12.炎と氷の激突
「あれらは、我のしもべだが。力を強めたのはそなただ」
四つの人影が去った後、現れた仮面の魔王はそう告げた。ミローディアは白い仮面を見つめ返すが、その下の表情を窺い知ることはできなかった。
「解せぬな。そなたは此処に留まることを望んでいない。何故だ?」
何故だと言われても、ミローディアにもわからない。ただ……
「……このまま帰らせていただいても、根が明るみに出ない、という気がしましたの」
黒い人影の動きが一瞬止まった。
「……明るみ、だと? 何を陽のもとに晒そうというのか」
暗がりを好む凍気を統べるものに、皮肉な喩えをしてしまったものだ。ミローディアは今さらそれに気が付いたが、案外それは的を得ていたのかもしれない、と思えるようになっていた。
「おそらくは……この階にまで辿り着いた者が、その答えを出すだろうと。わたしは思っております」
その言葉を聞いたのち、氷魔王はゆっくりと背を向け、扉の方へと消えていった。
*
振り下ろされた杖の先で、リィン、と銀の鐘が鳴る。その直後、杖の指す方向から風を切って飛来するものがあった。杖を向けられていたセルプは反射的に横に飛ぶ。斜め後ろでギンっと何かの軋む音が聞こえ、振り向けば館の壁に、小剣ほどの長さの氷柱が突き刺さっていた。
”氷柱の”カリリオーン、とやらの名に相応しいやり口だ。このぶんだともう一人のほうも予想がつく、小柄だががっちりとした体格の”霰の”バラバーンとやらは、銀の銅鑼を打ち鳴らした。グヮンと鈍く響く音とともに、幾つもの氷の粒がモーロトのいる方向に降り注いだ。こちらと違って一直線ではないその襲い手を全て躱すことはできず、モーロトは顔や胸あたりを腕で庇って防いでいた。一撃で致命傷を負うようなものではないが、あれでは地味に体力を削られるだろう。
セルプはいったんモーロトに近寄り、小声で話しかけた。
「だいたいどういう連中なのはわかった。たぶん”あれ”を奪うか壊すかすればなんとかなりそうだな」
「ああ……だが、少し気になる。上層のほうでまた別の”音”がしているだろう」
「……だな」
モーロトの言わんとすることを察して、セルプも少し顔を顰めた。二階のほうから入ったルークとプラーミャも、似たような手合いに捕まった可能性がある。早くこちらを片付けて、そちらの手助けに向かいたい。当初の予定では頃合いを見て、出入り口から外へ逃げようかと思っていたが、そうなるとこの二人は上へと向かうだろう。それは防がなくては、ルークらの命が危うい。
そして聞こえてくる、控え目な弦を弾く音。こちらにいる二人ほど、わかりやすい侵入者の撃退方法ではない気がする。もっと巧妙な手口の持ち主ではなかろうか……セルプの嫌な予感は、こういう時ほどよく当たる。何故か空気がより冷え込んだ気がして、背筋にゾクッとくるものがあった。
*
短剣を構えたルークだったが、角笛の吹き手が起こした轟音により雪嵐が舞い込んだのを見るなり、急ぎプラーミャを引き摺り柱の陰に隠れた。冷たさはともかく風の勢いが強すぎて、進めそうにない。”吹雪の”ヴァルトールナとやらの手強さは嫌というほどわかった。
「懐に入るだけでも、大変そうだ」
「駄目そうなら、……って方法もあるわよ」
プラーミャの案は試す価値ありと思えた。ルークはいったん短剣を鞘におさめ、弓に矢を番える。プラーミャはその鏃に手を添え、”力”を込めようと呟きかけたが――
「やだ……! 集まってこない。何かに邪魔されてる!」
階下で時おり響く固い音、低い音とは別の、静かな旋律が奏でられている。ルークは自分の手元やプラーミャの外套が、徐々に白くくすんで見えるのに気がついた。角笛の吹き手ではない。その奥に佇むもう一人の、竪琴を爪弾く音に呼応しているようだった――”霜の”アールファといったか。静かだが怖ろしい力を持っている。動きが鈍そうなので後回しに考えていたのだが、その判断は誤りだったかもしれない。
「あれを……何とかしなきゃ。お願い、もう一人を引きつけておいて!!」
言うなりプラーミャは駆け出した。霜の貼りついた外套を脱ぎ捨て、朱色の衣を翻し螺旋階段の反対側へとまわりこむ。ルークは一瞬戸惑ったが、すぐに角笛の吹き手に狙いをさだめて矢を立て続けに放った。お返しとばかりに強い雪嵐が吹きつけてくるが、それでも構わずルークは前に進み出る。
走るプラーミャは、全身にほのかな金色の光を纏っていた。伸ばした腕から放たれた光は生き物のようにうねり、奥の人影の持つ竪琴へ迫り来る。“霜の"アールファは更に奥へ後ずさろうとしていたが、それより速く金の光は獲物を捉え、竪琴の弦を全て焼き切った。
「今よ!!」
ルークの番える矢の、鏃が赤く光った。もはや何も考えずに弓を引き絞り、矢を放つ。それは狙い違わず“吹雪の"ヴァルトールナの持つ、銀の角笛を貫き砕いた。
*
不吉な冷え込みが急に途絶え、それから解放されたと直感で気がついたセルプは、“氷柱の“カリリオーンの背後に周り込み、手にした鎌でもって鐘の杖を引き寄せ叩き折った。モーロトのほうはといえば、“霰の"バラバーンに真正面から迫り、槌で銅羅を粉砕したようだ。
どちらも要の品を失ったのが決定打だったのだろう、白い人影は粉雪が溶け散るかのように消え去った。