7.精霊たちの夜話
「ったく、一時はどうなることかと思ったぜ」
ルークの後を追ってきたのは、旅芸人らの三人だけではなかった。番に立っていたモーロトと、眠っていたはずのセルプもついて来たらしい。欠伸を噛み殺しながらも声をかけてきたセルプ――この男は、薄情に見えて意外と世話焼きなところもあるのだ――のほうを向き、ルークは軽く頷いた。わざわざ起きてこなくともよかったのに、とか思わなくもなかったが。
――ニンゲンは、これで全部かな?
「まあ、そういうことになるかの」
おそらく光球らから響いてくる声に対し、旅芸人の老爺がごく自然に返事をかえした。プラーミャと呼ばれている踊り子の少女と、歌うたいの女性も特に驚いている様子はない。というか、他の旅芸人の連中は来ていないから、『これで全員』というのも正確な答えではないと思うのだが。いろいろ適当すぎる気がしているのだが、細かいことを気にしない性分なのだろうか。
――でさ、この先どうすんのさ?
――このまま進んでも、勝ち目ないんじゃないの? ザミェルザーチには。
「……ザミェルザーチ?」
「ああ、お前知らねえのか。”氷魔王”サマの名前がそうだって言われてるぜ」
セルプがわざわざ解説してくれたが、町の衆からは聞かなかった名だ。強大な存在の名をみだりに口にするのは憚られる、という風習はセーヴェルでなくともよくあることで、長く住んでいない者には知る機会のない言葉、だということか。
――氷魔王、とかさ。
――ご大層な呼び名だよね。もともとボクたちと、大して変わりなかったのに。
「……どういうことだ?」
「精霊たちの言うことじゃからな。これらは嘘は言わんて。聞きたいことがあれば、聞いてみるがよかろ。すべて話してくれるとは限らんがの」
やはり年の功、といったところか。老爺はこの手合いに慣れているらしく、助言はありがたく受け取っておいてルークは光球らとの対話を試みる。
「氷魔王、ってのは、結局のところ何者なんだ?」
――言っただろ、もとはボクたちと同じ。
――この地で生まれた、ごくごくフツウの精霊のひとりだった。
――まあ、ボクらも力の源はいろいろだけどね。この沼にいるのは、水とか、土とか、木とか風とか。
――アイツは、”凍気”。だから……この北の地では、ほんのちょっぴり有利なヤツなんだけど。
光球らの口数が増している。どうやら喋りたくて仕方ない、という気分のようだ。
――でも、アイツは、強く大きくなりすぎた。
――もともと十分強かったのに、それ以上の力を欲しがった。
――なんでだろね? 最初は、もっと大人しかった気がするよ。
――アノ時からかな? 何か、欲しいものを取り逃がしたんだ。
踊り子の少女が、不安げな瞳でルークを見つめ返している。そういえば彼女も夜番ではなく、眠っていたはずだった。ルークが心配で追いかけてきた……どうして彼女は自分のことばかり、気にするのだろうか。
――ニンゲンの娘を攫ったってのも、変な話だけどね。
――アイツ、独りでいるほうが好きなヤツだと思ってたから。
――でもあの娘は、あんまりニンゲンっぽくないから、そこが気に入ったのかもね……
精霊たちの言わんとするところを理解して、ルークは反射的に問い返した。
「それが、領主の娘だってことか」
「まあ……そんな評判もあったかな。雪の精みたいなお嬢さんだって」
情報通のセルプは、やはり驚いた様子もなく口添えたが。ルークとしても初対面でも、彼女のまとう浮世離れした雰囲気は印象に残ったものだ。人外のものに魅入られてしまった、と言われても何らおかしく思わない。
「奴は彼女をどうするつもりなんだ?」
――さあ? それはボクたちにもわからない。
「たぶん……力を、増そうとしているんだと思う」
それまで黙っていた踊り子の少女が、突然口を開いた。全員の目が彼女に集中する。
――確かに、そうかもね。ボクたちでもそういうことがある。
――気に入ったヒトの傍にいると、気分がよくなって力が強まるんだ。
「……じゃがの、精霊の。ぬしらに魅入られたヒトが、正気で済むかどうかという話なんじゃが」
――そうそう、ちょっとだけなら大したことないんだけどね。
――あんまり長くなると、おかしくなっちゃうみたいなんだよね。
――だから、北の氷壁の城に閉じ込めたら、どうなるかってハナシで……
「うわぁ、そりゃ嫌な予感しかしないな」
セルプの渋い顔も致し方なかろう。このあたりの森ならまだしも、草木も獣も見かけない最北の地で、人間らしい暮らしができるとは思えない。彼女を生かしておきたいのなら、先方も少しは保たせる気があるかもしれないが……
「結局、連れ戻さないといけないわけだな。正面から入って出てくるか、無断侵入して連れ出すかか」
「どっちも無理すぎねーか……」
いまだ平静なモーロトと、やや諦めムードの混じったセルプのやりとりもそこそこに、また光球らの声が響いた。
――うーん、そこねぇ。
――ちょっとなら、ボクたちが手伝ってあげようか?
ルークは、思わず連れ二人のほうに向き直った。