嘘告されたのでどさくさに紛れて幼馴染を口説いてみた
置き勉をしていない俺はいつもの様に教科書を机に入れようとして異質な手応えを感じた。
机の中を確認すると教科書に押し潰されてくしゃくしゃになった色派手やかな封筒が出て来た。
薄ピンク系統の中に散りばめられた黄色と赤の配色が目に痛い。目の前がチカチカする。新手のテロか?
漫画に出てくるラブレターではあるまいし、現実はもう少し落ち着いた色味の封筒を使うよな?
初見で気味悪がられて捨てられたらどうするつもりなんだろう。真剣味が感じ取れないんだが?
まあ、それはいい。横に置いておいて。
待望のラブレターを手に入れた俺がする事はこれが本気なのか、嘘告なのかの確認だ。
まあ、封筒を見た時点でギャグにしか見えないんだが――
本気なら差出人は今頃ドキドキしているだろうし、嘘告なら差出人含めてグルな奴らが俺の様子を観察して笑い者にしようとしているはずなので、素知らぬ顔をしていれば様子ですぐに分かるだろう。
取り敢えず、ラブレターを見つけて動揺しているフリをしておこう。
震える手で中の手紙を取り出して確認する。
教室の片隅から抑えきれなかった失笑が微かに聞こえてくるので嘘告で間違いなさそうだ。
『話したい事があるので放課後に屋上に来てください』
差出人は塚本沙羅。
陽キャラグループに所属するカースト上位のクラスで一番人気のある女子だ。
だが所詮は他人の評価。俺にとってはどうでもいい事だった。
てめえらの勝手な趣味・価値観を押し付けてこられても困る。というか、価値観が同じなら一緒に陽キャラやってるだろ? って話。
価値観が違うから陰キャラ認定されていようが平気でいられるわけだ。
スポーツのできる奴。
勉強のできる奴。
面白い事をしゃべれる奴。
コミュニケーション能力の高い奴。
他にもあるが学生生活で一番軽視されて表に出てこないのが、人生においてかなりのウエイトを占めるはずの"金を稼ぐ能力"のある奴。
それぞれが"個性"で、評価されるべきだ。
しかし、学校生活においては"金を稼ぐ能力"が有ったところで評価される機会がない。
俺はもちろん非常に尊敬しているし憧れてもいる。
***
『今日の待ち合わせ場所なんだけど、校門に変更してもいいかな?』
『うーん、いいけど、どうかしたの? 目立つ所での待ち合わせは嫌だったんじゃない?』
莉子からのSNSレモンの返信は予想通りのものだった。
せっかくのチャンスを生かさないのは勿体ない。
どんな事でもチャンスに変えればいいのだ。ピンチこそチャンス。
『呼び出されて放課後に告白を受けるんだけど、嘘告っぽいんだよね。だから断ろうと思うんだ』
『嘘告とか最低! 何考えているのかしら』
『でも相手は陽キャラ達だし、理由もなく断っても納得しないと思うんだ。好きな人がいる、位じゃ引き下がらないと思うしね』
『うーん、そうかもしれないけど。どうするつもりなの?』
小学生時代からの友人の野々村莉子。
莉子は進路希望『専業』と書く強者だ。愛読書は四季報。
進学しないのは勿体ないと先生は大学進学を薦めるが確実に『専業』の意味を取り違えている。
莉子のいうところの『専業』は『専業主婦』の事ではない。
実際に今現在、彼氏はいないはずだ。
『彼女がいる事にしようと思うんだ。莉子、彼女役頼むよ。この間の買い出しのやりとりの冒頭の
「今日、クラスの買い出しに行くんだけど荷物が多くなりそうなの」
の部分を削除したら、告白とその返事っぽくなるから、疑われたらそれを見せようと思ってる』
続くやりとりは
「付き合ってほしいんだけど、どうかな?」
「そりゃあ、断るわけないだろ?喜んで」
「ありがとう」
「どういたしまして。どこで待ち合わせる?」
の流れだったので、告白のやりとりだったと強引に言い切ってしまえば問題ないだろう。
『うーん、確かに読み返したらそういう風に見えなくもないけど』
『莉子の方のレモンからも該当部分を削除しておいて。今回、莉子への借り一つという事でお願い』
『もう、しょうがないな。一つ貸しだからね。じゃあ、校門での待ち合わせも今回の件に関係あるんだね?』
『彼女が待ってるからと手短に断って、その後、莉子と二人で帰るところを見せつければ納得するだろう? わざわざ余計な波風を立てる必要もない』
『そういうものかな? よく分からないけど』
『そういうものだよ。だから恋人役お願い』
『わかったわよ。しょうがないわね。それで今日だけでいいの?』
『今日だけだとバレそうだから。そうだな、3カ月間、恋人役をお願い』
『了解!』
『校門での待ち合わせを忘れないで』
『わかってるわよ。それじゃあ、また後で』
***
俺が屋上に到着した時にはすでに手紙の主は来ていた。
「ごめん、待たせちゃったみたいだね」
「ううん、私も今来たところだから、大丈夫だよ」
人影は見えないけれども人の気配はする。何人か物陰に隠れているので間違いないだろう。
「ところで塚本さん、用件は何かな?」
「うん。いきなりで悪いんだけど、ずっと長田くん、ううん、当くんの事が好きでした。私を彼女にしてくれませんか?」
言いながらあざとく首をかしげる。全て計算し尽くした仕草なのだろう。彼女がタイプの奴らならばイチコロで落ちるのだろう。俺にはさっぱりと良さがわからないが。
微かにカシャ、カシャとシャッター音が聞こえている時点で折角の舞台が台無しだと思うんだけど。真剣にだます気あるのか?
こんな茶番に付き合わさせられる身にもなって欲しい。
「あ、とても嬉しいよ――」
「じゃあ!」
その笑顔は告白が受け入れられて喜んでる笑顔には見えないんだけど。
演技力ゼロのこの娘を囮に使おうと考えた間抜けは誰だよ?
赤ん坊ですら泣き出しちゃうよ?邪悪すぎる――
「塚本さんの気持ちはとても嬉しいんだけど。俺、もう彼女いるから。ごめんね! 本当にごめんね。もう行かなくちゃ! これから彼女とデートなんだ」
有無を言わさずに会話を打ち切ると屋上を後にした。
「ちょっと待って! 本当に、ちょっと待ってよ――」
ドップラー効果の様に野太く聞こえる塚本さんの声を置き去りに校門に向かう。
はあ、はあ。
一呼吸整えてから校門にもたれ掛かって表通りを見つめている莉子に声を掛けた。
「遅くなってごめん。本当にごめん!」
「ううん、別にいいよ。それよりどうなったの?」
「あっ、心配してくれたんだ。やっぱり莉子は優しいな。安心して、彼女がいるからって断って、それでおしまい」
「そうなの?」
「屋上の方が騒がしいから今もこちら見てるんじゃないかな?」
後ろを振り向かない様に背後を指差す。
「あー、本当だ。何人かこちらを見てるみたい」
「じゃあもっと仲の良いところを見せつけるとしますか」
左手を腰に当てて腕で輪を作り莉子に見せた。
「うん?うーん、仕方ないわね」
莉子が俺の左腕に抱き付くと耳元で囁いた。
「これで貸し二つだからね」
「当然だよ。感謝してる、莉子様々だよ。今日から足を向けて寝ないからね」
「あっ、今まで足を向けてたんだ?薄情者め」
「冗談に決まってるだろ。それで今日はどこから回るの?」
「駅前のスーパー。この間の買い出しの続きだよ。しっかりと荷物持ちしてもらうからね」
***
週末、俺たち二人は街中にいた。当然、デートの為だ。
"恋人なら"週末にデートするのは当たり前だと莉子に言い張って連れ出す事に成功した。
なまじ莉子に変な知識がないのが幸いした様だ。
これからも"恋人なら当たり前だ"は活躍しそうな予感がする。
「それでお昼はどこに食べに行く?」
Mドナルド、ステーキのM、H寿司、GストにBミアン。他にも色々と優待券は持って来ているので大概のチェーン店ならまかなえる。
「ふふふっ」
ちらっと優待券を見せると莉子が笑い出した。
「どうかした?」
「いえ、当らしいなと思って。違うね、私たちらしいなと思ったの」
「これ?」
「そう」
確かに普通の高校生の感覚ではない。
それは普段から見ている視線、世界が違うのだから仕方がない事だ。
莉子に影響されて始めたといえ、まだ莉子に追いつく事は出来ていない。同じ視線で同じ世界を見ていると思いたいがもしかしたら違うのかもしれない。
「感染症がまん延して外食業は安売りバーゲンセールだったから」
「そうだね。底値で買おうと欲張らなければそこそこの値段で買えたね」
未成年口座でビシバシと株式取引している莉子との会話は楽しい。
「観光業もバーゲンセールだったし、去年は買い場だったよね」
「そうそう。あとはどこまで円安が進むか見極めないと」
莉子の運用成績を抜いたら告白すると決めていたが諦めた。正確には莉子が天才なのを認めて白旗を上げた。
一生掛かっても勝てないので搦手で攻める事にしたのだ。今回の様に。
「ふふふ、久しぶりに楽しい」
「うん? どうかした」
「同世代で話題の合う子って身近にいないから、当と会話するのって楽しい」
「それはそれは光栄だね。恋人としてならもっと嬉しいよ」
「ふふふ。そういう事にしておいてあげる」
***
"恋人なら当たり前"そう言い続けて、信じて疑わない莉子とデートを繰り返し3カ月が経とうとしていた。
「明日もデートしようね」
「明日は駄目」
「何か用事があるの? だったら仕方ないか」
「用事はないけど駄目」
「恋人なら毎週末デートするのが当たり前だよ」
「明日はもう当と恋人ではないから駄目。今日でちょうど3カ月」
「俺は莉子が好きだ。莉子もそうだろう?」
キスまで済ませた仲なのに、二人の間に情がないとは言わせたくなかった。
デートの別れ際の抱擁も名残惜しそうな素振りを見せてくれる。
「損切りルールは絶対。約束、ルールを破っては駄目」
「そんな――」
いや、ルール厳守は莉子のアイデンティティ、だからこそ"恋人なら当たり前"のフレーズに素直に従っていたんだ。
「じゃあ、改めて告白するよ。今度のはフリとか期間限定とかじゃなくて――」
「うん――」
「長田当は野々村莉子の事を出会った時から、小学生の頃から好きです。莉子と会話したいからと株の世界の事を勉強した。いつか肩を並べる、追いついたら告白しようと思っていたけど、残念ながら無理っぽいので諦める事にした」
「そうなんだ――」
俺の言葉を聞いていた莉子の声色が少し暗い。これは期待しても良いのだろうか?
「だから、追いつくとか勝つとか関係なしに告白するよ。俺と付き合ってください。そして将来、俺の妻になってください。絶対に大切にするから」
「私、料理も洗濯も何も出来ないけどいいの? 損切りするなら早い方がいいよ」
「それなら心配しなくていい。なんなら俺が家庭に入る。主夫やるよ。料理は得意なんだ 」
「そうだね、当のお弁当は美味しい」
「それなら!」
「うん! 私を当の彼女にしてください」
満面の笑顔の莉子を見て、死ぬまでアホールドするんだと決意を固めた。