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18.悪意が向く先

 マルク様の突然の訪問の後も、私たちは変わりなく穏やかに過ごしていた。いや、むしろ彼のおかげで、私たちは誰にも邪魔されることなくゆっくりと過ごせるようになっていた。


 どうやらマルク様は意外と律儀なところもあったらしく、宣言通りしっかりとレナータを見張るようになったのだ。実際には、配下の兵をレナータにつけたのだが。


 懲りないレナータが離宮に向かおうとしたとたんに、マルク様の命を受けた兵士たちが全力で彼女を阻止するようになったのだ。おかげでこのところずっと、レナータの金切り声を聞かずに済んでいる。


 それに、四六時中レナータに兵士が張り付くようになったおかげで、私はまた王宮に出向くことができるようになっていた。前にレナータに階段から突き落とされそうになって以来、私は王宮に行くことを控えるようになっていたのだ。でも今なら、彼女が暴挙に出たとしても兵たちが止めてくれる。




 そんな訳で多少の行動の自由を得た私は、デジレからミハイル様宛の手紙を持って一人で王宮を歩いていた。レナータはマルク様が止めてくれているとはいえ、やはり女性の多い王宮にデジレが出向くのは別の意味で危険だからだ。


 とは言え、あまりうろうろしていてはまたレナータに見つかってしまう可能性がある。早く用事を済ませて離宮に戻ろう。


 そうしてミハイル様の部屋を目指して速足で進んでいる私に、突然声をかけてくる者があった。




「待て、そこのお前」


 聞き覚えのある不機嫌そうな声に振り返ると、そこにはマルク様が立っていた。本音としてはレナータを抑えてくれた礼を言いたいところだが、それをうっかり口にするとさらにへそを曲げてしまうだろう。だから私は無言で頭を下げることにした。


「俺はお前も気に入らない。デジレはお前といると明らかに機嫌がいい。どうしてこんな女がいいのか俺には全く理解できないが」


 そんな言葉が、下げたままの私の頭の上を通り過ぎていく。この手のかんしゃくは下手に刺激せずにやり過ごすのが一番早いと、聖女となったレナータとの生活で嫌というほど学んだ。


 それよりも他に気になることがあった。デジレは私といると機嫌がいいと、マルク様は確かにそう言った。傍からはそう見えていると知ることができて、こんな状況にもかかわらず嬉しさがこみあげてくるのを感じていた。


「聞いているのか、お前」


「は、はい」


 顔は伏せているのに、私が全然違うことを考えていることを悟られてしまったらしい。私はゆるみそうになる顔を引き締めながら、じっとマルク様の話が終わるのを待った。


「だいたい、お前ごときが堂々と王宮を歩くなど、図々しいと思わないのか。男爵とは名ばかりの文官の娘でしかないくせに」


 床を見つめたままの私の視界の端に、マルク様の靴がちらりと見えた。彼は話しながらこちらに近づいているようだった。


「しかも、一応は公爵であるデジレに近づくとはな。あの男はやたらと女を魅了するが、その男を逆にたらしこむなど一体どんな手を使ったのやら。こんな女にひっかかるなど、デジレのやつも愚かだな」


 私が侮辱されるのはどうとも思わないが、デジレを悪く言われるのは腹が立つ。まして、ここに本人はいないのだから。どうにかして言い返したい気持ちと、王子に逆らうべきではないという気持ちとの間で揺れていると、涼やかな声が割り込んできた。


「マルク、こんなところで他人を侮辱する言葉を吐くことの方がよっぽど愚かだ」


 はじかれたように顔を上げると、そこにはミハイル様が立っていた。端正な顔に非難の色を浮かべて、鋭い目でマルク様を見つめている。


 いつの間にか私のすぐ目の前まで迫っていたマルク様の顔が、激しい憎悪に歪んでいる。いつも不機嫌そうで隙あらばデジレに食って掛かっている彼だったが、実の兄であるミハイル様への憎悪の念は比べ物にならないほど大きいようだった。


「兄上には関係ありません」


「いいや、私は兄として、そして次の王として、お前を正しく導く義務がある」


 次の王、という言葉をミハイル様が口にした一瞬、マルク様の表情はさらに歪み、まるで牙をむきだしているような顔になっていた。けれど彼はそれ以上何も言わず、私をひとにらみして去っていった。


 その視線のあまりの冷たさに私が身震いしていると、ミハイル様はふっと態度をゆるめ、優しく笑いながらこちらに向き直った。


「弟が迷惑をかけたね、フローリア。君も何か用事があったのだろう。行くといい」


「はい、デジレ様からミハイル様に、手紙を届けに参りました」


 デジレから預かっていた手紙を差し出しながら、私はまだ寒気と戦っていた。先ほどのマルク様の視線には、今までの彼からは想像もつかないほど凶暴な何かがこもっているように感じられたのだ。






 それから少し経ったある日、私は離宮の庭でかがみこんでいた。下草をかき分けて、咲く前の月光花のつぼみを探し出しては茎ごと摘んでいく。先日助けてもらったお礼代わりに、ミハイル様に渡そうと思ったのだ。もちろん、デジレの了承は取ってある。


 最初にこの話を持ち掛けた時、デジレは少し難色を示していた。


「わざわざ君が礼をしなくとも、ミハイルには私の方から言っておくが」


「いえ、きちんとお礼をしたいのです。あ、花ではなく何か他のものにした方が良いでしょうか。手紙とか」


「花でいい」


 考えながら話す私の言葉を、デジレはきっぱりと遮った。その顔はわずかにしかめられている。どうも彼は、私がミハイル様の話をすると少しばかりへそを曲げるようだった。どうしてなのかは分からないが。




 そうして十分な量の花を集めた私は、それをリボンで束ねて即席の花束を作り、離宮を後にした。


 離宮から王宮の間にはずっと森が広がっていて、人の気配もなくとても静かだ。私が鳥の声に耳を澄ませながらのんびりと歩いていると、向こう側から三人の兵士が近づいてくるのが見えた。


 足を止めて道の脇に寄る。この道は狭いし、すれ違うのは難しい。兵士たちを先に行かせようと思ったのだ。


 しかし兵士たちは私の前まで来ると同じように立ち止まり、中の一人が進み出てこう言った。


「フローリア様ですね? ミハイル様がお呼びです。案内しますので、私たちについてきていただけますか」


「はい、分かりました」


 彼らがミハイル様のところまで案内してくれるのなら好都合だ。そう思って彼らと共に王宮に向かうことにした。


 しかし歩き出してすぐに、私は後ろから口を塞がれ、目の前が真っ暗になった。薄れる意識の中、脳裏に浮かんだのはデジレの姿だった。

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