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17.(聖女たちの思惑)

 自室に戻った第二王子マルクは供の者を全て下がらせると、深くため息をつきながら椅子に倒れこむようにして座った。


「ああ、やはりデジレは気に食わない。聖女を魅了しておいて、あのようにしらばっくれてみせるとは」


 そうやって歯ぎしりする彼の姿は、いつもの尊大な態度の中に年相応の幼さをにじませていた。まるで、いまにも地団駄を踏むのではないかという、そんな姿だった。


「聖女は俺のものだ。俺が兄上に勝つために、あいつの力はどうしても必要なのだ。決して、デジレなどにくれてやる訳にはいかん」


 独り言をつぶやいているうちに感情が高ぶったのか、彼は力いっぱい椅子の肘掛けを拳で殴りつけた。重厚な椅子は彼の仕打ちにも揺るぐことなく、傷一つつくことはなかった。それがまた彼の怒りに油を注いだのか、彼はさらに拳を振るい続ける。


 そうしてかんしゃくをぶつけながら、彼の頭にはある疑問が浮かび上がっていた。どうして自分はここまでいきどおっているのだろうか。


 聖女がデジレに魅了されている、それは確かだ。しかしデジレは彼女を全く相手にしていなかった。それにデジレはあの聖女の姉だとかいう女一人を傍に置き、それで満足しているようだった。聖女がデジレに近づく隙など、どこにもない。


 だから自分は、聖女がこれ以上デジレに近づかないように気をつけていればいい。そうしていればいずれ、彼女の熱も冷めるだろう。何といっても、自分たちは正式に婚約した間柄なのだから。


 そう自分に言い聞かせながらも、彼の脳裏にはレナータの姿がちらついていた。傍若無人な振る舞いの合間に彼女が見せる、紫の瞳に浮かぶひどく頼りなさげな表情。何故か彼の目を釘付けにする儚げな眼差し。


 その面影を振り払うように、彼は立ち上がり供の者を呼びつけた。レナータの生い立ちや人となりについて調べさせるために。


「聖女が俺のもとから離れないように、あいつについてもっと知っておくべきだな……」


 まるで自分に言い訳をするように、彼は静かにつぶやいた。




 その数日後、マルクはレナータについての報告に目を通していた。彼女の家族構成、生い立ち、それらは特に彼の目を引くこともなかった。側室の子など、王侯貴族にとっては珍しくもない。


 無表情に報告を眺めていた彼の目がある箇所で止まる。そこには、彼女の伯父と自称する人物について書かれていた。


 その人物、エドワードはレナータの実母セレナの従兄で、かつてその二人は許嫁の関係にあった。しかし彼らの家は没落してしまったため、セレナはアンシア家に引き取られることになった。そしてエドワードは城下町に一人で住み、代筆業や教師の真似ごとをして生計を立てているという。


 セレナが若くして亡くなった後も、彼はレナータをまるで自分の子供のように可愛がっていたようだった。城下町では、仲良く寄り添って歩く二人の姿がよく目撃されていたという。


「……どうにも、落ち着かない関係だな」


 人の心の細やかなところには疎いマルクは、そう素直な感想を口にした。彼には理由が分からなかったが、どことなくその「伯父」のことが薄気味悪く思えたのだった。






 レナータは自室で数枚の紙を握りしめ、喜びに肩を震わせていた。伯父に書いた手紙の返事が、やっと届いたのだ。


『お前が聖女に選ばれたこと、私もとても誇りに思っているよ、愛しいレナータ。これでやっと、セレナや君を虐げてきたアンシアの連中に目にもの見せてやれるな。君の活躍を楽しみにしている』


 小さな頃から彼女を可愛がってくれていた、彼女の唯一の味方であるエドワード。彼が自分に期待してくれている。レナータの小さな胸の中には、喜びが湧き上がっていた。


 今、彼女の手の届くところにいるアンシアの人間は二人。ローレンスは腹が立つほど賢く、彼女の繰り出す攻撃をのらりくらりとかわしてしまう。今の彼女では、彼に手を出すことは難しそうだった。


 それに、彼女が憎くてたまらないのはフローリアの方だった。レナータがこれまでさんざん立場の違いを見せつけてやったというのに、フローリアは顔色一つ変えなかった。あげくの果てには王都を逃げ出して、いつの間にかあんな美しい人の近くにいる。しかもフローリアは、レナータがデジレの傍に近づくのを邪魔している。


 舞踏会の夜に見たデジレの姿を思い出し、レナータはうっとりとため息を一つついた。あんなに美しく魅力的な人がいるなんて思いもしなかった。彼の前では、王子であるマルクもかすんでしまう。


「マルク様と婚約したのは早まったかな」


 そんな言葉が彼女の口から洩れるが、今更どうにもならない。まずは、あの憎たらしいフローリアを追い払うことだ。フローリアがデジレの傍にいることだけは、どうしても我慢できない。


 けれどフローリアはデジレと一緒にずっと離宮にこもっていて、外にはたまにしか出てこない。これでは手も足も出ない。


 難しい顔をして黙り込んだレナータだったが、しばらくしてにんまりと嫌らしい笑みを浮かべた。すぐに立ち上がり、自室を出ていく。




 そして彼女は、婚約者であるマルクの部屋を訪ねていた。前置きもそこそこに、彼女はひどく悲しそうな顔をして訴える。


「マルク様、実は私、ずっとフローリア姉様にいじめられていたんです。あの人をお付きの者にしたのも、脅されて仕方なくのことだったんです」


 それを聞かされたマルクは、彼女の言葉が一から十まで偽りでしかないことを知っていたが、表情を全く変えずに話の続きを促していた。調子づいたようにレナータが続ける。


「だから、どうにかして姉様を家に追い返したいんです。姉様が離宮にいるだけで、私恐ろしくて」


「……それで、俺に手を貸せと」


「はい、お願いします。……それに」


 どこか不機嫌そうなマルクに、レナータはそれは可愛らしく笑いかけてみせた。


「マルク様はデジレ様のことが嫌いだって聞いています。姉様が離宮からいなくなれば、デジレ様は悲しむんじゃないですか?」


 彼女のその言葉に、マルクのひそめられた眉がぴくりと動く。彼が心を動かされたのを見抜いたレナータは、舌なめずりせんばかりの顔になりながら声を潜め、マルクにさらに何事かささやきかけていた。


 年若い二人の不穏な密談は、それからしばらく続いていた。

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