30.残酷な真実
逃げ場を失ったエドワードは、音が聞こえてきそうなほど強く奥歯をかみしめると、驚いている父様に向き直り荒々しく叫んだ。
「あんたは俺たちの家が没落したのをいいことに、俺からセレナを奪って自分のものにした。俺はどうしても、あんたが許せなかったんだ。あんたと、アンシア家の全てを破滅させてやる、俺はそう誓ったんだ!」
突然彼の悪意をぶつけられた父様は、目を見開くと眉をひそめ、呆然とつぶやいた。
「しかし、セレナは納得した上で私の側室になったんだが……貧乏暮らしで済まないね、と謝ると、いつも『私はここにいられて幸せです』と言って微笑んでくれたんだ。あの笑顔が偽りのものだったとは、到底思えない」
「ええ、あなた。行き場のない自分にここまでしてくださって感謝していますって、生前のセレナから聞いたことがありますわ」
困惑した顔で首をかしげる父様に、母様もやはり戸惑いながらうなずく。そんな二人をにらみつけると、エドワードは猛烈な勢いで怒鳴り始めた。その顔は、驚くほどレナータによく似ていた。あの日、燃える庭で怒り狂い、叫んでいたあの時の顔に。
「あんたらの言うことなんか信用できるか。セレナはあんたの側室になってからも、たびたび俺に会いに来ていた。家が没落さえしなければ、俺とセレナは夫婦になっている筈だったんだからな。セレナが愛していたのは、俺だけだ!」
その様子を見ていた兄様が、何かを確信したように小さくうなずくと静かにエドワードに呼び掛けた。
「……エドワードさん。レナータは、あなたとセレナの子ですね?」
「ああ、そうさ。俺の可愛いレナータには、憎いアンシアの血なんて一滴も入っていない」
何のためらいもなく返ってきたその言葉に、皆が弾かれたようにエドワードとレナータを交互に見る。
「そんな、伯父様が……私の本当のお父様……」
レナータはぽかんと口を開け、まっすぐにエドワードを見つめていた。その顔は、まるで小さな子供のように頼りなさげだった。
兄様は憐れむような目をレナータにそっと向けると、陛下の方に向き直り静かに告げた。
「……これが、聖女の選定がうまくいかなかった理由です。神託は『アンシアの末の娘』が聖女であると告げていました。そしてレナータがアンシアの娘でないのなら、末の娘となるのはフローリアです」
陛下はその事実を聞いても眉一つ動かすことはなかった。ただ静かな目で、私たちをじっと見ている。ミハイル様が悲しげな、しかし納得がいったような顔になると痛ましげに目を伏せた。マルク様は口を固く結び、どこかあらぬ方を見すえている。
私たちが沈黙する中、エドワードはレナータをちらりと見ると、大声を立てて得意げに笑った。
「レナータは俺とセレナの子だ。だから俺は、あの子が小さな頃からしっかりと教育してきたんだ。絶対にアンシアの連中に気を許すな。側室の子であるお前は、少しでも気を抜けばあいつらにいいようにされてしまうぞ、と」
「それは教育ではなく、洗脳なのではないか? 事実無根のことを吹き込み、自分のいいように彼女を操ってきたのだろう」
わめきたてるエドワードにうんざりしたのか、デジレがあきれたようにつぶやいた。苦々しげに眉をひそめている。
すると、呆然としていたレナータが突然大声を上げた。彼女の両脇に控えていた兵士たちに緊張が走るが、彼女は兵士たちのことも、自分にかけられた縄のことも目に入っていないかのように勢いよく叫び始める。
「洗脳だなんて、そんなことない! 私は本当にアンシアの家で虐げられてきたのよ! みんなローレンス兄様やフローリア姉様ばかり可愛がって、私にばっかり厳しくして!」
「それは、あなたの将来を思ってのことだったのよ、レナータ。既によそに嫁いだ二人も、そしてフローリアも、同じように小さい頃からしっかりとしつけていたのだから。将来、ちゃんとした家に嫁いでも恥ずかしくないようにって。あなただけに厳しくした訳じゃないわ」
今にも暴れだしそうなレナータに、母様が落ち着いた口調で言葉を返した。母様のその姿は、まるで駄々っ子をなだめているようにしか見えなかった。
「……確かに、お前はまだまだ礼儀作法を学ぶ必要があるとは、俺もずっと思っていた」
マルク様が気まずそうにしながら口を挟む。その口調はぶっきらぼうなものだったが、以前の不機嫌そうなものではなかった。
「も、申し訳ありません。私めのしつけが行き届きませんで」
両親があわてて立ち上がると、揃ってマルク様に頭を下げる。緊迫した場に似つかわしくないそんなやり取りに、思わずくすりと笑いそうになってしまった。知らず知らずのうちに肩に入っていた力が、ほんの少し抜けたような気がした。
一方のレナータは、また呆然としながら宙を見つめている。さっきデジレに食って掛かった時とはまるで別人のように、不安げな瞳をさまよわせていた。昔の気弱な彼女を思い出させるような弱々しい姿だった。
「私は……虐げられてなかったの? だったらこの憎しみは……全部、嘘だった……? そんな、そんな筈ない」
「レナータ……」
次々と明らかになる事実に打ちひしがれているレナータが哀れに思えて仕方がなかった。彼女は私を殺そうとしていたが、彼女のその動機は全てエドワードに刷り込まれたものでしかなかったのだ。
私は改めてエドワードに向き直り、最後の質問をぶつけることにした。あと一つ、どうしても分からないことがある。もしかすると、それは知らない方がいいのかもしれないけれど。
「どうしてあなたは、離宮への放火をそそのかしたのですか。ことが露見すれば、確実にレナータは重い罪に問われます。どうして実の娘である彼女に、そんなことをさせたんですか。彼女はあなたにとって大切な存在だったんでしょう」
そんな私の問いに、エドワードは不敵に笑うとよどみなく答えを返してきた。
「ああ、大切だよ。けれど俺にとっては、セレナを奪ったアンシアへの復讐の方が大事だったんだ。俺はお前らにはろくに近づけない。だからレナータにやらせた。それだけのことだ」
彼にとってレナータは、復讐の道具でしかなかったのだろう。私たちを拒み、ただ彼だけにすがって生きてきた彼女にとって、彼のこの言葉はあまりにも残酷だっただろう。
思わずレナータの方に目をやると、彼女は胸元で手を固く握りしめ、肩を震わせながらうつむいていた。その唇から、祈るような言葉がこぼれ落ちる。
「伯父様……伯父様は私のこと愛してるって、大切なんだって」
「ああ、愛しているさ。セレナの次にな」
残酷にもそう言い放ったエドワードを、レナータは顔を上げてきっとにらみつけた。その瞳には、はっきりとした怒りが浮かんでいた。
「あなただけは私の味方だって、ずっと信じていたのに! 許さない!」
悲鳴のような声でそう叫ぶと、レナータは兵士を振り切ってエドワードに向かって突進していった。
レナータの体がエドワードにぶつかり、二人はもつれあうようにして倒れこんでいった。




