14.離宮での交流
「やあ、フローリア。元気そうで良かったよ」
「兄様!」
離宮に姿を現したローレンス兄様は、昨夜見たのと同じ元気そうな笑顔を向けてきた。そして兄様はデジレに向かって深々と頭を下げる。
「デジレ様、妹を預かっていただいてありがとうございます。突然の失礼な申し出だというのに嫌な顔一つせずに受けていただいて、感謝の念にたえません」
「いや、こちらこそいい側仕えを見つけることができた。君には感謝している」
その言葉を聞いたとたん、兄様が複雑な表情をした。ちらりと私の方を見て、何か言いたげな顔をしている。
一呼吸おいて、兄様はゆっくりと考えながら口を開いた。その眉間にはくっきりとしわが寄っている。
「昨日から気になっていたのですが……フローリアは何か、失礼なことをしてはいないでしょうか……?」
兄様がそんなことをいうのも仕方ないだろう。昨日デジレが引き起こした騒動を、兄様もしっかりと目にしている。一方で私は彼に平然とエスコートされていたし、彼の側仕えまで務めている。そのことが、どうにも兄様には不可解だったに違いない。
「ああ、彼女はよくやってくれている。どうやら彼女は私にのぼせ上がらないようなのでな。いい妹を持たれたな」
「それなら、いいのですが。……昨日の舞踏会について、『私がいいように取り計らう。フローリアのことは心配するな』との手紙をいただいた時は驚きました。そして、昨日のことも。お手をわずらわせて申し訳ありません」
私の知らないところで、デジレはちゃんと兄様に連絡を取っていたらしい。私のことを心配しているであろう兄様を安心させるために。自分のことで頭がいっぱいで、そこまで考えが至らなかったことに少し恥ずかしさを覚えた。
「私はフローリアの力になりたいと思っただけだ。君が気に病むことはない。……聖女殿のことは、私も聞いている。フローリアが私の屋敷に来ることになった、その理由も」
「……そうですか、やはりあなたの耳にも届いていましたか」
兄様が辛そうに目を伏せる。どうやら、兄様は理由を知らせずに私をデジレのもとに送っていたらしい。
その気持ちは分かる。レナータの所業が広く知られるのは避けたい。何よりも、レナータ自身のために。そう兄様は考えたのだろう。どうやら今では、それも無駄になってしまったようだが。
「詳しい事情は知らないが、君も苦労しているようだな。私にはフローリアを守ることぐらいしかできないが、他にも力になれることがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。いずれ、お言葉に甘えるかもしれません」
率直にそう答える兄様に、デジレは楽しそうに笑っていた。
「フローリア、君たち兄妹はよく似ているな。遠慮のない物言いなど、本当にそっくりだ」
「そうでしょうか。私はちゃんと召使としての振る舞いを心掛けているつもりですが」
「……フローリア、やっぱり君はデジレ様に何か失礼をしているんじゃないかな……?」
「心配するな、ローレンス殿。私は彼女のことを気に入っている。少々の失礼など、気にはしない」
「申し訳ありません、妹は少々気が強くて」
どうやらデジレと兄様は意外と気が合ったらしく、私たちはその後しばらく和気あいあいと話し続けていた。そうやって大切な人同士が仲良くしているのは、私にとってとても嬉しいことだった。
その日の訪問者は兄様だけではなかった。兄様が帰っていった後、のんびりと午後のお茶を楽しんでいた私たちの前に現れたのは、なんとミハイル様だった。第一王子たる彼は、驚いたことに護衛を一人連れているだけだ。どうやらお忍びでここにきているらしい。
「やあ、ミハイル。来ると思っていた」
王家に対して敬意のかけらもないデジレは、とても気さくに彼に声をかけていた。ミハイル様は空いた席に座ると、打ち解けた様子で答えている。
「昨日はろくに話せなかったからね。君がこちらに来るのは珍しいし」
「ああ。昔はよくここで一緒に遊んだものだが。お互い、自由に動きづらい立場になってしまったからな」
二人のそんな会話に、私はこっそりと目を丸くしていた。二人が従兄弟だというのは知っていたし、子供の頃から親しくしていたというのも聞いていた。けれど改めて二人の親密さを目の当たりにすると、さすがに驚かずにはいられなかったのだ。
私は二人の話の邪魔をしないように静かにお茶の用意をしながら、改めてミハイル様に目をやった。淡い金の髪と薄い水色の瞳をしたミハイル様は、面差しだけなら弟のマルク様とよく似ていたが、その雰囲気はとても柔らかく、そして誠実さが感じられた。マルク様がどちらかというと尊大でぶっきらぼうな態度を取っているのとは対照的だった。
しばらくの間二人は和やかに話し続けていたが、不意にミハイル様がこちらを見た。反射的に背筋を伸ばし、姿勢を正す。
「……君は、フローリアだったな。聖女の姉の」
ミハイル様はとても複雑な顔をしていた。私が肯定の意を込めて礼を返すと、彼はわずかに眉を寄せたままさらに言葉をかけてきた。
「正直、私はまだ自分の目が信じられない。デジレを前にして、こんなに自然体に振る舞っていられる若い女性がいるなんて」
「まだ信じられないのは私も同じだ、ミハイル」
軽く混ぜっ返すデジレに苦笑で返すと、こともあろうにミハイル様は軽く頭を下げてきた。常識的に考えてあり得ないその行動に私が目を白黒させていると、彼はそのまま静かに口を開いた。
「フローリア、私は彼を子供の頃からよく知っているが、彼はこの見た目のせいで色々と苦労してきたのだ。だから、彼が君と知り合えたことを嬉しく思っている。どうかこれからも、彼をよろしく頼む」
「どうか頭を上げてください、ミハイル様。私はデジレ様の下で働けて良かったと思っています、ですから」
私が必死にそう頼むと、ミハイル様は顔を上げてこちらに微笑みかけてきた。そのさわやかな笑顔に私が戸惑っていると、すかさずデジレが口を挟む。
「ミハイル、お前がわざわざ頼み込まなくとも、フローリアは私の側仕えだ。例え陛下に命令されようが彼女を手放す気はない。余計な心配をするな」
どことなく不機嫌なその声に、ミハイル様は弾かれたようにデジレを見る。その表情が意味ありげな笑みに変わった後、彼はまたこちらに目を向けてきた。
「そうだな、私は余計な気を回してしまったようだ。……フローリア、ありがとう。それでは、そろそろ失礼するよ」
次の王になる者とは思えないほど気軽に感謝の言葉を口にすると、彼は来た時と同じように唐突に去っていった。
「まったく、王子ともあろう者が他人の側仕えに気軽に笑いかけるなど、あいつはどうかしている」
「そうでしょうか。ミハイル様は私のようなものにも丁寧に接してくださる、誠実な方だと思いましたが」
何の気なしにミハイル様の肩を持つような発言をしたところ、デジレは珍しく険しい目でこちらをにらんできた。
「フローリア、君は私の側仕えだ。君の主は私だ。それを忘れないでくれ」
どうしてわざわざ念を押してくるのか分からなかったが、私は素直にうなずいておくことにした。
それを見てやっと機嫌を直したらしいデジレは、まだ小さくため息をついている。空になっていた彼のカップに新しいお茶をつぐと、ようやく彼は笑顔を向けてきた。
時折彼はこんな風に子供じみた振る舞いをする。しかしそれもまた、私にとっては好ましいものに感じられていた。




