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8.少女の決意

 馬車の軋む音と衝撃は、安らげる心地とはほど遠かったが。ルークら三人は旅芸人らの好意に甘えて、幌の中で休ませてもらっていた。昨夜は沼地の精霊らと話し込んでしまったので、旅程にずれが生じてしまうのを避けたかったからだ。付きあわせた老爺と歌うたいの女性も眠りこんでいる。踊り子の少女、プラーミャは少し眠りが浅いのか、時おり幌馬車が受ける衝撃に応じて瞼を上げかける時もあった。

 御者台の上では黒髪の男が手綱をとっているはずだ。他の男たち二人と、もう一人いた小柄な女性が馬車の残り三方に付き添っている。ルークはまだ彼らを完全に信用してはいなかったが、寝込みを襲われることはおそらくないだろう、と自然に思えた。


 少女がまた、馬車の揺れを感じとりはっと顔をあげた。その後起きていたルークと目が合い、明るい色の瞳を僅かに曇らせる。

「――あのね、この後の話なんだけど」

 彼女らとは次の村落に入るまで、という同道の約束をしていた。他の男達が渋るような気配もあったが、彼女が押し切って老爺が承諾させたようなかたちだった。

「あたしも、一緒に行きたいんだ」

 ルークは二度ほど瞬いた。この少女は正気なのか。

「無理だろう」

「そんなことない」

 即答だった。少女は少し膨れっ面を見せた。

「昨日のこと、思い出してよ。あたしがいないと危なかったのよ」


 少女の言葉の意味がわからず、ルークはしばし昨夜の出来事を思い返した。あの後精霊たちは「少しだけ」と言い、氷魔王の根城に近づいても気づかれにくくなる”気配消し”の力と、凍気を和らげる”精霊の守り”を三人に、と言っていた。寄ってきた光球に一度触れられ、何かがほんの少し身体の中に沁み入ってきたような感触だった。だが、彼女はそれを受けていなかったはず――


「それよ」

 少女が指さしていたのは、ルークの短剣だった。思わず短剣を鞘から抜くと、少女はそれを指さしたまま、一言つぶやいた。

「”集え”」

 次の一瞬、短剣の刃が赤く照らされた。炭が炎を出さず、静かに燃えるさまに似ていた。

 ルークはやっと思い出した。精霊らに会う前の、霧を払った時と同じ状態だった。だが今回はすぐに赤い光は消えてしまった。

「どうなってるんだ、これは」

「あたし、こういうの向いてるみたいなの」


 古い言い伝えに聞く、妖術師のたぐいか。彼女がもっと歳のいった老婆なら信じられたかもしれないが、まだ幼さの残る少女の口から言われると、にわかには信じがたかった。

「だが、他の連中はどうするんだ」

「みんなは行かない。あたしだけ」

「……」

 ルークは押し黙った。何といえばいいのか、役には立つかもしれないが手入れも大変そうな品を押し売りされた、そんな気分だ。

「考えておく」

 まだ何か言いたそうな少女から目を背け、ルークは俯き寝たふりを決め込んだ。

 

 辿り着いた集落は、半ば雪に埋もれかけていた。宿は部屋代は安かったものの、食料はとんでもない高値だったので――この時期の辺境では仕方ない、持参していた保存食や道中で仕留めた狩りの獲物を持ち込み、調理場のみを借りることにした。

 ルークら三人は干し肉と香草のスープを作ったが、旅芸人は夜営の時と同じ、乾燥させた豆などを砕いたものをそのまま食べ、雪を溶かした水を飲んでいた。

「――本気なの、プラーミャ?」

「うん、だってそうするしかないし……」

 食事処の少し離れた場所で、旅芸人らのやりとりが途切れ途切れに聞こえてくる。

「ありゃあ、どういう風の吹きまわしなんだろうな」

 横でセルプが小声でルークに問いかけた。ルークは道中の馬車で少女が言っていたことを思い出す。彼らが無謀な少女を止めるだろう、そう予測してその晩は宿の大部屋で眠りについた。


 翌朝、一人ぶんにまとめられた手荷物を携え、少女はルークらの眼前に立ち屈託のない笑みを投げかけた。

 思わずルークは旅芸人らの幌馬車に目を向ける。昨日昼番だった連中のうちの小柄な女性と目が合い、彼女は軽く頭を下げた。

「じいやもいいって言ってたから、ねっ」

「ねっ、てさ……」

 呆れるセルプらにも取り合わず、彼女はルークに真っ直ぐな瞳を向けた。

「あたしの心配はしなくていい。だから、行きましょう」


 村落に背を向け、雪の道をいくらか進みかけたころ、背後で響く音と気配があった。

 振り返ると、幾羽かの鳥が飛び立ったところのようだった。大きな(アリョール)(ソーコル)の影。ひときわ黒く目に映る(ヴァローナ)に、小さな光のような金孔雀(カナレイカ)

 少し遅れて灰色の小さな小夜鳴鳥(サラヴィエーイ)と、やや動きの鈍そうな(サヴァー)もその後を追っていた。

 奇妙な、としか言いようのない組み合わせの鳥の群れが遠ざかるのを、ルークらは黙って見届けた。

「変だな。小夜鳴鳥や梟が、昼間に動くのは」

 モーロトの至って常識的な感想には、その場の誰も答えを返さなかった。

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