103 ちょっとした依頼 03 ウッドゴーレム討伐
翌日の朝。村のほど近く、道に面した小高い丘。自警団の代表のコリンに案内されてここに来て、バートたちもその怪物を視界に入れた。ホース・ゴーレムは彫像の姿に戻し、馬も宿につないである。宿では、緊急で自警団の者が来るかもしれないと、交代で起きて番をしていた。
コリンが怪物を監視していた者たちに声をかける。待っていたうちの二人はホリーが怪我を治した村人だ。
「あいつに何か動きはあるか?」
「いや。じっとしたままだ。だけど後で村に戻って、ここに近づかないように言っておいてくれねえか? さっき悪ガキ共が、冒険者さんたちがあいつを退治するところを見たいって来て、追い返したんだよ」
「わかった。困ったもんだな」
「まったくだ。危ねえってのに」
怪物に動きがないということで、村人たちも緊張感が薄れているのだろう。自警団の者たちも近づかなければ大丈夫と、その態度に焦りはない。それでも危険ということは十分に理解しているのだろう。
冒険者に憧れる少年少女もいる。ここにいる十代の自警団員たちも。
「俺はその気持ちもわかるけどなぁ」
「私も」
「まあお前らは冒険者志望だしな。俺としてはあんな怪物と戦う冒険者になるのはやめておく方がいいとは思うけどよ。俺の幼なじみには、離れた街で冒険者になって親御さんに仕送りしてる奴もいるけど、心配だし」
「冒険者には危険も多いのは事実じゃな。命を落とす者も珍しくないしのう」
「特に勇気と無謀をはき違える奴は死ぬ確率が高いよ。それさえわきまえていれば、財産を得て引退する奴も多いけどさ。思いも寄らない不運ってのもあるけどね」
「うぅ……冒険者さんが言うと説得力あるよな……」
「そうね……でも憧れるのよねぇ……」
このような村の若者が、街に行って冒険者になることも多いのだ。ニクラスとリンジーの言葉に、怯みと憧れの狭間で悩んでいるようだが。
バートとシャルリーヌは怪物を望遠鏡も使って観察する。二人は知識を蓄えた賢者でもある。
「やはりウッドゴーレムのようだが、普通より大きいな」
「ええ。特別製のようね。並の中堅クラスの冒険者グループじゃ苦戦するかも。でもバートとヘクターはもちろん、リンジーとニクラスも余裕で勝てると思うわ」
彼らの視線の先にあるウッドゴーレムは、しばしば見られるものより明らかに大きい。大きさは強さを計る上でのわかりやすい尺度だ。大きいだけでたいしたことはないこけおどしもたまにあるが。だが大きいとそれに見合った重量があり、その重量を動かす力もあるのが普通だ。そして傷つけても相対的なダメージは小さくなるものだ。
「ホリー。覚えておくといいよ。君と僕のような軽戦士にはああいったゴーレムは相性が悪い。軽戦士は基本的に敵の弱点を狙う戦い方をするんだけど、ゴーレムの類いには弱点はなくて、単純に壊す必要があるからね」
「はい!」
ベネディクトは軽戦士としての訓練もしているホリーに教える。彼ほどになればあの程度のゴーレムは余裕で倒せるであろうが、ホリーにはまだ無理だ。ホリーは優しすぎる少女だが、生き物相手ならともかく、無生物であるゴーレム相手ならば罪悪感もない。
「しかしゴーレムだっていうのに、やたらうるさい装飾がされてるねぇ」
「戦闘用じゃないのかね? 儀礼用に見えるけどよ」
「墓の警備用かもしれない」
「お墓の番兵として装飾を施したゴーレムを配置することが流行した時期もあるようだし、その線かもしれないわね」
「やれやれ。墓の番兵にわざわざ派手な装飾をするなど、わしには意味がわからん」
リンジーが言うように、あのゴーレムには全身に彫刻と装飾が施されている。ヘクターたちからすれば到底戦闘用には見えなかった。それで村の自警団もあれを甘く見てしまったのかもしれない。あの装飾を剥がして売れば結構な金になるだろうという欲もあっただろう。その装飾も自警団の攻撃によって傷ついているが。
「ではまず我々はあのウッドゴーレムを破壊する。君たちはここで待っていてくれ」
「はい!」
「おう。頼むよ」
バートが自警団の者たちに声をかけ、そして彼らは進む。バートとヘクターとリンジーが前を進み、ホリーとシャルリーヌがその後ろ。ニクラスとベネディクトは後ろを固める。今のところあのウッドゴーレム以外に敵は見受けられないが、彼らは油断せずにホリーを守る隊形を取る。彼らは互いを仲間と認め、自然にそのように動いていた。
「ヘクター。うれしそうだな」
「ああ。信頼できる仲間がいるっていうのはいいもんだろ?」
「……それは否定しない」
ヘクターとしてはそれがうれしい。以前のバートはヘクター以外の者を仲間と認めることなどなかった。兄同然のこの人の心が少し和らいだのではないかと思えるのだ。人間には実の親兄弟で争う者たちもいるが、彼ら二人は固い絆で結ばれている。
ホリーにとってもうれしいことだ。そして思う。この人の心を癒やしてあげたい。自分もその一助になれているのだろうか。
「とりあえずあたしがあいつを倒すよ」
「おう。あいつが穴の入り口を塞がないように、ちょっと動いた位置で倒してもらう方が手間がなくていいな」
「あいよ」
バートとシャルリーヌの見立てではリンジーなら余裕だ。一応ヘクターたちもいつでも動けるように準備はしておくが。
そして彼らが近づいて行くと、ウッドゴーレムが動き出した。その動きは鈍くはないが速いと言うほどでもない。
ウッドゴーレムが穴の入り口から少し離れたところで、リンジーが動いた。素早く接近し、ゴーレムが対応に動く前に剣を閃かせる。その剣はゴーレムの右腕を切り落とした。
「おっと……フレッドの店で買ったこの剣、予想以上の切れ味だね」
それにはリンジー自身が驚いた。聖女であるホリーのおかげで力が引き上げられていることを加味しても、もう少し手応えがあると思っていたのに、簡単にゴーレムの腕を切り落とせてしまったのだから。以前の剣なら、素材として固くて防御魔法も付与されているゴーレム相手では、ここまで簡単には切れなかっただろう。この剣はアンデッド相手でも使ったのだが、あの時は敵がそれほど強くなくて、この剣の真価はまだわかっていなかったのだ。
リンジーは上機嫌で次はゴーレムの左腕を切り落とす。ゴーレムは反応できない。続いて両足を切り払い、重い音を立てて落ちた胴体に剣を突き立てる。リンジーがここまでしたのは破壊衝動によるものではない。ゴーレムは完全に機能停止したか判断するのが難しく、壊れたと思ったゴーレムが再度動き出すこともあるからだ。そんなことにならないように完全に破壊したのだ。もしホリーや自警団の者たちが襲われたら危険なのだから。
盗賊のベネディクトが進み出て、停止したゴーレムを飾っている装飾品を短剣で外して袋に放り込んでいく。それらの装飾品もそれなりの値がつくだろうし、放置しておいていいものではない。リンジーの攻撃や自警団の者たちの攻撃で破損した装飾品もあるが、金や銀で作られて宝石も飾られているものもあるそれらは、素材としての価値もある。
「やれやれ。ゴーレムにこんな高価な装飾品をつけるなんてね」
「わざわざ富を誇示したがる人間はいくらでもいる。特に自分が優れているからこそ財に恵まれていると思っている輩には。そして同列の輩にはそれが権威があるように見えるのだろう」
「いくらなんでもゴーレムに装飾するなど度が過ぎるとわしは思うがなぁ」
「はっきり言って悪趣味ね」
「俺もシャルリーヌに同感だ」
この遺跡を建造した者にはよほどの財力があったのだろう。シャルリーヌたちからすれば、警備用とはいえ戦闘目的の魔法生物であるゴーレムに派手な装飾を施すなど、いくらなんでもやり過ぎにしか思えないのであるが。
そして彼らは自警団の者たちの所に戻る。
「このとおり、ウッドゴーレムは破壊した」
「はい! お疲れ様です!」
「すげぇなぁ……この姐さん、一人であいつをあっさりと倒しちまった……」
「あたしだから簡単に倒せたけど、あいつは並の冒険者にはちょっと荷が重いよ。あんたたちならなおさらだ。それを勘違いしちゃいけないよ」
「はい!」
「それは身をもって思い知ったぜ」
自警団の者たちももちろんあの光景は見ていた。その彼らは呆気にとられているようだ。自分たちではどうにもならなかった怪物を、見目麗しい女性のリンジーがあっさりと倒してしまったのだから。冒険者志望の者たちは憧れの目をリンジーに向けている。
「では我々は穴の中の探索を開始する。君たちは穴には近づかずにこの場で監視し、もし我々と入れ違いに怪物が出て来たら、村に警告に行ってほしい」
「おう。わかった」
「今度は戦わずに逃げることにするよ」
「私は村に戻って、ここに近づかないようにと、いざという時はすぐに逃げるようにと、もう一度言いに行きます」
依頼の一つは終わった。だがまだ依頼は残っている。穴の中の調査と脅威の排除もバートたちが受けた依頼のうちだ。彼らも穴の中をのぞいたが、石組みと階段があるのを確認した。穴の中はなんらかの遺跡があるのだろう。その大きさはまだ不明だ。番兵にウッドゴーレムを配置してある程度の墓所遺跡ならばそこまで大きいとは考えにくいが、断言はできない。
ホリーは冒険者らしいこと、遺跡の探索は初めてだから、少しドキドキしている。でも不安はない。バートたちがいるのだから。それでもこの依頼はバートたちがホリーの成長のために受けたことは理解している。だから彼女も自分がなにをするべきかを考えながら遺跡に入ろうと思っている。