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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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100 新米聖女たちは出立する

 ミストレーの街の正門。この街も旧王国出身の貴族が統治していた街の例に漏れず、その防備は貧弱だ。門の周辺は城壁もあるがその防御力は頼りなく、しかも城壁は街全体を(おお)えてはいない。だがこの街も帝国直轄(ちょっかつ)となった以上は防備も強化されるであろう。

 正式な(とむら)いの儀式にも参列し、この街から出立(しゅったつ)するバートたちを領主代理と騎士団の者たち、そして大勢の民衆が見送りに来ている。民衆の中にはブライアンたちとハンナ、ダグマーとフレッドもいるのが見える。バートとヘクターはホース・ゴーレムに乗り、リンジーたちも馬に乗っている。ホリーはバートの後ろに乗せてもらっている。リンジーたちはエルムステルの街では馬を使っていなかったが、従軍の報酬の一部として軍馬が支給された。



「では、皆さんもご無事で」


「見送り感謝する」



 見送りの代表として領主代理が声をかけ、バートが返事をする。バートからすれば見送っている者の大半が妖魔同然の存在にしか見えないのではあるが、ここには見所のある者たちもいることは彼も認めている。彼は笑顔も浮かべずに無表情のままだが。



「ホリー嬢もお気をつけて」


「ありがとうございます。皆さんにも穏やかな暮らしが戻って来ることを願っています」



 領主代理はホリーにも声をかける。彼からすれば聖女であるホリーに先に声をかけたかったのであるが、この少女が聖女であることはまだ広く知られるわけにはいかない。領主代理がホリーに声をかけたこと自体は、ホリーがアンデッドを浄化するのに大きな貢献をしたことは秘密にされてはいないから、不思議に思う者はいないだろう。

 年若い者でも神の寵愛(ちょうあい)を受けて強力な神聖魔法を使う者も(まれ)にいるから、ホリーに感嘆する者はいても、この少女が聖女ではないかと思う者はそうはいないだろう。この少女に対しては、水晶の姫神子(ひめみこ)なる異名が自然発生的に街で語られ始めているが、彼女たちはまだそれを知らない。




 そうしてバートたちは街道を進む。ミストレーの街はだんだん小さく見えるようになっていき、見送りの民衆の歓声も聞こえなくなっていく。

 ホリーがバートにつかまりながら言葉を発する。



「バートさん。私は未熟です。私は大勢の人たちの力になりたいと思っても、私にできることはほんの小さなことですし、人々の幸せを願うことだけしかできません……」



 ホリーは本心からそう思っていた。彼女はアンデッドたちを浄化し、人々の傷を()やし、そして聖女として軍勢に力を与えたのだから、卑下(ひげ)する必要などないのであるが。だが彼女が善神から与えられた使命は人々に善なる心を広めることであり、この程度ではいけないと思うのだ。



「お嬢さん。厳しい言い方になるが、お嬢さんは増長していないだろうか?」


「……え?」



 淡々としたバートの言葉の意味が、ホリーにはわからなかった。自分が増長しているなどと。

 会話を聞いていたシャルリーヌも口を出す。



「そうよ、ホリー。あなたがしたことは感謝されるに値することよ。それをあなたが小さなことだったなんて言ってはいけないわ。それにあなたは少し前まではただの村娘だったのだから、できないことがあるのは当然よ」


「シャルリーヌさん……」



 シャルリーヌはホリーの考えを理解した上で(たしな)める。人々に善なる心を広めることはホリーだけではなくシャルリーヌも善神から頼まれたことだ。だけどホリーも自分もできることは限られていることを彼女は理解している。だからホリーも(あせ)ってしまわないように(さと)す。



「そうだぜ、お嬢さん。お嬢さんのおかげで大勢の人たちが助かった。それをお嬢さん本人が小さなことなんて言っちゃいけねえよ」


「ヘクターの言うとおりさ。あんたは胸を張りな」



 実際ホリーの功績は大きい。それを否定する者などこの場にはいない。

 ヘクターとリンジーの言葉に、ホリーも確かに自分は増長していたと言われても仕方が無いのだと思い知った。



「嬢ちゃんがバート殿たちと比べれば力不足を感じても無理はない。じゃが(あせ)ってはいかんぞ」


「まあホリーが聖女として人々のために働かないといけないと考えるのは僕も理解はできるよ。でも焦ってもうまくいくことはそうはないよ」


「はい……」



 ニクラスとベネディクトは、ホリーとシャルリーヌが善神と悪神という二柱(ふたはしら)の偉大な神と対話していることは知らない。だが彼らの言葉はホリーの図星をついていた。

 ホリーは自分が焦っているのだろうと理解するしかなかった。自分は浄化と聖女としての力を除けば、バートたちと共に活躍できるほどの力を持っていないことを理解しているのだから。そして自分はまだ大人にもなっておらず、精神的にも未熟なのは認めるしかない。それで自分が焦っていたと指摘されれば、そうなのかもしれないと思うしかない。



「お嬢さんが未熟なのは事実なのだろう。だが未熟なら成長すればいい」


「はい……私は増長していたのかもしれません……バートさんたちも私を見守ってくれますか……? 私が成長できるように。私が増長してしまわないように」


「ああ。私は君を守ろう」


「私もホリーとバートたちの力になるわ」


「俺もだ。大船に乗ったつもりでいてくれていいぜ」


「あたしもさ。まああたしは頭を使うことはそこまで得意じゃないけどさ」


「わしも嬢ちゃんたちの力になるぞ」


「僕もだよ」


「ありがとうございます!」



 ホリーはうれしかった。素晴らしい人たちと出会え、そしてこの人たちと一緒にいられることが。バートが自分と一緒にいると言ってくれることが。おそらく自分はこの人に恋をしているのだろう。善神は自分とバートが恋に落ちて結ばれることを望んでくれているけれど、本当にそうなれば素晴らしいことだ。彼女は少し強くバートに抱きついた。



(ソル・ゼルム様……素晴らしい人たちと出会わせてくださったことを感謝します……)


『それは私が何かしたわけではないよ。君もその縁を大事にするんだよ』


(はい……)



 ホリーが心の中で善神に感謝の祈りを(ささ)げたら、善神からの返答が心の中に響いた。善神の照れくさそうな顔が思い浮かんだ。

 でもここ最近、起きている間も善神の声を聞くこともあるけれど、それは自分が聖女として成長したからなのだろうか。


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