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プリンス オブ ザ フォールンキングダム  作者: 伊勢屋新十郎
01 元王子は新米聖女と出会う
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07 エルムステルの街への道中 03 宴

 夕方になり、大勢の村人が村の広場にテーブルを置き、料理と酒を持ち寄って、まるでお祭りのようになっていた。男の子の両親は寄り合いの仲間たちだけで宴会をするつもりだったのだが、娯楽(ごらく)に飢えていた村人たちもそれを聞きつけて、盛大な騒ぎになったのだ。突然のことだったから、準備が必要な特別な料理が用意されたわけではないけれど。

 ヘクターはワインを十本ほど買って持って来たのだが、この規模では到底足りないと、大きなエール酒の(たる)を買って来ていた。ヘクターはみんなで楽しむ方がいいと笑うばかりだ。



「ねえ、僕もそれ飲んでいい?」


「はっはっは。まだ駄目だ。大人になってからな」


「えー」



 そのヘクターはお祭り好きで、村人たちに混ざってよく飲んでよく食べている。そして時々村の子供たちにまとわりつかれて肩車をしてやったりしている。

 ホリーはバートと共にいる。バートは酒も飲まず、料理も物静かに食べているだけだ。村人たちもバートは気難しい男だと察して、あまり声をかけない。



「バートさんはお酒は飲まないんですか? よければもらってきますけど」


「酒は思考と動きを鈍らせる。私は飲まない。他人が酒を楽しむのを邪魔する気もないが」



 ホリーの申し出にも、バートの返事はにべもない。



「君も私といてもつまらないだろう。(にぎ)やかな所に混ざるといい」


「い、いえ。大丈夫です。私もあまり騒がしすぎるのはちょっと苦手で……」



 無表情で淡々とした口調でも、この男なりにホリーのことは配慮(はいりょ)しているのだろう。

 ホリーが騒がしすぎるのは苦手と言ったのも、嘘ではない。だけどそれ以上にこの人を一人にしておくべきではないと思った。彼女は今朝の啓示(けいじ)のことが気にかかっていた。



「でも、バートさんも優しいんですね。子供たちの相手をしてあげていましたし」



 村人たちがお祭り騒ぎの準備をしている間、ホリーたちは村の子供たちの相手をしていた。村の女の子たちと一緒に野に咲く花で冠を作ったりと。ホリーの姿に見とれていた年頃の村の少年たちが、手伝えと親に小突かれている光景も目にした。ホリーは彼女の村でも少年たちからそのような視線を向けられていたけれど、これまで恋という感情を意識したことはなかった。

 ヘクターは(いか)つい見た目に似合わず子供好きで、村の子供たちにも人気があった。バートは自分が子供の相手をするのは向いていないという自覚があったから、薪割(まきわ)りを手伝っていた。しかし剣士のバートには村の子供たちも興味津々(きょうみしんしん)で、せがまれて剣舞を披露(ひろう)して喝采(かっさい)を受けたりもしていた。この男は表情を動かしもしなかったけれど。



「あの子供たちもいずれ強きになびくだけの大人になるのだろう。悪の道に行ってしまう者もいるかもしれない。善の道に行く者も出てくる可能性も否定はしないが」


「……」



 ヘクターは言った。バートは極度の人間不信だと。

 善神は言った。バートは人間に絶望していると。

 ホリーも理解せざるをえなかった。この人にとって、ほとんど全ての人間は妖魔同然の本性を持つ悪に見えているのだろうと。善の方向に導こうとするのも無意味だと思っているのだろうと。

 それが悲しかった。この人も決して悪い人ではない。むしろ行動だけなら善を()そうとしているのかもしれない。そのバートが全てに絶望しているのが悲しかった。だけど彼女には希望もある。善神は言った。この人も本当は人間を信じたいのだろうと。

 ヘクターの方では村人たちが(にぎ)やかに騒いでいる。



「でもよぉ……王様が殺されて、上が帝国になってから悪いことばかりだ。税は上がるしよぉ」


「それは違う」



 酔っ払ってわめく村人に、ヘクターが静かな声で反論する。彼はあれだけ酒を飲んでも、酒に飲まれてはいなかった。



「兄ちゃん。違うってなんでだよ」


「旧王国の頃は権威主義と不正がはびこっていたと俺は聞いているぜ。いつ魔王軍に攻め滅ぼされてもおかしくなかったとも。フィリップ第二皇子殿下がいる旧王国領東部の方は、規律も行き届いていて治安も良かった。その範囲を外れる旧王国の貴族たちが統治している地域の方が、はっきり言って治安が悪い」


「そういえば……帝国が来る前は魔王軍が今にも押し寄せて来るんじゃないかって噂だったっけなぁ」


「村を逃げる奴も何人もいたなぁ……」


「旅の人も、東部の方が妖魔共の被害も少ないって言ってたなぁ……でも税が上がってるのはよぉ……」


「それは仕方ないだろ。その税でエルムステルの城壁を作ってて、いざという時は俺たちも街に逃げ込めって言われてるんだから」


「でもよぉ……いつになったら城壁は完成するんだよ。結構前から作ってるはずだろ?」


「すぐにできるわけでもないのじゃろう。それに言いたくはないが、王国の頃も今と同じか多いくらいの税は取られていたからのう」



 ホリーはチェスター王国にヴィクトリアス帝国が侵攻した頃はほんの小さな子供だったから、よく覚えていない。



「そうなんですか?」


「私とヘクターが見て来た感想で言うと、フィリップ殿下の統治が行き届いている地域では統治に問題があるようには見えなかった。魔王軍の侵攻も押しとどめられている。殿下の統治が行き届いていない地域では、旧王国出身の領主たちが勝手なことをして統治にほころびが出てきているように見える」



 ホリーの質問に、バートも肯定する。ホリーは自分が聖女かもしれないということは信じていない。それでも自分はフィリップ第二皇子の元に連れて行かれるかもしれないのだから、気になってはいた。バートたちの言葉からすると、第二皇子は立派な人なのかもしれない。

 バートは続ける。



「現状を不満に思っても、実際に行動に移す者は少ない。善のために行う者はさらに少ない。私自身、他人のことを偉そうに言える立派な人間ではないが」



 ホリーはバートがなぜこんなことを言い出したのかわからない。



「旧王国の民は幸運だったのだろう。皇帝陛下とフィリップ殿下は民は守るべきものという統治者としての良心を持っている方だ。滅亡間際の王国にはそれはなかった。今も残っている王国の旧臣たちも、統治者としての良心など無く己の欲望を優先する者が大部分だ……余計なことを言った」



 そしてバートは口を閉じる。ホリーには、この人には珍しくその言葉に感情がこもっているように思えた。旧王国に対する郷愁(きょうしゅう)ではなく、侮蔑(ぶべつ)の感情が。だけど彼女は気づかなかった。この人が言う余計なことをこぼしてしまう程度には、彼女を見込んでもいいのかもしれないと思い始めていることに。


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