはこの両側の石棺に入っていたのかね」



 中央の石棺の両隣には、中央のものに比べると小さくて装飾も少ない石棺がある。そちらは(ふた)が落とされているが石棺そのものには損傷はない。



「おそらく殉死者(じゅんししゃ)が収められていたのだろう。どうやらそれは本人たちの意思によるものではなかったようだが。あるいは当人たちの意思でも、そうせざるをえない状況に追い込まれた可能性もある」


「はぁ……やだやだ。そんな話を聞くと気が滅入(めい)るねぇ……」


「まったくじゃ。そんなことを無理強(むりじ)いする者もおるとは認めたくないのう」


「でもあれだけの憎しみをぶつけていたとなると、バートの言うとおりなんだろうねぇ……」



 ホリーは悲しい。バートの推測は、この人が人間全般に絶望しているからこそすぐに思いついたのだろう。でも彼女もその推測が正しいと思える。あのアンデッドたちの中央の石棺の主に対する憎しみは彼女も理解させられていた。そして自分が浄化の炎を使ったら、あのアンデッドたちはやっと安らかに眠れるとばかりに自分に頭を下げた。あのアンデッドたちも本当は穏やかにその一生を終えたかったのだろう。それが無理に終わらせられ、憎しみにとらわれていたであろうことが悲しかった。



「じゃあガラクタの回収をしようか。金や銀、宝石はそれなりのお金になるからね。リンジーとニクラスも手伝って。バートとヘクターとホリーは警戒を頼むよ」


「ガラクタとはいえ、放置しておくわけにもいかないからねぇ」


「手早く回収することにしよう」



 彼らは金には困っていないが、これらを放置しておくわけにもいかない。ガラクタになってしまっているとはいえ金や銀や宝石には素材としての価値がある。それらを残したままにすれば、村人たちが欲に駆られて遺跡に入ってしまう恐れもある。だが途中には罠もあり、それに村人がかかれば危険だ。


 そして彼らは調査を終わらせ、高価なガラクタの回収もし、遺跡から出て来た。

 シャルリーヌは遺跡の壁画やレリーフに書かれた文章も読めるものはメモした。殉死者(じゅんししゃ)として共に(ほうむ)られたミイラがマミーと化して、主の遺体が収められていた石棺に武器を突き立て続けていたという事実もメモに記載して。

 入り口の扉はベネディクトが外から鍵をかけ直し、追加でシャルリーヌが魔法の鍵もかけた。これで村人が遺跡に入ってしまうことはないだろう。まだ穴の入り口から扉までの間の落とし穴と思われる罠もあるが、穴の入り口を埋めてしまえば問題ない。

 自警団の者たちが監視している場所まで行く。



「遺跡の調査は終わらせ、中にいた複数の怪物も退治した。遺跡の入り口の扉には魔法の鍵もかけたが、そこに至るまでの階段にも罠がある。興味に駆られた村人がそれにかからないように、早急に穴を埋めるべきと考える」


「穴を埋めるのは俺たちも手伝うよ」


「力仕事は任せておけ。ゴーレムの残骸も土と一緒に放り込んでおけばいいじゃろうしな」


「あと扉の奥にも解除していない罠もあるから、絶対に鍵を解除して中に入ろうなんて思ったらだめだよ」


「助かるよ。やっぱり冒険者に頼んで良かった」


「おう。俺たちも身の程知らずなことを考えちゃいけねえよな」


「そうだよ。だから俺はやめようって言ったのに。あいつと戦った時は、あんたたちが死ぬんじゃないかと怖かったんだよ?」


「あれはどう考えても私たちの手には余っていたからねぇ」


「悪い悪い」



 自警団の者たちも疑う様子は見せない。彼らもリンジーがあっさりウッドゴーレムを破壊したところを見ており、そしてベネディクトたちが大きな袋をいくつも持っているのだから。その高価なガラクタは異界収納のマジックアイテムには入りきらなかったのだ。



「それが終わったら夜はみんなで酒盛りをしよう! あたしたちがおごるよ!」


「それと遺跡の中で見つけたもののお裾分(すそわ)けってことで、私たちが費用を出して明日に村でお祭りをしてもらいたいと思うのだけど、いいかしら? 大きな宴会程度のものでいいのだけれど」


「皆さんも不安だったでしょうし、気晴らしになるといいかなと思いまして……」


「酒と料理をたくさん用意してくれ。わしらと村人全員でも食べきれないほど用意されるのは困るがな」


「おお! あんたら太っ腹だな!」


「じゃあ私はちょっと村にそれを言いに行って、戻って来たら穴を埋めるのを手伝うよ!」


「あんたたちの冒険の話も聞かせてくれよ! ガキ共も喜ぶだろうしな!」



 自警団の者たちは歓声を上げる。シャルリーヌたちは回収した高価なガラクタを村人たちに分け与えることも考えた。だがそれでは村人たちの欲心を刺激しかねないとバートが言い、こうすることにしたのだ。リンジーたちも遺跡の中でのことに思うものはあり、それで手に入れた財産をいくらか使ってしまおうと思ったのだ。

 ホリーたちには村人たちにも気晴らしをさせてあげようという善意もある。村人たちもウッドゴーレムにしても妖魔の大侵攻にしても不安もあっただろうと。自警団の者たちもそれを素直に受け入れ、意気揚々(いきようよう)と穴を埋める準備に入る。

 ホリーがバートに寄り添う。



「お嬢さん。どうかしただろうか?」


「今日はちょっとバートさんに甘えてもいいですか?」


「……構わない」



 ホリーはマミーたちのことを引きずっていた。あのアンデッドたちは千年以上もああしていたのだ。それほどの憎しみを持たせるようなことをした人間がいたことが悲しかった。そして今の世界にもそんな人間たちもいることも理解していた。嫌な気分を吹っ切るためにも、今日はこの人に甘えたかった。

 そして彼女は思う。自分はこの人に恋をしているのだろう。だから少し積極的に行こう。でも(あせ)る必要はない。自分はまだ大人にもなっていないのだし、この人の絶望に()てついた心を溶かすのにも時間はかかるだろうから。自分ももう少ししたら大人になるけれど、その時はこの人たちも祝ってくれるだろう。

 一方バートは戸惑(とまど)っている。自分はこの少女たちから好意を寄せられるに値する人間ではない。なのに自分はこの少女たちと共にいることが心地よいと思ってしまっている。自分はどこかで適当に死ねばいいと思っていたのに、この少女を守ってやりたいと思ってしまっている。この少女が聖女だからではなく、ホリーという一人の少女を守ってやりたいのだ。その自分の心境の変化に戸惑っている。

 シャルリーヌたちはそんな彼らを温かく見守っている。



(今日は私とホリーでバートと添い寝しようかしらね)



 シャルリーヌは思う。自分とホリーが一緒だとバートもよく眠れるようだ。ならこの男もたまにはゆっくり眠らせてやりたい。それに善神と悪神が対話する場を用意しなければならない。そのためにはホリーと自分がバートと添い寝しなければならない。この男と添い寝するのは恥ずかしいけれど、うれしいという感情もある。自分はこの男に恋をしているのだろう。この男には自分とホリーの二人をまとめて幸せにする甲斐性(かいしょう)を期待してもいいだろう。そしてその付き合いは、自分たち三人が神に至って永遠に続くのかもしれない。


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