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2.婚約破棄を計画した少女

 急に三人に注目されたフィルマはキョトンとして、あどけない表情を返す。

 そんなフィルマに、今にも倒れそうな青い顔をした彼女の母親が恐る恐る娘にある事を確認し始める。


「フィ、フィルマ……? あなた、そんな事をルシオ様に言ったの?」

「ええ。言ったわ!」

「ど、どうして!? もし二人が婚約を破棄したら、アベリアとルシオ様が悲しむと思わなかったの!? あなただって二人が仲良しだと知っているでしょ!?」

「だって……ルシオ様はアベリアの一番じゃないかもしれないって悩んでいたし、婚約破棄するって言えばアベリアがルシオ様の事が大好きだって分かると思って」

「もしそれで本当に二人の婚約がダメになったらどうするつもりだったの!? 仲良しの二人を引き裂くなんて……。あなたは自分がどんな酷い事をルシオ様に勧めたか分かっているの!?」

「でも……もし二人が婚約破棄したら、私がルシオ様の婚約者になるからいいかなって思ったの。前にフレッド叔父様が言っていたのよ? 私がルシオ様と婚約すれば、将来は伯爵夫人になるから、うちが裕福になれるって。だってうちはフレッド叔父様が作った借金とか言う物の所為で、凄く貧乏なのでしょ? このままだと弟のセルジュの代になったら、うちは貴族じゃなくなるって叔父様が言っていたの。だから私が伯爵夫人になればいいかなって!」


 フレッドはフィルマの父親の弟だ。

 だが彼は気弱で非常に騙されやすく、何度も投資詐欺に遭っており、兄であるフィルマの父に何度も泣きついてきていた。

 そんな愚弟に対して、初めは気の毒に感じていたフィルマの父が何度か借金の肩代わりをしたのだが……先月程前についに相談後、この愚弟に見切りをつける事を決断した夫妻は、きっぱりとその要望を断った。

 しかしフレッドはなかなか諦めず、客間に長い間居座っていたのだが、その時にフィルマに今の様な話を吹き込んだのだろう……。


 恐らくフレッドは意図して、そのような事を姪であるフィルマに吹き込んだ訳ではない。「もしそうだったら……」という軽い気持ちで冗談めいてフィルマに語っただけのはずだ。

 しかし、変に頭の回転が速いフィルマは、その叔父の話から自分達の貧しい暮らしを打開する為の名案として、受け止めてしまったのだろう。

 そこに辿り着くまで、どれだけ周りの人間を傷付けてしまうかという配慮が、まだ7歳のフィルマには出来なかったのだ……。


 そしてフレッドの方もその冗談めいた話を、まさか7歳の姪が理解出来るとは思っていなかったのだろう。そもそもフィルマ一家が貧困で苦しんでいる一番の原因は、このフレッドの所為なのだが、それをまたしても他人の伝手を当てにしようと考えてしまう辺りが、彼のどうしようもない人間性を物語っている。


 そんな娘の言い分にフィルマの母は、額に手を当て眩暈を起こしかける。

 だが、たとえ自身の家の貧困改善の為とはいえ、ルシオに婚約破棄を促した行為は許される事ではない。そのフィルマの行動は、ルシオの弱みに付け込み、伯爵夫人の座を狙った故の策略と思われても仕方のない行動である。

 その恐ろしい現状に膝を崩しかけたフィルマの母を、隣にいた義姉でもあるアベリアの母が、慌てて支え出した。同時にこの話をアベリア達に聞かせないように配慮したルシオの母が、二人をフィルマ達から少し離れた場所に手を引き、誘導し始める。


「だからって、何故ルシオ様に婚約破棄をするように言ったの!! アベリアはあなたの従妹なのよ!? あなただって妹のようなアベリアが、大好きなはずでしょ!! そんな事をしたらアベリアが悲しむとは、思わなかったの!?」

「でもこの間ね、うちに来た行商人が言ってたの。今、お城では婚約者同士の人達がパーティー会場で婚約破棄をして、真実の愛を見つけてるって。その後、婚約破棄になってもならなくても、その時に結ばれた人達は、相手が自分の一番大切な人だって気付けて、その相手を凄く大切にするようになるって。だからアベリアが婚約破棄されそうになっても、ルシオ様の事が好きだったら、二人は真実の愛で幸せになれるし、もうそうでなかったなら、アベリアは別の人と婚約して幸せになれるでしょ? そうしたらルシオ様が一人になってかわいそうだから、私がお嫁さんになってあげればいいかなって! アベリアは別の人と幸せになれるし、ルシオ様は私と結婚すれば寂しくなくなるし、私は伯爵夫人になれるから、お母様達も貧乏で大変な思いをしなくて済むでしょ?」


 全く悪びれずに屈託のない笑顔でそう語る娘にフィルマの母は、今度こそ後ろの方に倒れかけ、それをアベリアの母だけでなくルシオの母も支え出す。

 その瞬間、アベリアとルシオが放置される様な形になり、二人は再び小箱の押し付け合いを始め出してしまった。

 だが、今は倒れかけているフィルマの母を支える事を二人は優先する。


「ネモフィラ! しっかりして!」

「ああ……。まさか王都で今大流行している婚約破棄が、子供達にも悪影響を与えているなんて……」


 三人の母親達は、フィルマの話を聞いてガックリと肩を落とす。

 フィルマは年齢に対して、とても頭の回転が速いのだが、やはりその精神面は年相応の7歳児なのである。

 合理的な方法で最短最善の結果を導き出す事が出来ても、そこに到達するまでに発生する周囲の人間への弊害に対する配慮という部分には、まだ頭は回らないのだ。

 そもそも婚約破棄後に必ず真実の愛が見つかると言う発想は、どうしてフィルマに刷り込まれてしまったのかが謎である。

 その事を諭そうと、フィルマの母ネモフィラは、アベリアとルシオの母に支えられながら、フィルマの前で座り込み、娘の瞳をジッと見据える。


「フィルマ。それは違うわ……。大勢の人の前で婚約破棄をするという行為は、本来とても非礼な振る舞いなのよ?」

「え……?」

「婚約破棄というのはね、ちゃんと約束をして結ばれた婚約をどちらかの勝手な言い分で、一方的にやめようとする事なの。普通はお互いに話し合いをして、婚約をやめるという方法をしなければならないのに、それをしないで勝手に『この婚約は嫌だからやめる!』と、我儘で約束を破る行為なのよ?」

「で、でも! 話をしてくれた行商人は、婚約破棄されても仕方のない時があるって……」

「そうね。婚約者に酷い事をされているのに婚約を解消して貰えない時などは、婚約破棄になる事はあるわ。でもね、今お城でたくさん行われている婚約破棄は、『この人は気に入らないから婚約をやめる!』という我儘から行っている人が、殆どなの。そんな婚約破棄で真実の愛なんて見つかると思う?」

「思わない……」

「ルシオ様とアベリアも同じ。そもそも二人がとっても仲良しなのは、フィルマも知っているでしょ? フィルマは二人の仲が悪くなってしまった方がいいの? フィルマはアベリアとルシオ様となら、どっちが好きなの?」

「二人共、好き……。だから……仲が悪くなって欲しくない……」

「だったら何故、婚約破棄なんてルシオ様に勧めたの……」

「だ、だって……。フレッド叔父様が、私が伯爵夫人になれば、うちは貧乏じゃなくなるって……。この間、お父様とお母様もこのままじゃ、領地経営が出来なくなって、セルジュが家を継げないかもしれないって言っていたから……」


 セルジュはフィルマの4つ下の弟でまだ3歳だ。

 そんな幼い弟が将来路頭に迷うかもしれない不安が、ここ最近のフィルマには常にあったようだ。

 吐き出すようにその事を訴えると、今度はフィルマまでも泣き出してしまう。

 その様子に母ネモフィラは、娘を責める事が出来なくなってしまった。

 するとフィルマの伯母であるアベリアの母が、優しくフィルマの頭を撫で始める。


「そうだったの……。フィルマは、このままだと子爵家が無くなってしまうと思って、こんな事をルシオ様に勧めたのね……」

「うん……。だって、もし二人が婚約破棄しても私とアベリアが従姉妹なのだから、私とルシオ様が結婚していれば、また三人で一緒にいられるし、アベリアも婚約破棄されても真実の愛が見つかるって聞いたから、皆が幸せになれるって思ったの……。今は婚約破棄されてアベリアが悲しんでいても、将来とても素敵な婚約者に出会えるから、少しだけ我慢して貰おうって……」


 どうやらフィルマの中での婚約破棄というものは、婚約破棄された側がその後、爵位の高い相手から求婚されるという部分までが、セットになっていると思い込んでいるらしい……。

 確かにその場合、爵位の高い裕福な人間と縁が結ばれる事は多い。

 だが、相手は白馬に乗った王子様などではない。

 その殆どは、年の離れた夫の後妻となる事が多いのだ。


「フィルマ。子供のあなたが、そんな事を心配する必要なんてないのよ?」


 そう言ってアベリアの母は、義妹でもあるネモフィラに向き合う。


「ネモフィラもどうして私や実の兄である夫に相談してくれなかったの? そんなに苦しい生活を送っていたのなら、私達も力になったのに……」

「ごめんなさい……。でも夫の愚弟の所為で、お兄様やお義姉様達には迷惑を掛けたくなくて、夫と二人で乗り切ろうって決めていたのだけれど……」


 責任感の強いネモフィラには、実家に頼ると言う選択肢はなかったのだろう。

 だからと言って、義理の弟をなかなか邪険に出来なかったのは、彼女も夫と同じくお人好しだったからだ。


「とりあえず、日を改めてご主人と一緒にうちにいらっしゃい。夫と一緒にあなたの家の今後を考えましょう?」

「お義姉様……」


 アベリアの母が泣き出してしまったフィルマだけでなく、その母でもある義妹のネモフィラの頭も優しく撫でる。

 すると少し離れたところから、二人の少年と少女の叫び声が聞こえた。


「もう婚約者じゃないルシオ様からの贈り物なんか、絶対に受け取らないんだからぁぁぁー!!」

「やだやだやだぁぁぁー!! ならもう僕、婚約ハキやめる!! ずっとアベリアと一緒にいるぅぅぅー!! アベリア、ごめんねぇぇぇー!! もう絶対に婚約ハキなんかしないからぁぁぁー!! だから贈り物いらないとか言わないでぇぇぇー!!」

「ル、ルシオ様の……バカぁぁぁぁー!!」

「ア、アベリア……。ご、ごめ、ん……。ごめんねぇぇぇぇー!!!!」


 再び二人の元に戻ったルシオの母によって、何とか和解の方向を見せ始めた二人は、王太子の為に開かれた茶会の席で盛大に泣き叫びながら抱き合い、会場中の視線をかき集めていた。

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