98 新米聖女の新しい剣
バートはこの際に帝国公認冒険者としての仕事もしておこうと思った。帝国公認冒険者には帝国の巡察使とでも言うべき役割も与えられている。
「この街の者たちは先のアンデッド大発生について避難民たちに対してどう思っているのか、君たちに聞いてみたい」
「むぅ……無論、避難民たちを憎む者たちはおるようじゃ。じゃが自省している者が多いのではないかという印象じゃな。わしとしては理不尽に殺された避難民たちがああなってしまったのも無理からぬこととは思う」
「避難民たちが街の人たちを憎んだのも無理はないですよ。私だって我が子が殺されたらと思うとどうにも他人事とは思えません。アンデッドになってしまったんですから、理性的な判断ができなくなったのも当然ですし」
ダグマーとフレッドも人がいいのだろう。彼らもアンデッドの恐怖にさらされていたのに、避難民たちに同情できるのだから。彼らの身の回りの者にはアンデッドの犠牲になった者はいなかったからということもあるだろうが。
彼らの客の騎士や兵、冒険者には犠牲になった者もいるのだが、その者たちはある意味では死ぬのも仕事のうちと思うしかない。彼らの客は魔物や妖魔などを相手に命を落とすこともあるのだから。客が命を落としたことに酷く気落ちするようでは、武器屋や防具屋はやっていられない。もちろん彼らの商品が客の命を守ることを彼らは期待しているのだが。
「民衆の帝国に対する反応はどうだろうか?」
「これまでは帝国に否定的な者も多かったのじゃが、かなり好転したようじゃの。実際、帝国の援軍がなければ妖魔共に包囲された時にこの街は滅びておったじゃろうしの」
「そうですよねぇ……この街に元からいた騎士団は威張り散らすだけで、私たち民衆を守ろうという意識のある人は少ないようですし……」
「避難している人たちを放って逃げる兵士もいたしねぇ……帝国の兵士たちは命がけで私たちを守ってくれたのに」
フレッドたちも一応戦う心得はあったから、アンデッドの侵攻の時は避難して来た民衆の守りについていた。だが幸いにも彼らや民衆の守りに配置されていた未熟な冒険者たちが戦うことにはならなかった。戦っていたら、彼らが生き残れたかは危ういであろう。
帝国と領主代理に対する街の民衆の感情としては、帝国の直接的な支配下になったことに否定的な感情を持つ者たちもいる。だが帝国軍のおかげで街の人々は妖魔共の包囲から守られた。アンデッドの攻撃に対しても帝国直属の騎士団が身を挺して民を守った。そのため民衆の帝国と領主代理に対する感情も好意的なものになっている。前の領主の統治下のままだったら、自分たちは生きていなかっただろうというのが大方の評判だ。
ダグマーからも聞きたいことがあった。
「ところで戦死者たちと避難民たちと、アンデッドの犠牲になった人々を弔う日程はもう決まったのかの?」
「そのことも言おうと思っていた。正式な儀式の日程はまだ決まっていない。その前に彼らの怨念を鎮めるために明後日お嬢さんが儀式を行うのだが、君たちも来るだろうか? この街の冒険者のブライアンたちも来るのだが」
「おお。是非行かせてもらおう」
「私も行きます。せめて弔ってあげたいです」
「私もね」
「だが明後日の儀式は小規模なものだから、あまり大人数で来られても困る。君たちが来る程度なら問題ないが」
「うむ。わかったぞい」
避難民たちを弔う儀式は、アンデッドの大発生の後始末のために延期されたのだ。妖魔共との戦いの戦死者と、アンデッドの件での犠牲者たちも合わせて弔おうということになっているのだが、正式な儀式の日程はまだ決まっていない。
「ところでお嬢さんの剣ですが……」
「む。すまない。話が逸れてしまっていた」
「すまんの」
「い、いえ」
フレッドが言い出しにくそうにしながらも声をかける。その手には鞘に収められた小剣を持っている。その小剣をホリーに差し出す。
「どうぞ、ご確認ください」
「はい」
ホリーは小剣を受け取り、剣を鞘から抜く。鞘はテーブルに置く。
その露わになった刃の輝きに、ホリーは視線を引きつけられる。彼女もこれが何かを殺すための道具であることは理解している。それでも美しいと思ってしまった。それにこの剣は彼女の身を守るために買い求めたのであり、基本的には防御のために使うものなのだ。
「お嬢さん。剣に魔力を通してみろ」
「はい」
バートに促され、剣に魔力を通す。彼女も武器に魔力を通す練習もしている。
剣から清冽な魔力があふれ出し、おぼろげではあるが美しい光を放つ。
「ふむ……魔力の通りも良さそうだ。これならばよほどの攻撃を受けない限り折れることはないだろう」
「そうね。かなりの強度がありそうね。でも私が思っていたよりも高度な付与がされているように思うのだけど。それは私たちの鎧もそうなんだけど」
「ああ、それは付与をお願いした付与術士が、アンデッドたちを浄化してくれたお嬢さんが使うものならばと、特別に気合いを入れてくれたんですよ。代金は受け取った分だけでいいそうです。無料でもよかったと言っていたのですが」
「鎧についても付与魔術師がより上級の付与をしてくれたんじゃ。街を救ってくれた礼と言ってな」
ダグマーとフレッドを含め、この街の者たちはホリーたちに心から感謝しているのだ。アンデッドの脅威を退けてくれた恩人として。妖魔共を率いていた敵将を討ち取ったバートにも。彼女らがいなければ、この街は滅んでいたのだろうから。
その付与魔術師たちもより高度な付与をするために秘蔵の魔法材料を使用したり、間に合わせるために他の仕事を遅らせてもらったりと少々無理をした。付与魔術には精通してはいないものの優秀な智現魔法の使い手であるシャルリーヌとバートもそれを察した。フレッドとダグマーはそれを言うと恩着せがましくなるかもしれないと言わなかったのだが。本当はこれだけの付与をしてもらうためには、付与術士たちと特別な信頼関係でもない限り引き受けてもらえないほどのものなのだ。
「追加の代金を払いましょうか?」
「好意はありがたく受け取っておきなさい。その付与術士たちも街の恩人にお礼をしたいという思いがあるのでしょうから」
「その通りですよ、お嬢さん」
「うむ。わしらもそうじゃが、あやつらも礼をしたいのじゃ」
「は、はい」
「あと支払った付与分の代金の返却は不要だ。受け取っておくようにと伝えてほしい。付与魔術師たちもあれでは赤字かもしれないが、礼の気持ちとして受け取っておく」
「はい。あなた方ならそう言うだろうと思いまして」
「ありがとうございますと伝えておいていただけますか?」
「うむ。あやつらもその言葉を聞けば喜ぶじゃろう」
ホリーは追加の代金を払うべきかと思ったのだが、シャルリーヌが諭す。この少女はそれに見合う働きをしたのだから。ホリーもそれを受け入れた。実際、彼女たちの働きは感謝されて当然だ。だからバートも追加の代金を払うとは言わなかった。