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4.旅芸人の一座

「やけにやる気満々じゃねえか」

 ルークは後ろについてくるセルプを振り返りもせず、北の雪原へと向かう道を進んでいた。この地域には小さな寒村がところどころに点在しているはずだが、うっすらと白い粉雪を被った針葉樹林があちこちに生い茂っていて、そういった集落が視認できるほど見通しのいい光景ではない。

「まあ、領主サマは褒美を出すと言ったら出し惜しみしないだろうからな、いい稼ぎになるかもしれんが――」

 痩身の行商人は横にいる、やはり後をついてくる大柄な男を気にしているようだ。

「俺は、鏃の出来を自分の目で確かめてこいと言われただけだ」

 鍛冶屋の息子のモーロトは、時おりこうやって店主に外に出されるらしい。だがそれはおそらく建前だ。今回はルークの無謀さに呆れて、できる範囲で事の次第を見届けようとしているのではないか、と想像がつく。


 シャン、シャンと鈴を響かせるような音がルークの耳に入ってきた。馬橇につける、衝突防止用の警鐘だろうか。だがそれにしては、橇が迫り来るような速さを感じさせない音だ。

「なんか、いるねぇ」

 セルプは目を細めながら――彼もやはり引き返す気はないようだ、褒美の山分けでも目論んでいるのだろうか――ルークの隣まで前に出て其の方を睨んだ。

 みすぼらしい幌馬車が止まってた。その集団は休憩中なのか、比較的くつろいでいる様子を見せていた。見える範囲で6人。まだ明るいが早々に火を熾したようで、焚火を囲んでめいめいが鈴や太鼓を打ち鳴らし、笛を吹いている者もいる。


 ――氷の大地を 彷徨うは 

 棲み処を追われた 光の子――


 小柄な女性が澄んだ高い歌声を添えるなか、ひとり場をぐるりと巡りながら踊る娘がいた。朱色の衣装をひるがえし、ある時は滑らかに、ある時は飛び跳ねるかのように軽やかに舞う。

 近づいたルーク達に向けた踊り子の瞳は、焚火の炎を照り返して、髪と同じく蜂蜜色に輝いていた。


 ――凍える光は 南へと

 居場所を求め 辿り着く

 陽気な仲間は 集えども

 光は想う かつての巣――


 踊り子は大きく飛び、着地とともに一回転。朱色の衣の裾が大きく広がり、それがふわりと落ち着いたところで娘は凛と佇み、一礼したところで歌も終わった。ぱちぱちぱち、とセルプがとりあえずの拍手を送る。

「ちょっと。もーちょっと、感心してくれたっていいんじゃない?」

 歳のころ14,5かと思われる踊り子は腰に手をあて、反応の薄いルークに食ってかかるような仕草で詰め寄った。その顔は面白がるような笑みを浮かべている。

「すまんな、今手持ちに余裕がなくて」

「それはいいって、あたし達も休憩ついでの練習だったんだから」

「……」

 かける言葉に迷ったルークを前にして、踊り子の少女はにっこりと笑ったまま、その場を動かない。

「……お見事でした」

「はい、ありがとう――で、いいよね?」

 少女は蜂蜜色の髪をひるがえすと、他の連れに向き直った。


 ぱちり、と焚火のはぜる音が響く。

「この時期に北部の巡業とか、けっこう厳しくないか」

 おもに踊り子の少女がつくった場の流れに誘われ、ルーク達は火を囲んでの世間話に参加することになった。

「まあ、ウチらもなかなかやることじゃないけどね。なんか面白い話が聞けるかもって思って、それで」

 踊り子の少女はルークを気に入ったらしく、傍に座って腕を組もうとしたが、それをルークは睨みつけて距離をとった。疑うのは申し訳ないが、こういう手合いがスリや追いはぎ集団という可能性もなくはないのだ。少女はわかりやすく膨れっ面を見せたが、大人しく座り直した。

 旅芸人らは長身の男3人、小柄な女2人、踊り子の少女1人――かと思いきや、幌馬車の中から鼾らしき唸り声が聞こえてきたので、もう1人いるらしいとわかった。「じいやは特別なの。そのまま寝させておいてあげて」と言われたので、おそらく最年長者の特権なのだろう。


「ほほう、もしかして、アンタらも懸賞金目当てかい?」

 セルプは積極的に情報交換する気満々で話しかけたが、踊り子の少女はルーク以外には興味のない様子で、一座の男のひとりが代わって答えた。

「いちおう、その話は聞いているが……」

「……わたし達じゃ、とてもじゃないけど魔王さまの城に入れる気がしないわ。でもせめて、何か手がかりが見つからないかと思って」

 先ほど歌っていた小柄な女性も、自信なさげに呟く。どうやら小銭稼ぎ程度までしか考えていないようだ。ルークは軽く瞼を閉じてうつむいた。妖精のような少女の菫色の瞳がとまどいに揺れ、自分に向いて何かを語りかけようとしている――


「大丈夫?」

 我に返ったルークは、心配そうな蜂蜜色の瞳と目が合った。どこかで見た色。ああ、とルークは思い出した。ミロ―ディアから与えられた、琥珀の指輪。セーヴェルの地では陽の光が凍り固まったとされる宝石。そういえばまだ換金していなかった。

「ウチらはここで夜営のつもりだけど、あんた達もどう?」

 無邪気な少女が誘いをもちかけてくる。彼女らを信用していいものかどうか――ルークは連れ二人のほうを顧みた。セルプは面白そうににやにや笑うのみ、モーロトは無言で頷くのみだった。

「俺たちは三交代で不寝番に立つ。あんたらも好きにしてくれればいい、それでよければ」

「うん、ウチらはウチらで選ぶからね。みんなそういうの、苦手なのと得意なのと極端だから」

 屈託なく笑う少女の溌剌とした明るさは、彼女にはなかったものだ――彼女の笑みは、柔らかい新雪のような儚さを感じさせられた。

 ルークが何を考えていたのか、知ってか知らずか、踊り子の少女はルークを見つめ、ほんの少しだけ不機嫌そうな表情を見せた。


 焚火が中途半端な明るさに見えた黄昏時から、本格的な宵の口へと移り変わるころ。

 旅芸人らは黒髪の男と歌うたいの女性を番に立てたようだったが、馬車の幌をめくりあげ、あくびとともに大きく伸びをしながら出てきた壮年の男も加わった。他の男衆がどちらかというと痩せ気味なのに対し、ずいぶんと恰幅のいい体型をしていた。

「頼みますぜ、おれもう限界」

 黒髪の男が入れ違いで幌の中へと入り込んだ。辛そうにしているようには見えなかったが、内心は余裕がなかったということだろうか。

「――ほう、お嬢の言うておったのは、お前さんか」

「?」

「プラーミャじゃ。随分と気に入られたようじゃな。絶対に見込みがあると息巻いておったぞ」

 あの踊り子の少女のことらしい。他の連中とはさほど話をしていない。

「何の?」

「魔王の城に乗り込む勇者じゃ、とな」


 ルークは思わず口をへの字に曲げた。確かに目的地はそこになるわけだが――どこぞの騎士道物語ならともかく、貧乏性の狩人に過ぎない自分が勇者だとか、ものの例えにしても不釣り合いだ。

「おだてたところで、何も出ないぞ」

「まあ、そう言いなさんな――勇者でなくとも、旅路で出会う者らの話をよく聞くのが、賢い物語の主人公のすることじゃ」

「……あんたらの演じる芝居では、そうかもしれんだろうがな」

「ほっほ。儂らではないな、ぬしらの物語じゃて」

 微妙に話が通じていない気がして、ルークはこの老爺にまともに相手する気が失せてきていた。

「交代するか」

「ああ、頼む」

 言葉少なに声をかけてきたモーロトを頼みに、ルークは外套を被り横になる。焚火の暖かさと人数の多さに気が緩みがちになっていたのか、眠りに入るのも早かった。

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