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15.聖女との遭遇

 来客を二人も迎えることになったあわただしい一日も、もう終わろうとしていた。私が自室に戻り眠る支度をしていると、扉が叩かれデジレが顔を出した。無垢な笑顔を満面に浮かべ、こちらに向かって手招きしている。


 彼の後について暗い庭に出ると、そこには見覚えのある白い花が一面に広がっていた。屋敷の中庭でかつて見た、夜にだけ咲くあの花だった。あの時と同じように、かすかな風に吹かれて一斉にそよいでいる。白い花は月明かりを反射し、優しくきらめいていた。


「初めて会ったとき、君はこの花を眺めていただろう。きっとここの庭も気に入ると思ってな」


 どこか得意げにデジレが言う。彼はとても優しい顔で花を見つめていた。思わず花に嫉妬してしまいそうになるほどに。


 あの日、白く輝く花の中で立っていたデジレの姿を思い出し、思わず胸が高鳴る。それをごまかすように口を開いた。


「はい、とても素敵です。この花はなんというのですか?」


「月光花だ。遠く海を越えた向こうの地に自生しているものらしい。昔、当時の王が種を手に入れ、王国の数か所にまいたのだそうだ。私の屋敷もその一つだな」


 幸いデジレは私の様子に気づいていないらしく、花をそっと手折っていた。私が安堵したのもつかの間、彼はまた私を呼び寄せる。もっと近くに来いということらしい。


 動揺を悟られないようにしながら近づくと、彼は花を両の掌で包み込むようにして捧げ持ち、私に差し出してきた。彼の手のわずかな隙間から、ほのかな光が漏れているのが見える。


 思わず目を凝らすと、その光は花自体から放たれているものだった。月に照らされた庭で咲いている時には気づけなかったが、この花は自ら光っていたのだ。


 目を丸くしている私を見て、デジレは満足そうに笑った。昼間に兄様やミハイル様に見せているのとは違った、どこか儚げで柔らかな笑みだった。


「昨日は舞踏会で忙しかったというのに、今日は今日で立て続けに来客があったからな……やっと、いつものように君と静かに過ごせる」


 手を開いて花をこちらに渡すと、彼は自然な動きで私の肩を抱き、また室内へと導いていた。舞踏会の時のエスコートを思わせる、流れるような動きだった。


「冷えてはいけないし、そろそろ戻ろう。……もう少しだけ、話に付き合ってくれ」


 小さな白い花は、まだ私の手の中で淡く光を放っていた。そこには、彼のぬくもりがまだ感じられるような気がした。






 次の日、私はローレンス兄様を訪ねて王宮を訪れていた。昨日は挨拶くらいしかできなかったし、もう少し色々と話しておきたかったのだ。レナータが今王宮でどうしているのか、父様や母様、兄様は無事に暮らしているのか。そういったことを聞いておきたかった。


 デジレは私についていくかぎりぎりまで迷っていたようだったが、女性に遭遇してしまう可能性を考えて離宮に残ることにした。


 どこか心配そうなデジレを置いて、私は王宮に向けて歩き出した。この離宮から王宮までは、森の中の細道を歩いていけばそう遠くはない。


 そうして首尾よく兄様と話すことができた私は、急ぎ足で離宮へと戻ろうとしていた。あと少しで王宮から出られるというところで、よく知った声が私を呼び止めた。


「あら、フローリア姉様じゃないの」


 そこには、おびえた顔の侍女を三人も引き連れたレナータの姿があった。今日は舞踏会もないというのに、豪華絢爛なドレスに身を包んでいる。その装いは、私が彼女のお付きを務めていた時より、さらに派手になっていた。


 レナータはけばけばしく化粧を施した顔を私に近づけ、尊大に言い放った。


「ねえ、デジレ様を私に紹介しなさいよ。あの人はあなたの主人なんでしょ? 聖女と縁をつなぐことができれば、きっと彼も喜ぶわ」


「レナータ、それはできないわ。デジレ様は女性を避けておられるから」


 舞踏会の時のレナータの様子を思い出し、小さく首を横に振る。あんな状態の女性が彼に近づくことを、デジレは決して良しとしない。


 しかしレナータは私が意地悪を言っているのだととらえたらしく、怒りで顔を真っ赤にしながら指を一本こちらにつきつけた。


「もったいぶるんじゃないわよ、召使のくせに。分かったわ、あなたはデジレ様を独占しようとしているんでしょ。相変わらず、根性の悪い女よね」


「だから、違うのよ」


「違うって、何が? 舞踏会の時はあんなにデジレ様にべったりくっついていたくせに。大体、あんなドレスをどこで手に入れたのよ? 貧乏なアンシアに、あれだけのものを用意できる余裕なんてないのに。……まさか、デジレ様が……?」


 目を細めながらつらつらと反論を続けていたレナータが、不意に身をこわばらせる。その目は恐ろしいほど見開かれていた。


「なんで、なんであなたばっかり!」


 言うが早いか、彼女は機敏な動作で両腕を伸ばし、私を思いっきり突き飛ばした。不意をつかれた私は後ろに押し出され、そこにあった階段を踏み外す。


 体が揺らいで、背中から落ちていくのが分かった。残忍な笑みを浮かべながらこちらを見ているレナータと、その後ろで青ざめている侍女たちの顔が、ひどくゆっくりと視野から消えていく。


 衝撃を覚悟して身を固くした私は、予想していたものとは違う感触に目を見開いた。ぽすん、という柔らかい音がした次の瞬間、私の体は何かに支えられていた。


「大丈夫か、フローリア」


 耳元すぐ近くからデジレの声がする。その時ようやく何が起こったか理解した。階段から落ちた私は、ちょうどそこにいたデジレに受け止められたのだ。


 見上げると、怒りと驚き、それに嫉妬に顔を真っ赤にしたレナータと目が合った。私が何も言えずに呆然としていると、デジレは私をそっと床に下ろし、肩に手をかけて王宮の出口の方に連れていく。


「君の帰りが遅いので様子を見に来たのだが、来て正解だったな」


「あ、ありがとうございました」


 おそらく意図してのことだろう、デジレはずっとレナータを無視していた。レナータがあわてて階段を駆け下りてくるよりも早く、彼は私を連れてその場を立ち去る。


 私たちの後ろからは、聞くに堪えないレナータの罵倒の言葉が次々と投げかけられ続けていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] デジレの見事なスルーにあっぱれ!
[一言] 妹ちゃんは、若い身空で更年期障害でも患っているんやろか……いくら何でも情緒不安定すぎる。 デジレ様は何というか…初はものすごい拗らせそうですやね……。
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