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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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101 ちょっとした依頼 01 依頼の受領

 ミストレーの街を後にして二日。彼らはフィリップ第二皇子が拠点を置いている要害(ようがい)都市カムデンを目指している。だが彼らは脇目も振らずに移動しているわけではない。

 小規模な街にある唯一の冒険者の店。このあたりには妖魔が攻め寄せることはなかった。それでも街の兵たちは警戒態勢を取っていた。ここまで妖魔共が押し寄せて来るかもしれないと。だが妖魔共を打ち破ったという報が入り、その警戒も縮小されている。



「領主様もやり手だぜ。物資をミストレーに割安で送ることで恩を売って、フィリップ第二皇子殿下の覚えもめでたくなるって寸法だろうな。領主様の地位が安泰(あんたい)になることは、俺たちこの街の住人にとってはうれしいことなんだけどな」


「君たちは領主を(した)っているのだな」


「おう。旧王国の貴族にはひでえ連中も多いようだが、ここの領主様は違うからな」



 バートはちょっとした情報収集もしている。少数の者に聞くだけではそれが事実なのかは判断できない。だが冒険者の店の主人は情報通なことが多く、聞く価値はある。

 この街の領主は旧チェスター王国の貴族だった。統治者としては凡庸(ぼんよう)だが無能ではなく、民思いで民からも(した)われている。帝国が旧王国に侵攻した時、領主は帝国に寝返っていなかったのだが、街の民衆が領主の助命を嘆願(たんがん)し、領地を安堵(あんど)されたという過去があった。領主もそれで民に恩を感じているという面もある。

 そして今回の事態では、妖魔共が侵攻して来た時のために、領主は街と周囲の村々の住人を避難させるための準備と食料などの物資の集積もしていた。いざという時は街や村々を捨てて民を逃がそうと。そして妖魔の大群が殲滅(せんめつ)されたことで物資が余剰になり、それを包囲から解放されたばかりで物資に不安があるミストレーの街に輸送しようとしているのだ。



「ところでこの依頼について聞きたいのだが」


「その依頼はあんたたちほどの冒険者が出張るほどの難易度じゃないぜ? いや、ちょうど人手が足りないから、引き受けてくれるならありがたいんだけどよ」



 バートたちはこの街で依頼を受けようとしていた。ホリーに冒険者としての経験を積ませるために。そしてちょうど良さそうな依頼の張り紙を見て、話を聞こうとしているのだ。ホリーを危険にさらさずに済み、その上で現場の雰囲気(ふんいき)を感じてもらうために。

 聖女は人類の希望だ。聖女のいる軍勢は熱狂的な士気の高さを見せ、実力以上の力を発揮することは、バートたちも確認した。彼らはもう確信している。ホリーは聖女であると。だが聖女の伝説は悲劇で終わる。戦場で魔族に討ち取られたり人間同士の(みにく)い争いに巻き込まれたりして。彼らはこの少女にそんな結末を迎えさせたくない。だから鍛えようとしているのだ。もちろん彼らはこの少女を守るし、皇帝も護衛を用意してくれるだろう。だがそれで大丈夫とは断言できない。だからこの少女が自分の身を守ることもできるように鍛えようとしている。

 バートたちにはこの優しすぎる少女を戦場になど出させたくないという思いもある。この少女を魔王軍に保護させることも選択肢の一つなのであろうと迷うくらいに。バートも人間にも信じるに値する者がいることは認めているが、全体としての人間種族は信じてなどいないのだ。



「我々は難易度の高い依頼だけを受けているわけではない」


「まあ静かなる聖者と鉄騎(てっき)の噂は俺も聞いてるが。あんたたちは二人で旅してるとも聞いていたんだがな。じゃあ頼んでいいかい? あんたたちほどの冒険者にふさわしい報酬は出せないけど」


「報酬については書いてあるとおりで構わない」



 バートとヘクターは、依頼者が十分な報酬を用意できず他の冒険者が見向きもしないような依頼も、しばしば受けることでも知られている。そのこともあり、バートは聖者という異名をつけられたのだ。



「だがこの街の冒険者の仕事を奪ってしまうならば、我々は引き受けなくてもいいが」


「ああ、それは大丈夫だ。うちの腕利(うでき)き、といっても冒険者としては中堅よりちょっと上って程度だけど、あいつらは別の依頼を受けていて人手が足りなかったんだよ。だからこの報酬で受けてくれるならこっちとしてはありがたいんだが」


「ならば詳しい話を聞こう」



 バートもわざわざ他の冒険者の仕事を奪うことはしない。難易度の低い依頼もそれに対して適正な実力しか持たない冒険者はいる。冒険者たちの間では、上位の者が下位の者から依頼を奪うのは(つつし)むべきとされている。だがちょうどいい実力の者たちの手が空いていないならば、冒険者の店の主人に頼まれてより上位の冒険者が引き受けることもある。

 高ランクの冒険者は店の主人と信頼関係を築いていることが多いため、下位の依頼を頼まれることもしばしばあるのだ。高ランクの冒険者たちにとっても、そういった依頼は手軽に生活費を稼ぐのにちょうどいいという面もある。バートたちやリンジーたちのような非常に強力な冒険者にふさわしい、高難度で報酬も高い依頼はそうはあるものではない。むしろそんな依頼を出す必要がある脅威が頻繁(ひんぱん)に発生する方が人々にとっては困る。

 酒場と食堂も兼ねているこの場には休憩している冒険者たちもいる。冒険者たちは有名人であるバートたちが気になって様子を(うかが)っているようだ。



「俺たちじゃ、あの依頼は受けられなかったんだよなぁ……」


「仕方ないでしょ。あたしたちじゃ実力不足なんだから」


「そうだよ。ゴーレム退治に加えて遺跡探索なんて、僕たちじゃ無理だ」



 手が空いている冒険者たちでは、この依頼を受けるには実力不足だと店の主人が判断したのだ。冒険者たちも命は惜しいから、普通は店の主人の判断を素直に聞く。自分の実力を客観的に判断できずに無謀なことをして、命を落とす者もいるが。

 依頼の難易度の判断と裏付け取りなどは冒険者の店の主人が行う。その判断が間違うこともあるが、滅多(めった)にない。店に依頼を解決できそうな冒険者がいない高難度な依頼が持ち込まれた時は、受け付けてもらえないのが普通だ。その場合はもっと大きい街、つまり強力な冒険者がいる冒険者の店に依頼に行くように言われるものだ。当然依頼料も高額になり、依頼主がそれを払えるかという問題もあるが。

 なお冒険者の店に持ち込まれる依頼は年を通して一定しているわけではない。一時期に集中してすぐには手が回らないことはよくある。逆に依頼があまりなくて(ひま)な時もある。冒険者たちは依頼を受けるだけではなく、遺跡探索に(おもむ)くこともある。この世界は広大で、未調査の遺跡はいくらでもあるのだ。遺跡にはどんな危険と宝物があるか判断しづらく、楽に大金を得る幸運な者もいるが、探索に行って帰らなかった者も多い。遺跡探索を敬遠する冒険者も少なくはない。



「じゃあ改めて依頼内容を説明するぜ。場所はこの街から北、徒歩で半日ほどの場所にある村だ。地図だとここだな」



 店主は地図でその村の場所を示す。



「まあごくありふれた農業と牧畜で成り立ってる村だな。近くに未調査の遺跡もないし、たまにはぐれ妖魔が出る程度の、これといった危険もないはずの村だったんだ」


「ふむ」


「だけどどうも発見されていなかっただけで、なにかしらの遺跡があったようだ。丘のふもとに突然穴が開いて、そこから木でできた人型の怪物が出てきて人を襲ったようだ。聞く限りゴーレムっぽいな」


「ウッドゴーレムか?」


「たぶんな。だけど人の背よりだいぶ大きいらしくて、特別製かもしれねえ。そいつは人が近づかない限り襲っては来ないようだし、逃げるのは難しくないようだけどよ。だけどそこは道に近い場所で、放っておくこともできないそうだ」



 ウッドゴーレムとは、木でできた彫像に魔法を込めて使役する魔法生物だ。その体表は堅く、魔法で防御力も強化されているため、駆け出しの冒険者では対抗できない脅威だ。石でできたストーンゴーレムや鉄でできたアイアンゴーレムほどは強くないのが一般的だが、特別製となると注意はしておく方がいいだろう。



「で、依頼としてはその怪物の討伐と穴の中の調査だ。穴の中はたぶん遺跡だろうな。中で何か発見したら全部持ち帰っていいそうだぜ。危険が排除されれば村の方で穴は埋めておくそうだ」



 バートとヘクターが二人で旅をしていた頃だったら、この依頼は受けなかっただろう。旧時代の遺跡には罠や鍵、隠し部屋などもしばしばあるが、彼ら二人にはそれらに対処するためのための技能はない。そのような依頼を技能を持った冒険者と一時的に組んで受けることもあったが。

 番兵と考えられる魔法生物が配置されているとなると、そこはそれらの技能を持つ者、普通は盗賊がその任に当たるが、盗賊がいなくても調査できるとは考えづらい。今は優秀な盗賊兼軽戦士のベネディクトがいるから問題はないだろう。バートがベネディクトに視線を向けると、色黒の盗賊は問題ないと視線で返した。



「それからその怪物を退治しようとした自警団の村人二人が怪我しているそうだから、神官がいるならその治癒(ちゆ)も頼みたいそうだ。治癒魔法を使ってもらう追加報酬を出すのは負担が重いから、その穴の中に何か値打ちものがあれば全部持ち帰っていいってことで勘弁してくれないかってよ」


「承知した。この依頼を受けよう。治癒のための追加報酬も求めない」


「助かるぜ」



 張り紙に書かれた報酬は中堅冒険者グループを雇える程度だ。冒険者の店に払う手数料も含めれば、普通の村が出すには少々負担が重い額ではあるが、バートたちほどの冒険者を雇うには明らかに少ない。その穴の中に手間にふさわしい遺物が残っているかもわからない。だがバートもホリーたちもそれは気にしない。彼らは金には不自由していないし、いくらでも金がほしいという欲深い者でもない。

 怪我人がいるということでホリーも気を引き締める。精霊使いでもあるバートと神官戦士のニクラスも治癒魔法は使えるけれど、彼女は戦うことはできないのだから、治癒くらいは自分がしようと。



「あとこの依頼については領主様からも追加報酬が出る。それを合わせても、あんたたちほどの冒険者を雇うには到底足りないけどな」


「それは問題ない。我々もそれを承知で依頼を受けるのだから」


「助かるぜ」



 怪物の退治だけなら、村人はこの街の領主に対処を訴えただろう。怪物の居場所はわかっているのだから。その怪物を領主の兵が退治できるかという問題はあるが。だが遺跡調査も必要となると、明らかに領主の兵では荷が重い。怪物を退治するだけで穴を埋めても、まだ危険が残っていないとは限らない。領主としても盗賊無しで遺跡調査をさせて兵に犠牲者を出すわけにもいかず、そういったことは冒険者に依頼してほしいというのが本音だ。

 今回の依頼では、領主と協力関係にあるこの冒険者の店から情報が行って、村が用意した報酬では不足しているだろうと、領主が追加報酬を出すことになったのだが。そんな気配りをできる領主を、民衆も冒険者たちも(した)っているのだ。


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