11.いざ、舞踏会へ
それからは急に忙しくなった。デジレは驚くほどの手際の良さで仕立て屋を呼び、私が抵抗する間もなく採寸を終わらせてしまったのだ。ちらちらと私を見ながらドレスの色や形について話し合っているデジレと仕立て屋を見ながら、私はただ天を仰ぐことしかできなかった。
そしてこの騒動が屋敷中に知れ渡ったことで、私はいつも以上に居心地の悪い思いをする羽目になってしまった。
私はデジレの側仕えを務めていることで、一部の使用人、つまりデジレにのぼせ上がっている女性たちからすっかり疎まれてしまっていた。そこに加えてこの厚遇で、彼女たちの視線はさらに冷たさを増していた。
レナータのように直接何かを仕掛けてこないだけましだが、それでもじっとにらまれ続けるのは気持ちのいいものではない。私は自然と、彼女たちの立ち入りが禁止されたデジレの私室周囲にいることが多くなっていた。
彼女たちの振る舞いについてデジレも承知しているようだったが、打つ手なしだと肩をすくめていた。その辺は彼女たちもちゃんとわきまえているらしく、通常の仕事はきちんとこなしていたのだ。ただ、私を見つけると口を閉ざしにらみつけてくるというだけで。
実害が出るようなら解雇しなければな、とデジレが小さくつぶやいているのが聞こえた時は、少しだけ彼女たちに同情した。そもそも彼がここまで女性を魅了しなければ、こんなややこしいことになっていなかっただろうに。もっともある意味では彼自身も、その規格外の魅力の被害者なのかもしれないとは思ったが。
そうしてデジレが楽しげに準備を整えているうちに、あっという間に舞踏会の当日がやってきた。
その日私はドレスをまとい、家政婦長のマーサの手によってきっちりと化粧を施されていた。化粧なんて年に一度するかしないかの私より、彼女の方がよっぽど上手だった。いつも下ろしたままの明るい金の髪も丁寧に結い上げられる。
そうして華やかに装った私は、鏡に映る自分の姿を見て目を見張った。デジレが見立てたドレスは私の瞳の色と同じ青緑色で、控え目ながらも優雅な、彼の趣味の良さがはっきりと分かる品だった。
そしてそれをまとい着飾った私は、どこからどう見ても立派な貴族の令嬢にしか見えなくなっていた。今の私を指して貧乏男爵の娘だと言い当てられる者なんていないだろう。
アンシア家で静かに暮らしていた頃は、こんな素晴らしいドレスを着る機会にめぐまれるなんて思いもしなかった。思わず涙ぐみそうになるほど、鏡の中の自分は美しく飾り立てられていたのだ。
私は心の中で深くデジレに感謝しながら、王宮に向かう馬車に乗り込んだ。
久し振りに足を踏み入れた王宮は、以前ほど輝いては見えなかった。デジレの屋敷に長くいるうちに、私は贅沢なものを見慣れてしまったらしい。むしろ、調度の品の良さで言えばデジレの屋敷の方が上だとさえ思っていた。
そして華やかなドレスに身を包んだ私は、きらびやかな正装に身を包んだデジレと二人、王宮の門をくぐっていた。
比較的簡素な普段着に身を包んでいてさえ恐ろしく魅惑的だった彼は、今や目もくらむような輝きを放っているかのように見えた。彼の美しさに慣れている私ですらそう思ってしまうほど、今の彼は美しかったのだ。
「フローリア、ちゃんと周囲に気を配ってくれ。ここからは人が多くなる。君だけが頼りだ」
私の手を取りながら小声でささやくデジレの口調はいつもより少しだけ丁寧で、その声はどこか不安そうだった。
予想通りというか何というか、私はデジレにエスコートされて舞踏会に出ることになってしまったのだ。
デジレが私のエスコート役を務める。その話を初めて聞いた時、私は彼が冗談を言っているのではないかと思った。舞踏会にはたくさんの淑女が出席する。そんなところに着飾ったデジレが顔を出そうものなら、あっという間に会場は大混乱に陥るのではないか。
そう私が主張すると、デジレは想像して恐ろしくなったのか小さく身震いした。
「確かに、お前の言う通りだ。ただ、ああいう場に出てくるのはそれなりに自制心のある淑女がほとんどだからな。それに、ある程度距離を取っていれば大丈夫だ。……おそらく」
それでも、彼は私のエスコートをあきらめるつもりはないらしい。いまいち不安の残る答えではあるが、彼が大丈夫だというのならそうなのだろう。たぶん。
「だから王宮に着いてからは、私に女性が近づかないようにお前が目を光らせていてくれ」
これでは、どちらがどちらをエスコートしているのか分からない。必死で女性から逃げ回るデジレと、大あわてで女性を追い払っている自分の姿を想像したらつい笑ってしまった。
「でも、どうしてそこまでしてデジレ様がエスコート役を務めてくださるのでしょうか? 私は兄に頼もうと思っていたのですが」
私が素直な疑問を口にすると、まだ身震いしたままのデジレはきっぱりと言い切った。
「これは君の初めての舞踏会だ。そのエスコート役として、私以上に適任の男がいるものか。幼い少女ならともかく、君の年なら身内以外にエスコートされて当然だろう」
「……ありがとうございます。どうか、当日はよろしくお願いします」
彼がそこまでして私の力になってくれることが嬉しくて、私は感謝の意を込めて深々と頭を下げたのだった。
そうして今、私たちは二人並んで王宮の廊下をゆっくりと歩いている。逃げ場のない狭い廊下で他の客とうっかり出くわすことのないように、少し遅れて出席することにしたのだ。もちろん失礼のないよう、その旨はきちんと王宮側に伝えてある。
舞踏会の会場である大広間の扉の前に私たちが立つと、その両脇に立つ衛兵が私たちにうやうやしく会釈した。彼らもまた、デジレの人並みならぬ美貌に驚いているようだった。
衛兵たちがゆっくりと扉を開く。中にいる人たちが歓談しているのだろう、小さなざわめきが聞こえてきた。思わず緊張に体をこわばらせると、デジレが目だけで笑いかけてきた。心配するな、そう言われているような気がした。
扉の隙間からまばゆい光が漏れ、私たちを照らしだす。デジレはもう一度私の方に目をやると、悠然と進み出た。その口元には、きっと私以外には分からないほど薄く笑みが浮かんでいた。




