102 ちょっとした依頼 02 現地にて
依頼を受けた街の北にある村。バートたちは依頼を受けたその日のうちにここに来ていた。街で一泊して朝から向かっても良かったのだが、怪我人がいるということで、ホリーができるだけ早く向かいたいと主張したのだ。村に着いたのは夕方であるし、差し迫ってはいないようだから、怪物の退治と遺跡調査は一夜明けてからにするつもりだが。
そして彼らは道中で会った村人に宿の場所を聞き、そちらに来ている。村人も村長が冒険者の店に依頼をしたことは聞いており、村長と怪我人を呼ぶから宿で待っていてほしいと頼まれた。
そうして待つことしばし。宿の食堂で待つ彼らの前に、五十歳ほどの男性と怪我を手当てした布がのぞいている男性二人、そして怪我人を補助してきた村の自警団らしき男性二人が来た。
小規模領主が直接統治している村ならともかく、普通の村に兵が常時駐屯していることは滅多にない。はぐれ妖魔などが出た時は、まず村人たちが組織する自警団が対処し、それでは手に余りそうな時は領主に対処を願い出るか冒険者に依頼することが多い。
「ようこそおいでくださいました。私はこの村の村長をしているダニーと申します」
「私は冒険者のバートだ。怪物の討伐及び、遺跡らしき穴の調査と脅威の排除の依頼を受けて、この村に来た。こちらが紹介状だ」
「確かに。確認しました。妖魔の大侵攻は退けられたとのことですが、それを領主様の使者が知らせてくださった直後くらいにあの怪物が現れてしまいましたので……」
村長はバートが渡した紹介状に目を通してうなずく。冒険者の店で依頼を斡旋された冒険者は、店から発行された紹介状を依頼者に見せるのが一般的だ。依頼者としても、紹介状を持った冒険者ならば信頼していいと冒険者の店が保証してくれているということなのだ。
ホリーが遠慮がちに声を上げる。
「あの……依頼の話に入る前に、まずそちらの怪我をしている人たちを治癒していいですか?」
「おお。お嬢さんが神官様ですか。お願いいたします」
「早く治してくれるのはありがたいぜ」
「俺たちも痛えからなぁ」
ホリーは怪我をしている人を早く治してあげたかった。ニクラスとバートも治癒魔法は使えるが、彼女に任せようと思った。
だがその前に確認することがあるとヘクターが声をかける。
「その前に、あんたたち骨折はしていないか? 折れた骨を変な対処してたら、そこに治癒魔法を使ったらおかしなことになっちまうかもしれない」
「骨は折れてないと思うぜ? すごく痛えけど」
「俺たちも鎧は着てたんだけど、それでは防ぎきれなかったって感じでな。でも骨は折れてないと思う」
「わかった。お嬢さん」
「はい。善神ソル・ゼルムよ。この者たちを癒やしたまえ」
ホリーの治癒魔法はたちどころに効果を発揮する。痛みに表情を歪めていた二人の男が不思議そうな顔をする。急に痛みが消えたのだから。彼らは治癒魔法を使ってもらったことはなかった。二人は怪我していた場所を触ったり体を動かしたりして、まかれていた布もほどいて、怪我が完全に治っていることを確認する。
「すげえ……全然痛くねえ……」
「俺もだ。完全に治ってる」
「良かった。治ったようですね」
「おう! ありがとうな、嬢ちゃん! 怪我したままじゃ狩りにも行けねえって困ってたんだ! 自警団の仕事も仲間に任せるしかなかったし」
「俺も礼を言わせてくれ! ありがとう! いやぁ、しばらく畑仕事には出られないってことで、母ちゃんたちに申し訳なかったんだよ」
ホリーは感謝されるために治癒魔法を使ったわけではないけれど、感謝されると気分がいい。自分が役に立ったと実感できるのだから。
様子を見守っていたバートが口を出す。
「依頼に言及があったが、治癒魔法を使ったことに対する寄進は不要だ」
「はい。助かります。穴の中に何かあれば全部持ち帰っていただいて構いませんので」
「ああ。そこに何もなくとも追加料金を寄越せとは言わない」
「助かります」
村長たちは安心したという表情をしている。冒険者の店に中堅ランクの冒険者を派遣してもらうように依頼を出したのは、ごく普通の村にとっては負担は小さくはないのだ。そこにさらに二人分の治癒の寄進が必要となると、それなりの額になる。
「差し迫ってはいないようならば、怪物の退治と遺跡調査は明日に開始しようと思うが、それでいいだろうか?」
「はい。コリン、構わないよな?」
「はい。監視はしていますが、あの怪物は近づかなければ動きません」
村長もコリンと呼ばれた自警団の村人も異論はないようで、その表情にも焦りはない。その怪物がいる場所は道から近いとのことであるが、バートたちが通った道にはそれらしきものはいなかった。別の道なのだろう。
「その怪物の特徴を聞きたい。冒険者の店でも聞いて来たが、本人たちからの言葉も聞きたい。確認している怪物は一体だけなのだな?」
「はい。怪物は木でできた彫像のように見えます。人の形をしていますけど、私より頭三つ分くらいは大きいです。武器は持っていなくて、殴りかかって攻撃して来ます。なにか派手な装飾がされていますけど」
「あいつは近づかないと襲っては来ないようだ。逃げたら追って来なかったし。あと頭はあんまり良くないようで、攻撃されたら攻撃した奴を狙うって感じだった。それで仲間が援護してくれて、怪我しちまった俺たちも逃げることができたんだ」
「でもあいつはとにかく固え。剣も斧もろくに刃が立たなかったし、矢も刺さっても効いてる様子がなかった」
「ふむ……店主が言っていたようにウッドゴーレムの可能性が高いか」
「そうね。ウッドゴーレムとしては大きいようだけど」
話を聞く限りではバートたちが苦戦するような相手ではない。自警団として訓練はしているとはいえ、妖魔となら戦える程度でしかなさそうな村人たちが、逃げることができる程度の相手なのだから。だが駆け出し冒険者には荷が重すぎる相手だろう。冒険者の店の主人が中堅を上回る程度の冒険者にあてがおうと考えていたのも妥当だと、バートとシャルリーヌも判断した。
「突然開いたという穴の中はどうなっているかわからないのだな?」
「はい。あいつが居座っていて、穴の中はわかりません。でも穴の入り口らへんに石組みっぽいものが見えました」
「石組みがあるということは、やはりなんらかの遺跡の可能性が高いか」
「そうね」
事前にできるだけ情報を集めておくことは、冒険者として活動する上での基本だ。そしてそれは冒険に限らず他のことでも同様だ。情報があるのとないのとでは大きく違う。もちろん事前に情報を集められないこともいくらでもあるが。
そしてこれはホリーに冒険者として活動する上でどうすればいいかを見せ、そして他のことに応用できるように考えさせる訓練にもなるとバートは考えている。そのことはホリーにも伝えてあるから、彼女も真剣な顔で会話を聞いている。
「監視をしていると言っていたが、その怪物は近づかなければ動かないのだな?」
「はい。私たちも最初はあいつが村に来ないか警戒してたんですけど、今は交代で監視して、村人や旅の人が近づかないように注意するという程度です」
「わかった。明日退治するから、それまで監視を頼む。それとも我々がその近くで野営をして監視しておく方がいいか?」
「いえ。あいつは近づかなければ動きませんから、私たちで監視します。それまで宿で体を休めてください。何かあればこちらに来ますので」
「承知した」
その怪物は特定の場所を防衛していると考えるのが妥当だろう。逃げた者を追わないのは、追って防衛対象から引き離されて、その間に穴に侵入されないようにということだろう。
自警団の者たちも自分たちが何をするべきか普段から訓練と打ち合わせをしている。監視もせずに放っておいたら、村人や旅人が近づいて襲われたかもしれない。その点で自警団の者たちの対処は適切だったと言っていいのだろう。
「だが、もしや君たちは自分たちでその穴、遺跡らしきものに入ろうとしていたのではないか?」
「う……その……」
はっきり受け答えをしていたコリンの歯切れが悪くなる。自警団の者たちと村長もばつの悪そうな顔をする。
バートたちには推測できることがある。コリンたちもそのウッドゴーレムと思われる怪物が自分たちの手には余りそうだと見ただけでもわかっただろう。近づかなければ動かず、逃げれば追って来ないなら、無理に戦いを挑まずに監視しておいて、冒険者の店に依頼に行けばよかったのだ。だが彼らは穴の中に財宝があるかもしれないと欲に駆られてしまったのだろう。
「番兵としての怪物が配置されている遺跡には、様々な危険が予想される。他にも怪物がいるかもしれないし、罠などがある可能性もある。そういった遺跡に素人が入るのは危険だ」
「はい……すいません……宝物があるかもと思ってしまって……」
「危険だってのは身をもって思い知ったぜ……」
「次からは、入ろうとする者がいても止めて冒険者に依頼することにします」
「そうする方がいい」
「はい。痛いほど思い知りました。幸い今回は死人は出ませんでしたが……」
未調査の遺跡には宝物が残されていることもしばしばある。一般住居の遺跡であっても、かつての住人が生活費や蓄えとしていた金品が残されていることもある。番兵の怪物がいるとなれば、なおさら貴重な何かが残されている可能性が高いだろうというのは、普通の村人でも想像できるだろう。それで彼らも欲に駆られてしまったのだろう。だがそれは危険だ。それでも村人たちも危険に気づいて、犠牲者が出る前に冒険者の店に依頼を出したのだから、手遅れではなかった。
「その穴の中がどれだけの規模があるかは不明だ。場合によっては複数日にわたる探索になるかもしれない。たとえそうなっても追加料金は請求しない」
「助かります。先程も言いましたが、何か財宝を発見しても全部持ち帰っていただいて構いませんので。危険を排除していただきましたら、穴は村の者たちで塞ぎます」
「ああ」
入り口の番兵がウッドゴーレム一体程度の遺跡なら、中はそれほど広くはない可能性が高い。だが断言はできない。規模によっては一日では探索できない可能性もある。そこに価値のあるものが隠されている保証はないが。
「だが、我々が中で探索している間に、入れ違いになった怪物が穴の外に出る恐れもある。我々が探索中は入り口の近辺に自警団の者たちが待機して監視し、村に警告しに行けるようにしてほしい」
「できるだけ怪物を討ち漏らさないようにはするけど、絶対に大丈夫と約束することはできねえんだ」
「はい!」
「仮定が重なってしまうが、怪物が穴から出て来たとして、それがこの村に向かう恐れもある。それに備えるためにも、村人たちには逃げる心構えもしておいてほしい」
「わかりました。既に村の者たちにもいざという時は逃げるように声をかけていますが、改めて声をかけます」
「頼む」
ホリーは感嘆する。バートたちは強い。だけど自分たちがいれば絶対に大丈夫とは思わずに、万が一のことがあるかもしれないと準備している。自分も見習うべきだ。自分がいれば大丈夫などと思ってはいけない。万が一の備えもしておかないといけない。
そして同時に彼女は悲しい。バートのこの配慮は、村人たちを心配しているからではない。この人にとってほとんどの人間は妖魔同然の醜悪な存在でしかない。この人が人々を守ろうとするのは義務でしかないのだ。なぜこの人が人々を守るのが義務だと思っているのかは、わからないのだけれど。