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6.光の糸を紡ぐ唄

 何もやることがない。ミローディアは目につく端から部屋の調度を見てまわることにした。

 寝心地のよすぎる寝台からはなれ、椅子に座って揃いの意匠の鏡台の、精緻な細工をしばし見つめてみた。割れた硝子のような鋭角的な紋様もあれば、清冽な水流のような優美な流線形を描いているものもある。中央に映っている自分の姿は、まあ、いつも通りの愛想のない無表情だ。ただ後ろに髪をくしけずる女中の姿が見えないことが、違和感なだけで。


 他、目立つのは大きな長持くらいか。施錠されているようだったが、側面の銀の金具にやはり銀色の鍵が吊るされていたので、ごく自然な流れで手にとり鍵穴に差しこむ。

 上蓋を押し開けると、中にはほの明るい糸や布がおさめられていた。その下に機織りや糸紡ぎの道具――これも通常の木製ではない、謎の半透明の石材でできた杼やら紡錘やらが見つかる。

 

 ひとつ解ったことがある。ここは女性用にしつらえられた部屋だ。でなければこんな道具は用意されていないだろう。

 それにしても、とミローディアは布と糸に目を向ける。寝台に使われている布は白く、光の加減によっては薄青や薄灰色に見えなくもないのだが、長持に入っていたこれらの色は違っていた。白というよりは薄黄色、真珠のような柔らかい光沢を放っている。糸の状態では南の町で取引される絹……に似ているが、織り上げられた布はもっと透明感があるように思えた。


 布を手にとり、両手で広げる。ショールになりそうなくらいの幅はある。確かに、非常に薄く織られている。厚手の毛織物が重宝されがちな、セーヴェルでは見かけない品だ――まあ、富裕層がつくらせる重ね着の飾り布として、需要がないわけではないが。

「気に入ったのか」

 いきなり背後で声がした。扉の開いた気配もなくかけられた声の主が誰なのかはわかってはいたが、仮にも女性の部屋に入るのに何の先触れもないというのは、ミローディアとていい気分はしない。いつもの無表情の上にほんの少しの不機嫌さをのせて、その方を振り向いた。

「勝手に開けてしまったのは、よろしくなかったでしょうか」

「いや、構わん。だが、それはお前に合うだろうか」


 黒い人影の仮面から、疑問とも疑惑ともとれる念を感じとる。そのせいかミローディアは、ほんの思いつきをつい口に出してしまった。

「――こちらは、どなたか別の方への贈り物であったのでしょうか?」


 予想以上に長い沈黙と静寂が待っていた。だからといってミローディア自身も、気まずい空気を率先して和ませるような気質ではない。二人してだんまりを決め込む。

「関係ない……そなたが気に入ったのなら、好きにすればよい」

 痺れを切らせたのはどうやら氷魔王のほうだったようだ。意外に人間臭さを感じてしまい、ミローディアはほんの少しだけ、可笑しく思えた。

「嬉しいのか」

「いえ、そういうわけではなく……少し、落ち着いただけです」

 笑みが顔に出てしまったのはしっかり見られていたようだ。氷魔王は少しの間を置いたのち、部屋を去った。以前と同じく、扉には触れずにその手前で消えていった。


 ミローディアは振り返り、長持の中から紡錘のひとつを手に取った。途中で作業が中断されたのであろうか、少しだけ糸が巻きつけられている。しかし続けて取り出した糸紡ぎ器にも、長持の隅にも糸のもとになる繊維などは見つからなかった。材料がなくなってしまった、ということであろうか――

 不意に糸紡ぎ器の先、本来ならば繊維の塊を置く場所がほの明るく光った。ミローディアは直感で、”それ”がこれらの糸や布と同質のものであると悟る。そして、さらに同じものがどこで手に入れられるのか、それにも気がついた。


 陽光が射す窓際まで、糸紡ぎ器を持ちより椅子も引きずってきて座る。斜めに射す光の区域がはっきりと示されるなか、その直線的な空間からひとすじ、光の流れが漏れ出した。それは柔らかな動きで渦を巻く――糸紡ぎ器の先端に。

 全てを理解したミローディアは、その光の渦から指先でいくばくかの量を摘まみだし、紡錘の糸端と繋げた。思ったとおり、”これ”が同じ材料なのだろう。それが解ると、自然と身が動き出した。これでも女性の嗜みとして、糸紡ぎの作業は心得ている。糸を縒る動きにつられて口からも、歌声が漏れ出した。


 ――紡ごうか 金の糸

 麻くずから 魔法で変わる

 うまく紡げたら あの人は

 わたしに振り向いて くれるだろうか――


 村娘らに伝わる糸紡ぎ唄。昔から糸紡ぎの上手な娘は、良いお嫁さんになれると言い聞かせられて育つ。ミローディアにしてみれば、漠然とした”いつか”の話。けれど、もう遠くない頃に、なってしまったのだろうか……

 ふわっと、暗い外套の人影を思い浮かべた。鳥たちの飛び交う森。ずっと不機嫌そうな仏頂面で言葉を交わした、移民らしき狩人の少年。


 ミローディアは、はたと糸を繰る手を止めた。自分はなぜ、いま彼を思い出したのだろうか。

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