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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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104 ちょっとした依頼 04 遺跡探索

 バートたちの前には大きな穴。ウッドゴーレムが出て来たその穴は、数人が横に並んで通ることができる広さがある。穴は入り口付近は土で(おお)われているが、その奥には石の下り階段が見える。埋まっていた土はウッドゴーレムがあらかたどけたのか、通行には問題なさそうだ。



『明かりよ。照らせ』



 シャルリーヌが明かりの魔法を使う。遺跡には恒常的な明かりの魔法が付与されていることもあるが、そんな気の()いた遺跡はそうはない。明かりがある遺跡でも突如(とつじょ)明かりが消えることもあるから、自前の明かりを用意するのは遺跡探索における基本だ。



『魔力よ。我にその姿を見せよ』



 続いてシャルリーヌは魔力探知の魔法を使う。重要度が高い遺跡には魔法を使った仕掛けや罠が時折ある。侵入者を阻むために。特に宝物庫や城塞(じょうさい)遺跡にはそのような魔法が付与されていることがしばしばある。



「とりあえず入り口近辺には建造物保護以外の魔法は働いていないようよ」



 墓所など特別な遺跡には建造物保護の魔法がかけられていることもある。それは建造物を長く使いたいから、あるいは城壁などの防御力を強化するために付与されることもあるが、自分たちの栄光を永遠にこの世界にとどめておきたいという願いによるものもある。特に権力を持つ人間はしばしばそんな建造物を残す。その魔法もあまりにも長い時間が経過すると効果が失われることもあるが、この遺跡のものはまだ生きているようだ。



「バート。遺跡の中はそう広くはないだろうから、俺のハルバードは異界に入れておいてくれ」


「わかった。予備の小剣も出しておこう」


「おう」



 ヘクターが斧と槍を組み合わせたような長柄(ながえ)の武器ハルバードをバートに渡し、フレッドの店で買い求めた剣を抜く。遺跡の中にはどんな危険があるかわからないから、戦闘要員はいつでも戦える準備をしておくことが必要だ。

 バートは受け取ったハルバードを異界収納のマジックアイテムに入れる。このアイテムは非常に高価で智現(ちげん)魔法の技量も必要と、使える者は限られる。だがかさばって重い荷物も手ぶらのように持ち運べるから、冒険者たちにとっては(あこが)れのアイテムだ。そう多くのものを入れることはできないが、彼らは冒険道具などをバートとシャルリーヌが持つこのアイテムに入れている。

 そしてバートはフレッドの店で買っておいた予備の小剣を取り出し、ヘクターとリンジーにも渡す。遺跡の中が予想以上に狭ければその小剣を使い、さらに狭いなら常に身につけている短剣を使わなければならない。



「じゃあ僕が先頭で警戒と罠の注意にあたるよ」


「頼む」



 そして彼らは遺跡に入る。先頭は盗賊兼軽戦士のベネディクトだ。遺跡には罠が仕掛けられていることもあり、冒険者として活動する盗賊は罠の発見と解除、鍵開けなどの技能を持つものだ。一般住居の遺跡に罠があることはまずないが、番兵としてゴーレムが配置されているような遺跡には罠がある可能性が高い。戦力としてはバートとヘクターの方が上なのだが、二人には盗賊としての技能はない。



「とりあえずこのあたりには罠はないようだよ。ホリー。足下に気をつけるようにね」


「はい。ありがとうございます」



 ベネディクトに続くのはヘクターとリンジーだ。その次がホリーとシャルリーヌ。バートとニクラスが後ろを固めている。

 ホリーは初めての遺跡探索に緊張して、どう周りに注意を払えばいいのかわからない。彼女の役目は神官として負傷者を治癒(ちゆ)することであるとはわかっているのだけれど。ベネディクトの注意に足下に気をつけて階段を降りる。その階段は一段一段がウッドゴーレムが上り下りできるだけの大きさがある。

 ベネディクトが立ち止まる。



「この段のこの部分、踏むと抜けるようになっているようだよ。ここは踏まないようにね」



 さっそく罠があったようだ。抜けた段の下がどうなっているかまではわからないが、おそらくは落とし穴だろう。ベネディクトはその部分を避けて段を降り、印をつける。続くヘクターたちもそこは踏まないように降りる。ホリーはおっかなびっくりで、剣を(さや)に収めたバートが後ろから脇の下を持つようにしてやり、ヘクターもホリーの手を握っていつでも受け止められるようにする。バートはそのホリーに防御魔法も使ってやった。

 奇襲を受けないように警戒しているリンジーたちからすれば、その様子も微笑(ほほえ)ましい。彼女たちもかつてはそんなホリーのような初心者だったのだ。

 程なく扉があった。シャルリーヌはその扉には魔力の仕掛けは感じていない。一人で前に出たベネディクトが罠を調べる。



「罠がある。解除するから少し離れて待って」


「わかった」



 ヘクターたちは少し段を上がって待つ。先程の段が抜ける場所に注意しながら。



「罠を解除して鍵も開けたよ。扉を開けるから、ヘクターとリンジーは僕と入れ替われるようにこっちに来て」


「おう」


「あいよ」



 さすがベネディクトは優秀だ。罠をあっさりと解除し、鍵も開ける。扉の向こうに敵がいる可能性もあると、ヘクターとリンジーに入れ替われるように二人を呼ぶ。そして扉を開け、シャルリーヌが作った明かりの光が扉の向こうに漏れる。



「私から見える範囲には魔法の罠はないようよ。ここも建造物保護の魔法は生きているようだけど」



 シャルリーヌから見える範囲では魔法の罠はないようだ。

 いつでもヘクターとリンジーに入れ替われるようにしながら、ベネディクトは部屋の中を観察する。



「広い部屋があって、外にいたウッドゴーレムと同じものが二体いるよ。それは動いていないけど、たぶん部屋の中に入れば動くだろうね。部屋の真ん中あたりには罠がある」



 ベネディクトが罠に注意しながらそれらを破壊してもいいのだが、彼は安全策で行こうと思った。彼自身が罠にかからなくても、ウッドゴーレムが罠を発動させて周りを巻き込む恐れもある。ここからでは罠の種類まではわからないから、警戒する方がいい。



「バート。部屋に入らずにウッドゴーレムを魔法で破壊して」


「わかった。私が前に出よう」



 バートが前に出て、ベネディクトと入れ替わる。そして呪文を唱える。



風刃(ふうじん)よ、切り裂け』



 見えない風の刃が二体のウッドゴーレムの四肢を落とし、その胴体を切り裂く。ゴーレムは完全に機能を停止したであろう。

 ベネディクトがバートと入れ替わり、部屋に入って見渡す。



「奥に扉がある。あと部屋の隅に宝箱っぽいものがあるけど、あやしいね。シャルリーヌ。見て。あのあたりには近づかないようにね。どうも周りを巻き込むタイプの罠のようだ」


「わかったわ」



 シャルリーヌとヘクターが部屋に入る。ベネディクトが注意を(うなが)したあたりには近づかないようにしながら。



「部屋の左右の壁に、建造物保護以外の魔法を感じるわ。直接的に危害を加える罠じゃないようだけど」


「わかったよ」


「宝箱にも魔力を感じるわ。たぶんミミックよ。ヘクター、斬って」


「おう」



 ヘクターが宝箱に近づいて剣を振り下ろす。箱は簡単に両断される。その中には財宝などなく、生物的な中身があった。

 ミミックとは宝箱などに擬態(ぎたい)して侵入者を襲う魔法生物だ。普段は仮死状態になっているのか、生物的なのに長い年月を動かず食事も水も必要なく生きているようだが。



「お嬢さん。部屋に入って浄化の炎でこいつの死体を焼いてくれ」


「ゴーレムならともかく、生き物的なものの死体を放置するのも不憫(ふびん)だしね」


「はい」



 良識的な冒険者は遺跡で生物的な怪物を倒した時は(とむら)うものだ。倒した怪物がアンデッドになる恐れもあるのだから。怪物の死体がアンデッドになることはそうそうないが、全くないわけではない。浄化の炎を使えば延焼の心配もなく死体を焼き払え、死体が探索の邪魔にはならなくなるという利点もある。浄化の炎の行使にはそれなりの魔力が必要だが、ホリーならば問題ない。

 ホリーも部屋に入る。そして善神に祈りを(ささ)げる。



「善神ソル・ゼルムよ。死せる者にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」



 ミミックの死体から熱を持たない炎が吹き上がる。煙も悪臭も発生させず、その炎はミミックの死体を急速に焼いていく。



「死せる者よ。その魂に安息を」



 そしてミミックの魂の安息を祈る。魔法生物に魂があるのかは彼女にはわからないけれど。

 だけど彼女らには先程から気になることがあった。



「でも、この音はなんでしょう?」


「砂に何かを突き刺しているような音に聞こえるのう」


「わからないね。でもこの先にはこの音を出している何かがあるってことさ。注意をしながら探索を続けるよ」


「はい」



 この部屋の扉を開けた時から、妙な音が響いているのが聞こえてきたのだ。その音は小さいが、絶え間なく響いている。



「まずは僕がこの部屋に他に何かないか探索するから、ホリーはバートと一緒に入り口に下がって」


「はい」


「任せる」



 バートとヘクターといえども遺跡探索は専門外だ。ここは盗賊のベネディクトに任せるしかない。そしてバートたちもベネディクトになら任せていいと判断している。バートはホリーを連れて入り口に下がり、奇襲を受けないように警戒態勢を取る。

 そしてベネディクトが部屋を探索する。部屋の中央にある罠を間違って作動させてしまわないように印もつけて。

 この部屋には入り口の反対側に扉があるが、ベネディクトはまずはシャルリーヌが魔法を感知した左右の壁に注意を払っている。



「ここに隠し扉がある。反対側にも。丁度そのウッドゴーレムが通れそうなくらいのね」


「魔法で隠し扉が開く仕掛けになっているようね。その魔法はまだ生きているようよ」


「この遺跡を作った奴は相当性格が悪そうだねぇ」


「おう。罠がいくつもあってな。ゴーレムを倒してミミックも倒して大丈夫と安心して先に進もうとしたら、後ろから奇襲されるってことか」


「たぶんそうだね。ヘクター。準備して。リンジーは反対側で隠し扉の警戒。ニクラスとシャルリーヌは入り口あたりで警戒して。隠し扉に罠は仕掛けられていないようだよ」



 ヘクターとリンジーがいつでも戦闘に入れる準備を整えたら、ベネディクトが隠し扉を開ける。彼はそのまま下がる。

 これまでと同じ装飾過多なウッドゴーレムが出て来ようとするが、ヘクターが即座に破壊する。同時に反対側の隠し扉が開いてウッドゴーレムが出て来ようとするが、リンジーがそれを破壊する。ゴーレムが停止したのを確認して、シャルリーヌが魔法の罠がないかを遠目に見た後、ベネディクトが隠し部屋の中も見る。



「とりあえず他には罠はないようだよ。僕はゴーレムの装飾を回収するから、シャルリーヌは調査をお願いするよ。罠と奥の扉には近づかないようにね」


「わかったわ」



 ベネディクトがゴーレムを飾っていた装飾の回収を始める。その間にシャルリーヌが部屋の中を見回す。部屋の壁には壁画が描かれ、遺跡の主の功績を(たた)える文章も書かれている。シャルリーヌはそれらをメモしていく。

 世の中には遺跡に残された情報を収集して本にまとめている賢者たちもおり、そういった者たちにはこのような情報は価値があるのだ。冒険者にはそういったことには全くお構いなしの者たちもいるが、シャルリーヌには賢者としてそうした行動に協力したいという思いもある。そのような者たちがいるからこそ、彼女やバートのような者たちも知識を得られるのだから。



「この遺跡は千百年ほど前に作られた、このあたりを統治していた貴族の墓所のようね。よっぽど自己顕示欲(じこけんじよく)が強かったのか、いちいち()(たた)える言葉が目立つけど」


「たぶんろくでもない奴だぜ」


「あたしも同感だよ」



 シャルリーヌはあきれ顔だ。彼女は思う。この墓所の主は猜疑心(さいぎしん)(かたまり)のような人物だったのではないかと。自分に本当の自信がないからこそ褒め称えられなければ気が済まず、そして人を信じられなかったからこそ執拗(しつよう)に罠を仕掛けたのではないかと。

 そして調査が終わり、装飾の回収も終わって、ベネディクトが奥の扉を調べる。これまでのように十分に警戒しながら。扉に仕掛けられた罠を解除し、鍵も開けて扉を開けると、そこには通路があった。先程から遺跡に響いていた音が少し大きくなる。そこにも怪物が配置されているかもしれないと思っていたのだが、何もいなかった。



「通路のこの場所に罠があるから、踏まないようにね」


「隠し扉から出て来たゴーレムに追われたところを罠で仕留めるって感じかね」



 だがやはり罠はあった。ベネディクトが印をつける。ホリーはバートとヘクターに手を持ってもらいながらその場所を避けて進む。バートは先程のようにホリーに防御魔法を使ってやった。

 冒険者の店の主人が考えていたランクの冒険者であったら、この遺跡の探索は荷が重かったであろう。バートたちがこの依頼を受けたのは、その冒険者たちにとっても店にとっても幸運だった。その冒険者たちがこの遺跡に入っていたら全滅していた恐れもあるのだから。途中で荷が重いと判断して引き返し、穴を埋めることになったかもしれないが。


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