9 15歳の誕生日
あれから、おおよそ十年の時が経った
四歳の僕が、アイリスにトーレイン家に招かれて十年ほどの時が経ったということになる
「誕生日おめでとう、エドガー」
「ありがとう、アイリス」
二月二十三日
今日は俺の十五歳の誕生日だ
俺がここに来てから、一度たりともアイリスは誕生日のお祝いを欠かすことはなかった
毎年毎年、料理人に二人分のご馳走を依頼して、俺とアイリスの二人だけでささやかな誕生日を過ごす
俺から見たら、そのささやかは全然ささやかではなくむしろ豪勢なのだが・・・貴族からしたら一般庶民並みのささやかなのだろう
毎年、そんなことを思うのだが今年は更に豪勢だ
いつもより料理の量が増えているのは・・・今年の誕生日は少し特別な誕生日だからだ
「貴方ももう成人なのね」
「ああ。十五歳だからもう酒も飲めるし、結婚もできる」
この国の成人年齢は十五歳
それを迎えれば、酒も飲めるし結婚もできる
いうなれば大人の仲間入りなのだ
「あら、エドガー。結婚を考えている相手でもいるの?」
「別に。成人したからってできるようになったことなんてその二つだけだからな」
「確かにね。でも、少し焦ったわ」
「焦ったって?」
「何でも」
アイリスは少し不機嫌そうな雰囲気だったのだが、ふと目を離した瞬間に上機嫌になっている
アイリスは次の四月で二十一歳
一応言っておこう。この国の結婚適齢期を六年も過ぎている
外見は成人女性らしい美しさの中に少しの幼さと可愛さも残した、愛らしい女性に育ったと思う
ウェーブのある腰より下に伸びた栗色の髪、翡翠色の瞳
外見だけでなく、中身も立派な伯爵令嬢として礼儀作法も心得ており身内びいきとしてもかなりいいと思うのだが・・・
・・・なぜか、アイリスがすべての縁談を断っているのだ
最近、夜会で「行き遅れ令嬢」と言われているのを知らないはずではないのだが・・・
それに、トーレイン家の外聞も悪いし早く嫁ぐべきではないかと思うのだが・・・アイリスはそれを受け入れることはない
むしろ、俺がそれを指摘するとなぜか怒り出す
・・・全くもって理解できない
「俺が先に結婚するかもって焦ったのか?」
「なっ・・・そんなこと」
「そういうアイリスは、そろそろ選り好みしている場合じゃないだろう」
「選り好みなんてしてないわよ・・・ただ」
「ただ?」
潤んだ翡翠色の瞳が俺に向けられる
なんだか艶っぽく、そして切なささえ覚えるようなその瞳に胸がむず痒くなる
「・・・貴方以外は、嫌だもの」
小声で呟いたそれは、アイリス的には俺には聞こえていないと思っているのだろうけれど・・・・俺には普通に聞こえてしまう
気が付いているからこそ、俺はアイリスの想いには答えられない
十年も一緒にいれば、子供らしい好きから、一人の女性として好きになるまでそう時間もかからなかった
気が付けば、一人の女性として彼女を愛していた
彼女もまた、俺のことを年下の少年ではなく一人の男として見てくれている
しかし、それを互いに向かって直接言うことはないし・・・できもしない
互いに、理解しているからこそ今、互いに黙りあっている関係が心地よくて
それから、変えることはない
変えてしまえば、もう元には戻れないから
「・・・なんでもない!ほら、今年の誕生日プレゼント!」
「うわっ・・・毎年欠かさずありがとう。今年は何を?」
投げられた誕生日プレゼントを受け止めて、俺はアイリスに礼を言う
包みを丁寧に開けると、その中にはリボンタイが入っていた
俺の瞳の色と同じ青色のリボンに、アイリスの瞳の色と同じ翡翠石の留め具が付いたお洒落なリボンタイだ
勤務先に着けていくには凄く似合わないが、これからはこういうのを付けても似合うような洒落た格好を心掛けないといけないのかもしれない
「ありがとう。大事に使う」
「ええ。貴方ももう国に認められた人なんだから、このリボンタイが似合うような服装を心掛けてね」
「ああ。善処する」
「善処じゃなくて、するの。貴方の善処は絶対にしないの暗喩じゃない」
「するよ。今回は絶対に。国の恥だって石を投げられない程度に」
「気を付けてね。貴方はもう、この家を出るんだから・・・これからは私が面倒を見てあげることもできないわ」
アイリスの言う通り、俺は次の四月でこのトーレイン家から出ていく
破門とか、そういうのではなく自分の意志でこの家を出るのだ
一番の理由は、アイリスにある
俺は自分が抱くアイリスへの想いも、アイリスが抱く俺への想いも・・・全部諦めたいし諦めてほしいとも思っている
だからこそ、俺たちは距離を置くべきなのだ
アイリスが諦めることができれば、彼女は俺以外の貴族ときちんと家の為に結婚してくれるだろう
彼女にはこのトーレイン家を守る義務がある
俺がいくらこの国に認められるような人間になっていても、平民以下だった過去も平民である今も変えられない
彼女の、側に立てるほどの力を持つことはできない
だからこそ、俺は彼女の側を離れる決意をした
他にも理由はあるが、それが一番の理由だ
もう一つの理由なんて、後付けの理由でしかない
「そうだな。今度から俺は首都の中心で一人暮らしだ」
「城下町の一等地で暮らすのでしょう?」
「ああ、国が用意してくれた家でな」
「・・・出世、本当におめでとう。次の四月から王立工房勤務なんて、昔の貴方からは全く考えられないわ」
「そうか?」
「ええ。昔から物覚えがいいとは思っていたけれど、頭の回転も速い上に手先も器用なんて予想外だったわ。本当に、貴方は凄いことを成し遂げたのね」
「まだまださ。空を飛ぶ方法は半分ぐらいしか完成していない。まだ、目的も約束も果たせていないから」
先に言うと、四歳の時に抱いた夢は未だに叶えられていない
しかし、俺たちはユーウェンが出した条件をクリアすることができている
凄いことを成し遂げる
俺にとってそれは、夢を叶えるに等しいのだが世間一般の凄いことを成し遂げたハードルは俺が思っている以上に低かった
ユーウェンが認めたのは、俺が次の四月から勤務する王立工房への切符を手に入れたこと
王立工房は、その名の通り国が・・・しかも王家が直接運営している工房だ
国の為に働ける、名誉ある工房
その工房は、国に選ばれた人間しか踏み入れることができない
もちろん、その工房に勤める技師も・・・国から認められた技師しかいない
王立工房は言うならば、この国の技師にとっての最終目標のようなものだ
なんせ国に認められた技師の栄光を手に入れ、将来を約束されるのだから
「・・・まさか、最年少で王立工房入りを果たすなんて。本当に凄いわね」
「時間がないからな」
「またそれ?十二歳から怪しいとか言いつつも、なんだかんだでもう十五歳よ。時間、本当はたくさんあるんじゃないの?」
「あと半分ぐらいがマックスだ」
「・・・前から考えていたのだけれど、貴方、病気でもあるの?」
「ないよ。健康優良児だ」
アイリスにはアルフの民のことを一切伝えていない
ユーウェンもまた、あれから一度も話した素振りはないようだった
だから未だに、アイリスは何も知らないままなのだ
「・・・十五年後が楽しみね。貴方が生きていたら、時間はたくさんあるじゃないって笑ってあげるから」
「そりゃあ楽しみにしておくよ。ついでに娘の顔も見せろよ、アイリス」
「貴方ねえ・・・それ、私だから許してあげるけど、他の人に言ってはいけないからね」
「へいへい」
適当な返事を返しつつ、椅子に座る
アイリスもそれに続いて俺の反対側にある椅子に座った
「さて、そろそろ食べましょうか」
「冷める前にな」
「ええ」
用意してもらった食事が冷めてしまえば、食事の楽しさが半減する
温かいうちに食べてしまいたい
もう、冷めきって固い食事には戻れないぐらい、穏やかで温かい食事
そんな贅沢が当たり前の生活として与えられて十年
十五歳の冬
次の春が来れば、俺は王立工房所属の技師になる
そして同時に・・・
世界を揺るがす激動の時代の幕が開ける――――――――――――