13.宴の余韻
そして舞踏会が終わった次の日、何故か私たちはまだ王都に留まっていた。王宮の近くの森の中にある小さな離宮、そこに私たちは滞在することになったのだ。
どうやら前もってデジレが手配していたらしく、ずっと使われていない筈のこの離宮には、私たちがすぐに暮らせるだけの支度が整えられていた。
「じきに聖女殿による儀式が王宮で執り行われる。おそらく君は聖女殿によってその儀式に招待されるだろう。ならば、こうして王宮の近くに残っていた方が楽でいい」
まるでここが長年住み慣れた我が家であるかのようにくつろいだデジレは、笑いながらそう言っていた。
「それはそうですが、どうしてデジレ様までこちらに残られるのでしょうか。私だけなら実家に戻ってもよかったのですが」
「君一人を王都に残したら、また聖女殿が何か仕掛けてくるかもしれないだろう。それに私は一応王家に連なる者だし、見届け人として儀式に参加することが許されている。どうせなら、その儀式とやらを見てやろうと思ったまでだ」
一転して真顔でそう言い切る彼に、私は先ほどから感じている疑問をぶつけることにした。
「あの、デジレ様」
「どうした、まだ何か気になるのか?」
「今、『君』とおっしゃいましたよね。口調を丁寧にするのは舞踏会の間だけだったのではありませんか」
いつもなら「お前」呼ばわりだ。別にそれに不満がある訳ではないけれど、舞踏会の時に一時的にとはいえ「君」と丁寧に呼んでもらったことが少し嬉しかったのだ。
「ああ、そのことか。単に、こう呼ぶ方がしっくりくると思っただけだ。君が嫌なら前の呼び方に戻すが」
「いえ、そのままでお願いします」
思わず喜びに弾みそうになる声を抑えながら礼儀正しくうなずくと、彼はふと何かを思い出しているような目になり、くすりと笑った。そのまま穏やかな目をこちらに向けてくる。
「……それにしても、昨日は楽しかった。私は今まで舞踏会になど出たことはなかったのだが、案外面白いものだな。君さえよければ、また付き合ってくれ」
彼に笑いかけながら、私は昨日のことを思い出していた。結局、私とデジレはそれなりに舞踏会を楽しむことに成功してはいた。しかし周囲は、中々の惨事になっていたのだ。
どうにかしてデジレに近づこうとする女性と、それを止めようとする連れの男性。そんな修羅場が、そこら中で見られたのだ。デジレはそういったことには慣れっこになっているらしく涼しい顔をしていたが、正直私は気が気ではなかった。
また、一人で参加していたらしい男性が私に話しかけてくることも幾度かあった。身なりから見て良家の令息のようだったが、全部デジレがすぐに追い払っていた。おかげで、彼らの名前すら聞けていない。
デジレは異様に面差しが整っていることもあって、本気で冷たい顔をすると恐ろしい程の迫力なのだ。それを見た男性たちは、みなそそくさと立ち去っていった。彼がどうしてそこまでむきになって他の男性を追い払おうとしていたのかは分からない。
大変だったのはそれだけではなかった。それは皆がひとしきり踊り終わった後、陛下がマルク様とレナータの婚約を正式に発表した時のことだった。もちろん私たちも、二人に祝福の言葉をかけにいった。
その時のレナータは見ものだった。彼女は私たちの言葉などまるで耳に入っていない様子で私とデジレを交互に見ていた。私には憎しみを通り越して殺意さえ感じるような目線を、デジレには甘く陶酔しきった目線を向けながら。
あまりにもころころと表情を変えるのがおかしくて、私は笑いをこらえるのが大変だった。後で確認すると、デジレも同じような感想を抱いていたらしい。
そして彼女の婚約者であるマルク様は完全に空気と化していた。彼は間違いなくこの日の主役の一人であったというのに、全く目立つことなく不機嫌そうな顔で黙りこくっていた。
舞踏会にデジレが出てくるきっかけを作ってしまった身としては少々申し訳ないとは思うが、これも元はといえばレナータが招いた事態だ。将来の夫となる彼には運が悪かったと諦めてもらうしかないだろう。
そう言えば、彼はどうしてレナータと婚約することになったのだろうか。二人の様子を見る限り、どうにも好きあっているようには見えない。
そもそも彼がどういった人間なのかも、私は全く知らなかった。けれどデジレなら何か知っているだろう。彼はマルク様の従兄なのだから。
「もう一つ聞きたいのですが。マルク様がどんな方なのか、デジレ様はご存知でしょうか」
「彼のことが気になるのか? ……君の妹の婚約者なのだし、気になるのも当然か」
何気なく尋ねたつもりが、何故かデジレは一瞬険しい顔をしていた。しかしすぐにいつもの様子に戻り、考えながら口を開いた。
「マルクは……そうだな、兄ミハイルへの対抗心だけでできているような少年だな」
身も蓋もないその言葉に、私は思わず眉をぎゅっと寄せていた。
「ミハイルはよくできた青年で周りからの人望も厚く、私も子供の頃から親しくしている。マルクはそんな兄を見て育ったせいで、劣等感が強くなってしまったらしい。どうにかしてミハイルを追い抜く、そんなことばかり考えているようだった」
彼の言葉に、かつてのレナータの姿がよみがえる。私たちのことが嫌いで仕方がなかったと叫ぶレナータ。私たちアンシアの者よりずっと上まで上り詰めて、見返してやるんだと顔を真っ赤にして言い立てていたレナータ。マルク様とレナータは、どこか似ているのかもしれない。
「マルクは聖女殿を妻とすることで、王宮における自分の立ち位置を高めようとしたのだろうな。見たところ、彼は聖女殿を特段好いているようではなかった」
「……たぶん、レナータの方も似たようなものだと思います……」
私が頭を抱えたいのを我慢しながらそう付け加えると、デジレも苦笑するかと思いきや、何故か自信たっぷりに笑いかけてきた。
「なに、マルクと聖女殿が一緒になろうと、君への嫌がらせは私が防いでみせるから心配するな」
それを聞いてようやく気がついた。今のレナータはただの聖女だが、マルク様と結ばれることで王家の縁者となる。彼女の権力はさらに増してしまうのだ。
それでも、デジレは私を守ってくれるという。きっとそれは私が彼の側仕えで、そして友人のようなものだからだろう。私は彼と出会えた幸運と、そして彼に引き合わせてくれたローレンス兄様に心の中で感謝した。
ちょうどその時扉が叩かれ、来客を告げる衛兵の声が聞こえてきた。




