22.聖女の儀式
とうとう聖女の儀式の当日がやってきた。王宮の地下にある聖堂の一番奥にある祭壇、そこで儀式は執り行われる。
この儀式に参加するのは聖女であるレナータとここを管理する神官たち、それに見届け役として陛下にミハイル様、そしてマルク様も同席する。
本来ならばこれだけの人数で儀式は行われる筈だった。しかし今回、レナータの意向によりさらに数名の人間が見届け役としてこの場に同席することになった。
まずは私、ローレンス兄様、そして父様と母様。レナータは「儀式は怖いから、家族に同席して欲しいんです」と主張して私たちを招待したらしいが、本心は私たちに聖女としての力を見せつけようといったところなのだろう。
さらに、デジレもこの場に同席していた。彼は私が儀式の参加を決めた時点で、自分も参加すると宣言していた。どうしても、レナータから私を守りたいらしい。陛下の甥である彼はさっさと陛下に許可をもらい、堂々と儀式に参加していたのだ。
レナータはデジレの姿を認めて顔を輝かせていたが、さすがにこちらに駆け寄ってくることはできなかった。周囲の神官たちに阻まれたのだ。
その間に、私はデジレを両親に紹介していた。両親はデジレを見るのはこれで二度目だというのに、その驚異的な美貌に目を真ん丸にしていたし、私たちが親密な様子を見せていることにはもっと驚いていた。
「父様、母様、こちらがデジレ様です。今私が働いている屋敷の主人なんです」
「ドゥーガル公爵家の当主、デジレだ。フローリアの主で、恋人だ」
私があえて触れないでいた言葉を、彼はこともなげに口にする。嬉しさと恥ずかしさで耳が熱くなる。
その言葉に驚いたのは両親だけでなく、兄様もだった。兄様は相変わらずゆったりとした雰囲気のまま、感心したようにつぶやく。
「離宮で会った時も仲がいいように見えたけど、まさか恋人だなんてねえ。驚いたよ」
「ドゥーガル様、どうかこれからも娘をよろしくお願いいたします」
両親はそう言いながら深々と頭を下げている。どんな顔をしていればいいのか分からずに戸惑っている私の肩を、デジレが笑いながら抱き寄せた。
そしてそれを見たらしいレナータが遠くの方で何事か叫んでいる。そちらを向くのが恐ろしいので目をそらしていると、鋭い怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやらマルク様が進み出てレナータを叱りつけたようだった。しかし少しばかり強く叱りすぎていたのか、今度はミハイル様がマルク様をたしなめている声がする。
聖堂の中は、これから五十年に一度の儀式が行われるとは思えないほど、にぎやかで活気にあふれてしまっていた。
儀式の前に、神官たちからその内容が説明されることになった。ここで見聞きしたことは決して外に漏らさないように、との注意を添えて。
ここは遥か昔、王国にあだなす邪悪なるものが封じられた場所なのだそうだ。その時に封印を施したのが、他ならぬ初代の聖女だった。それ以降、五十年に一度選ばれた聖女は、儀式をもって封印を新たに施し直す、その役目を負っているとのことだった。
説明が終わると、聖堂の入り口に立ったレナータが奥の祭壇に向かって進み出た。この儀式のための特別な礼服をまとった彼女は、その服を見せびらかすかのようにわざとゆっくりと歩いていた。その顔には、他を見下すようなおごり高ぶった表情がはっきりと刻まれている。
皆の注目を集めながら祭壇の前にたどり着いた彼女は、そこにはめこまれた大きな石に手をかざした。それは人の頭ほどの大きさをした乳白色の石で、表面には細かく複雑な模様が刻まれている。
彼女があの石に触れれば、石は強い光を放つ。それにより新たに封印が施され、これから五十年の間王国は守られ続ける。そうなる筈だった。
思わせぶりにレナータが石に手を触れる。しかし石は光り輝くことなく、ただ静かに燭台の光を頼りなく映しているだけだった。
私には何が起こったのか分からなかった。きっとその場の全員が同じ思いだったのだろう、みな黙りこくったまま、レナータと祭壇をじっと見つめていた。
少しして、ようやく現実が理解できた。封印はなされなかった。聖女の儀式は失敗したのだ。
皆が絶望に満ちた顔を見合わせる中、レナータの押し殺したような声がかすかに聞こえてきた。
「……なんで……どうして」
彼女は両手で石にすがりつくが、やはり光りはしなかった。レナータは大きく顔をゆがませると、雄たけびのような叫びを上げて石を思いっきり殴りつけ始めた。
「ちょっと、どうして光らないの! 私は聖女なのに! たかが石のぶんざいで、私を無視するんじゃないわよ!」
あわてて神官たちが彼女を取り押さえようとするが、レナータは普段見せないほどの力で神官たちを振り払っていた。
昔はおどおどとしていた紫の瞳は狂おしいほどの怒りを浮かべ、ふわふわと揺れていた亜麻色の髪はまるでたてがみのように振り立てられていた。レナータのさらなる変わりように、思わず息を呑む。
私は呆然としながらも、彼女に向かって進み出た。とにかく、あのまま暴れさせていては良くない。そう思ったからだ。私の意図を察したらしい兄様とデジレも、すぐ後についてきている。
「レナータ、落ち着いて! 祭壇に八つ当たりしても仕方ないでしょう!」
「うるさいわよ、フローリア姉様! 姉様はデジレ様を手に入れていい気になってるんでしょ、だからって私に指図しないでくれる!?」
レナータはそう叫びながら、石に向けて振り上げていた手を私に向かって振り下ろす。しかしその手は、ためらいなく割り込んできたデジレによって止められた。
「聖女殿、何があったか知らないが見苦しいぞ。まして実の姉に手をあげるなど、恥ずかしいとは思わないのか」
いつにない彼の冷たい言葉に、レナータが一瞬たじろぐ。しかし次の瞬間彼女はデジレの手を振り払うと、私に向かって体当たりを仕掛けてきた。すっかり頭に血が上っているらしく、デジレの言葉もろくに頭に入っていないようだった。今のレナータは、儀式が失敗した怒りと私への憎しみで頭がいっぱいになっているように見えた。
そしてレナータに突き飛ばされた私は、祭壇の方に倒れこんだ。とっさに伸ばした手が、祭壇にはめ込まれた大きな石に触れる。
私の手が触れたとたん石はまばゆい光を放ち、そしてその光は聖堂いっぱいに広がっていった。それは紛れもなく、儀式の成功を示す封印の光だった。




