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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
04 新米聖女は一歩を踏み出す
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97 新米聖女たちの新しい鎧

 ミストレーの街の防具屋。ここはドワーフのダグマーが経営する店で、品質のいい武器防具を送り出すと旧王国領でも有名なこの街でも屈指の防具屋として知られている。そのダグマーの隣には武器屋のフレッドもいる。

 ホリーたちが頼んでいた武器と防具が仕上がったから、受け取りに来たのだ。アンデッドの大発生という不測の事態が発生し、その影響もあって仕上がるのが予定より遅れてしまったのだが。フレッドも街の恩人であるバートたちにわざわざ足を運ばせるのも申し訳ないと、隣の武器屋からこちらに来ている。

 ドワーフの女性店員がニクラスに向ける目は、以前の時よりさらに熱を()びているようだ。なおその女性エイラはダグマーの娘で、店の職人でもあった。特に革鎧については店の重要な仕事も任されているとのことで、ホリーたちの鎧の調整も彼女がしてくれた。



「嬢ちゃん。なかなかにいい仕上がりだとは思うが、気になる点があれば遠慮なく言ってくれ」


「言ってくれれば、何度でも調整するわよ」


「問題はなさそうです。前の鎧もそれほど不都合は感じていなかったんですけど、さらに動きやすくなったように思います。それに魔法を付与してもらったおかげか、軽くて圧迫感もありません」


「そうかそうか。気に入ってくれたならわしらとしてもうれしい」



 ホリーが新しく購入した鎧と鎧下の服の調整と魔法の付与も終わり、確認のために着てみたのだが、問題はなさそうだ。前の鎧は彼女の体が成長して少しきつくなり、再調整しても次は確実に買い換えなければならなくなると予想されるため、新調したのだ。

 鎧自体も前のものより高品質なのだが、魔法を付与して防御力の強化と軽量化、そして着る負担を軽減する魔法も付与してもらったことにより、彼女の総合的な生存率は大幅に高まったと考えてよいだろう。その鎧には派手ではないが上品な装飾もしてあって、彼女の凜々(りり)しさと可憐(かれん)さを引き立てている。



「お嬢さん、似合ってるぜ。最初の頃は鎧に着られてるって感じだったのになぁ」


「ああ。お嬢さんも剣の訓練をしてきた成果も出ているのだろう。お嬢さんが直接攻撃されないにこしたことはないが」


「それはあたしたちで守ればいいさ。でもホリーは戦士の格好をしても優しげな雰囲気(ふんいき)は隠せないねぇ」


「それは仕方ないじゃろう。嬢ちゃんは優しい子じゃからな」



 ホリーとしては()めてもらえるのはうれしいと思うと同時に、少し照れくさくて頬を染める。これは自分を守るためだけではなく、誰かを死に追いやるための装束(しょうぞく)でもあることもわかっているけれど。

 自分は人も魔族も妖魔も誰かが不幸になるのは嫌だ。でもその誰かが他の誰かを不幸にさせようとするなら止めなければならない。それが敵対する誰かの死を意味するとしても。

 自分はその先を目指さないといけない。誰かと誰かがお互いに傷つけ合わないで済む世界を目指すために。それが善神ソル・ゼルムの聖女として選ばれた自分の義務であり、そして自分がしたいことだ。



「シャルリーヌ殿の方はどうかの?」


「基本的には問題なさそうね。でもこのあたりをもう少し余裕があるように再調整してもらいたいわ」


「わかったわ。他には注文はあるかしら?」


「それ以外は問題なさそうよ」


「それなら明日には渡せるわ」


「お願いね」



 エルフの魔術師シャルリーヌも新しい鎧を注文していた。彼女の生存確率を少しでも高めるために。後衛型の魔術師である彼女はできるだけ攻撃対象にならない方がいい。だが戦いではそう都合良くいくことばかりではない。彼女も敵に接近されてもなんとか対応できるように戦士としての訓練もしているが、リンジーたちと勝負できるほどではない。彼女の武器はあくまで魔法なのだ。



「ベネディクト殿はどうかの?」


「僕の方は特に問題はなさそうだね。可動部も完璧に調整されているようだよ」


「そうかそうか」



 盗賊兼軽戦士のベネディクトも、これまで使っていた鎧がくたびれていたから買い換えたのだ。彼は戦士として前衛に出るから、くたびれて防御力の低下した鎧では生存率が低下してしまう。古い鎧も修繕(しゅうぜん)できないほどではなかったのだが、この店の鎧はかなり高品質だから、買い換えることによって彼の防御力を向上させられた。

 なお魔法の付与された鎧を修繕するためには、付与された魔法を付与術士に一時的に無力化してもらう必要があり、相応の手間と費用がかかる。



「お主が使っておった鎧はどうするかの? 少々くたびれてはおるが、コレクター向けに買い取ってもよいが」


「廃棄しておいてよ。僕は盗賊だから、その僕の使い古しを誰かがありがたがるというのも変な気分だしね」


「わかったぞい」



 武器や防具を買い換える場合、状態が悪くないものは下取りに出すのが一般的だ。古いものを持っておいても邪魔になるだけなのだから。そして下取りに出されたものは中古品としていずれ別の者の手に渡る。全身を完全に(おお)う金属鎧などは所有者の体格に合わせて作られるため、他者にそのまま転用するのは難しいことも多い。それで防御力に大きく影響する主要パーツのみを再利用して、細かい部分は作り直すこともある。駆け出し冒険者など、予算に余裕がない者は中古品を買い求めて自分用に調整して使うことはよくある。状態が悪いものは廃棄されるが。

 ベネディクトも旧王国領においては名の知られた冒険者であり、ミストレーの街を救った冒険者の一人でもあるため、彼が所有した品を買い求めたいと思うコレクターはいるだろう。冒険者は旧王国の支配層側からすれば見下す対象ではあるが、裕福な商人などには高名な冒険者の所持品を集めている者たちもいる。だがベネディクトにはそれで利益を求める気はない。



「嬢ちゃんとシャルリーヌ殿の古い鎧は、持ち主を伏せたまま単なる中古品として販売すればいいかの? シャルリーヌ殿の鎧は明日になるが」


「はい。お願いします」


「ええ。お願いね」


「うむ」



 ホリーとシャルリーヌが使っていた鎧も下取りに出す。彼女らの鎧もプレミアの対象になるのだが、彼女たちはそれを望まなかった。



「では、このくたびれた鎧は責任を持って廃棄しておくぞ」


「頼むよ。廃棄代金も払うよ」


「街の恩人のあんたたちからそうも金を受け取るのも気が引けるし、その程度はこちらで負担してもいいが。この鎧も魔法が付与されておるから、廃棄代金はそれなりにかかるぞ」


「バートも言っていたけど、あなたたちも生活するためにはお金が必要なんだから、受け取っておいてよ。それでも気が引けるというなら、その分を孤児院にでも寄付しておいてもらえばいいよ」


「おお。それはいい。是非(ぜひ)そうさせてもらうぞ。あんたたちに鎧を売った利益からもな」



 この古い鎧も魔法が付与されていて、廃棄するのは付与されていないものよりも大変だから、廃棄代金は割り増しでかかる。ダグマーはその負担を引き受けようと思ったのだが、ベネディクトの言葉に感嘆の思いを(いだ)いた。



「領主代理が孤児院や貧しい人たちに対する支援をするらしいですし、アンデッドの件での遺族たちの支援もするということで寄付を募集していますから、そこに寄付するのもいいですね。私もあなた方相手の利益はそちらに寄付しようと思います」


「うむ。それもいいな」


「確かにその方がいいかもね」



 孤児院に寄付するには金額が大きくなりすぎるかもしれないとダグマーは思ったが、フレッドの言葉にいい考えだと同意する。善意で寄付された金を着服する下劣な人間はいる。だが彼らは領主代理は信じていいと考えている。ベネディクトたちもそれには異論はない。

 ホリーは思う。やはりいい人は大勢いるのだ。エルフやドワーフたちだけではなく、人間にも。フレッドも領主代理も人間なのだし。だけど悪い人もいることは認めるしかない。そして自分はいい人を増やすように活動しないといけない。具体的にはどうすればいいのかはまだわからないけれど、バートたちと一緒に考えたい。



「前の領主様はどうにもならぬと思っていたが、領主代理殿はよくやってくれておるしのう」


「旅の冒険者たちに聞いても、帝国直轄(ちょっかつ)の場所の方が、旧王国の貴族様が統治している場所よりいい政治が()されているという話ですしねぇ……」


「うむ。旧王国に生きていたわしらとしては複雑な気分じゃがな……」


「民にとって、統治者が何者であろうと、良い政治が為されるのならばそれでよいと考える。旧王国の貴族たちはほとんどの者が統治者としての良心がない」


「まあなぁ……旧王国の貴族共にはひでぇ奴がいくらでもいるしなぁ……まともな人もいないわけじゃねえけど」


「エルムステルの領主も民を見捨てて逃げて、逃げる途中で殺されたんだしねぇ。まあ帝国の人も高潔な人ばかりじゃないだろうけどさ」


「領主代理殿は信じて良さそうに思えるがな。前の領主様が地位を追われたことを喜んでいる者も多いじゃろうしのう」



 このミストレーの街は、旧チェスター王国時代の貴族が帝国に寝返った褒美(ほうび)としてその地位にとどまっていた。だが不正と非道を告発されて領地と財産を没収されたのだ。そして今のこの街はフィリップ第二皇子が派遣した領主代理が統治している。領主代理が来て程なく妖魔の大侵攻が始まってしまったのだが。


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