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技師と花束  作者: 鳥路
4歳編  スラム街の名無し少年
8/17

8   夢を抱いた少年と少女の約束

メイド三人組に部屋の前まで送ってもらう


「本当に、ここでいいの?」

「部屋のドア、開けましょうか?」

「無理しなくてもいいのよ?」

「ここでいい。ありがとう、メイ、イド、ミィド」


「どういたしまして」

「気にしなくていいわ」

「また明日ね、エドガー」


三人にお礼を言うと、三人は嬉しそうに笑いながら歩いてきた廊下を戻っていく

それを見送って、僕は自室に戻る

出て行った時と同じなら、まだ彼女がいるだろうから


「あ」

「・・・アイリス」


彼女は椅子に腰かけ、退屈そうに窓の外を見ていた


「・・・エドガー」

「あのね、アイリス。はなしが、あるんだ」

「時間がないのに、私と話す暇があるの?」

「ある。アイリスとはなすのは、ひつようなじかん」


彼女の斜め後ろに立つ

そこからでは彼女の表情が見れない

彼女もまた、僕に自分の表情を見せようとしない


「ぼく、そらをとぶ」

「知ってるエドガー。人は鳥のように飛べないのよ」

「知ってる。でも、空を飛べる方法を見つけたら凄いことを成し遂げたことになるでしょう?」

「え」


いきなり流暢に話し始めた僕にアイリスは目を見開いていた

いままで舌足らずだった子供が、いきなり自分と同じぐらい話せるようになれば当然と言えば当然だけれども・・・


「アイリス」

「なんで、そんな・・・」

「気にしないでもらえるかな」

「気にするわよ!そんな・・・流暢に、四歳児よね!?」

「うん。四歳児。「少し特殊な」が付くけれど」


アイリスはユーウェンから僕のことを聞いていないようだ

話していないということは、ユーウェンが話す必要がないと判断したということ

では、僕からも話すことはない


「特殊なって・・・」

「色々あるけど、理由は言えない」


アルフの民である事

十二歳から死ぬ可能性が出てくること

そして、人身売買に狙われるような存在である事

今は、僕の口から言えることはない

けれど、これだけは伝えておきたい


「でもね、一つだけ言えることがあるんだ」

「・・・なに?」


椅子に座ったままアイリスは僕の方へ振り返る

アイリスの大きな緑色の瞳の中に、僕の姿が映りこんだ

少し悲し気なその瞳から、少しの期待が伝わってくる

彼女が抱くその期待に沿えるような言葉を紡ぐことは難しいけれど

今、思い描いている言葉をきちんと伝えよう

ゆっくり息を吸う

そして、彼女へ伝えたいことを、一つ


「僕は、アイリスの破門を必ず阻止してみせるよ」


頬を緩ませて、自分でも作れているか不安になるような笑顔を見せる

まだまだ不器用

表情筋を自分の意志で動かすことはほとんどなかったから、凝り固まった作り笑顔かもしれない

それでも、それでも笑顔で言いたかったのだ

彼女の前では「普通の子供」でいたいから

「賢すぎる子供」ではなく、年相応の子供として彼女とは接していたいから

なんとなくだけれど子供らしく、振舞いたい

その理由は、僕にはわからない


「・・・わかった。信じてる」

「うん。だからさ、もし空を飛ぶ方法が見つかったら」

「見つかったら?」


僕はこの夢を得た瞬間に、思い描いた光景を形にしたいと思う

僕の夢のキッカケはアイリス

この夢への道を作り上げたのはユーウェンとメイとイドとミィド

そして、この夢を叶えるのは僕

その夢を叶えた瞬間に、隣にいてほしいのはアイリス

そして、一緒に叶えたいのもまた、彼女だ

一つだけ彼女と一緒に叶えたいことがある

それは、彼女がいなければ始まらない願い事


「僕と、君とで最初に空への一歩を踏もう」

「私でいいの?」

「アイリスがいいの」


思い描いた光景は、僕にしては子供じみた空想

この夢が、いつ叶うかわからない

けれど、必ず僕が生きている間に叶えて見せる


「アイリスじゃなきゃ、ダメだからね」

「わかった。約束よ、エドガー」

「約束?」


聞き覚えのない単語が出てきたので、首をかしげるとアイリスはおかしそうに笑っていた


「約束、知らないんだ」

「誓約に似ているもの?」

「似ている。でも、誓約よりは強制力が低いかな」

「・・・じゃあ、誓約の方がいいんじゃない?」

「そうね。必ず叶えてほしい約束だから誓約の方がいいんだけど・・・」


アイリスは椅子から立ち上がり、僕の前に立つ

そして、僕の手を自分の両手で包み込んで微笑んだ


「私たちは子供同士だもの」

「子供同士は、約束なの?」

「そうねえ。大人は基本誓約で、子供は約束・・・かな」

「でも、強制力がある方がいいんじゃない?」

「知っている、エドガー。実は約束の方が、誓約より強制力があるのよ」

「そうなの?」

「そうなのよ」


アイリスは小指を立てた状態の手を僕に向かって差し出した


「誓約は、誰にでも強い強制力を持つのだけれど・・・私とエドガーの間であれば・・・約束の方が、強制力が強いのよ」

「へえ・・・で、それは何?」

「約束と言えば、指きりじゃない」

「・・・小指、切っちゃうの?」

「そんな痛いことしないわ。ほら、エドガーも私と同じように」


アイリスに言われた通り、僕も右手の小指を立てた状態にする

すると、アイリスの小指が僕の小指に巻き付くように結ばれる


「約束よ、エドガー。私を必ず、空に連れて行ってね」

「わかった。約束するね、アイリス」


誓約よりも重い約束を互いに交わし、結んだ小指をゆっくりと話す


「アイリス」

「なに、エドガー」

「・・・時間がないのは事実なんだけど、たまには遊んでくれると」


時間がないのは事実、なのだが

子供らしく遊ぶというのも、必要だと思う

特に、アイリスとの間には必要な気がするのだ


「もちろんよ。そうだ。勉強、私も付き合っていい?」

「手伝ってもらえるのは嬉しい。時間がないから」

「わかったわ。ねえ、エドガー」

「なに、アイリス」

「貴方が、凄く流暢に喋れて、物覚えがいいのって理由があるのよね?」

「うん。ユーウェンも知ってるよ」

「お父様も?」


アイリスの問いに、僕は無言で頷く


「そっか。じゃあ、それは私には内緒だってことなの?」

「内緒というか、ユーウェンが話さないのなら僕から話すことはない、かな」

「一つだけ」

「何」

「時間がないのは、その内緒のことが関係している?」

「うん」


それぐらいなら、と思い寿命の件を触れずに答える

アイリスは少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに先ほどと変わらない笑みを浮かべた


「いつか、話してくれる?」

「機会があれば、きちんと」

「じゃあ、今は聞かない。エドガーが話すべきだと思ったら、きちんと話してね」

「わかったよ、アイリス」

「それと、もう無理したらダメだからね」

「多少は許してよ・・・もう。でも、まあ、睡眠も資本だし・・・無理しない程度に頑張るよ」


なんとなくだけどこれが僕とアイリスの初めての喧嘩、になるのかな

それは始まった感覚も、終わった感覚もないけれど

互いにきちんと言いたいことを伝えあい、僕は夢を手に入れた

それだけで満足するわけには行かない

勝負は、これからなのだから


そして、季節は何度も巡っていく

アイリスと出会って十年

僕はトーレインの屋敷で教養を身に着けさせてもらい・・・

気が付けば、成人まで成長していた

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