6 夜更かし少年とメイド三人組
俺は溜息を吐いた
かつて、五歳児の時から文字の練習の一環で書いていた日記帳を閉じる
その日記帳は一年間を記録できる日記帳
同じものが、小さな木箱の中に二十冊ほど詰められていた
捨てたと思っていたのだがまさかこんなところにあったとは
「・・・懐かしい」
今は遠い場所にいる彼女に想いを馳せながら、懐かしい気持ちで日記帳を読み進めてみる
当時の俺は、焦っていたと思う
アイリスを破門させないように、自分が何かを成し遂げないといけなくて
けれど、自分はアルフの民で寿命が少なくて、時間がなかった
急がなければ、自分に手を差し伸べてくれたアイリスに報いることができない上に、彼女に酷を強いてしまう
そんな感情を抱いた記憶は、今も鮮明に思い出せる
「・・・もう、二十三年前になるのか」
昔を思い出しながら、日記帳をめくる
同時にこの二十三年間でたくさんのものを失ったと、感じさせられた
そして、何も変哲のない日常の一幕は終わり、俺は目標を見つける日が来た
それが書かれていたのは、トーレイン家に居候するようになってから約一ヶ月後の日付だった
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六月二日
今日の天気は凄く悪く、雨が毎日振り続けていた
トーレイン家に住み始めてから、一ヶ月半という時が経った
アイリスやユーウェンに教えてもらいながら、文字を少しずつ書けるようになった
僕はまだ新品同然の日記帳に今日の事を書き終え、窓の外を見る
日記を書いてみないかといわれたのは、一ヶ月前
文字を書く練習の一環だと言われたが、文章を構成するのにも役立つだろうと言われた
「・・・まだまだ難しい」
ユーウェンから与えられた鉛筆を握りしめながら、そのことを痛感する
文字を書くことも、学ぶことも難しい
夜遅くまで、本を読んでみても、この分野を深く学びたいとは思えない
「・・・どうしたら、いいんだろう」
このままじゃ、あっという間に十二歳になってしまう
「急がないと」
焦りは徐々に、表面に出てきているようで今日もアイリスから「無理していない?」と問われた
メイド三人組にも心配された
「・・・無理とは?」
わからない
彼女たちが言う、無理の基準が
誰もいない部屋で、そう呟くとドアがノックされる
「エドガー、私。アイリスよ。入ってもいいかしら?」
どうやら来客はアイリスのようだ
「・・・どうぞ」
「失礼します」
僕がそういうと、アイリスは静かにドアを開ける
「まだ起きていたのね」
「うん。だめ、かな」
僕はアイリスの前ではまだ、ただの何も知らない子供を演じ続けている
無力な子供でいたほうが、いいと思ったのはなぜなのかわからない
「・・・少なくとも、貴方の身体には無理を強いていると思うわ。明日の為に早く寝てほしい」
「・・・まだ、はちじ」
「それでもよ」
そういって、アイリスは僕の身体を持ち上げる
十歳のアイリスにとって、四歳の僕はまだまだ小さくて
軽く持ち上げられるぐらい、小さいようだ
「・・・アイリス、はなして」
抵抗しても、アイリスの力は緩まない
むしろもっと強くなっている気がする
「ちゃんと寝て。最近のエドガーは何かがおかしい」
「・・・おかしいって?」
「わかって聞いているでしょう?」
「・・・わからないよ」
そういうと、アイリスの目から涙が出てきた
「アイリス?」
「・・・私、知ってるんだよ。最近のエドガーは今日が昨日になる時間まで起きている事」
「・・・」
まさか、そんなことを知っていたなんて
何も言葉が出なかった
「私のせい、なのかな?」
「・・・ちがう。アイリスのせいじゃない」
そういっても、アイリスは暗い顔のままだった
アイリスはそのまま、僕をベッドの上にのせる
「じゃあ、なんでエドガーはあんな時間まで起きているの?」
「それは・・・・」
言えない
目標を見つけきれないから、その代わり何かを学んでいるなんて
寝る間も惜しんで、本を読んでいるなんて
なぜ、言えない?
「言えないんだ」
「・・・・みつからないから、さがしてるの」
「やりたいこと?それを夜遅くまで探しているの?」
「うん」
「そんなの、身体に悪いよ」
「それでも、はやく」
「成人するまで後、十年以上もあるんだよ。もう少しゆっくりでも・・・」
「そんなにゆっくりじゃダメなんだ!」
僕の声に、アイリスは驚いたようで一瞬身を固くする
「どうして、駄目なの?」
「じかんがない!」
彼女の腕を振り払う
そんなに余裕が残されているわけがない
もう八年しか時間は残されていないのだ
僕が十二歳になるまで、命の危機が訪れ始める前には目標を成さなければならない
アイリスの破門を防ぐために
「どうして、アイリスはとめるの?」
「どうしてって・・・」
「・・・はもん、されたいわけじゃないよね?」
「そんな事、思ってない」
「だったら、とめないで」
アイリスに背を向けて、僕は部屋を出る
そこにはメイド三人組がいた
「あら、エドガーじゃない」
「どうしたの?」
「お嬢様は部屋なの?」
「・・・アイリスはぼくのへや」
僕がそういうとメイド三人組は顔を見合わせる
そして僕は再び宙に浮く
「せっかくだし、エドガーと遊びましょうか」
「そうね。いい考えね」
「遊びましょう」
「ぼく、そんなこと・・・」
「まだ子供だもの。遊ぶのは好きよね」
「夜は遅いけれど、最近のエドガーなら平気よね」
「夜更かしする悪い子だもの。平気よ」
「ちょっと・・・」
メイド三人組に抱きかかえられながら、僕は三人の部屋に連行されていく
そこは、未知の領域だった
病院のようにベッドが三つ並んでいる
「メイドの部屋よ」
「トーレイン家に仕えるメイドたちの部屋がこのフロアにあるわ」
「ここは私たちの部屋よ」
真ん中のベッドに座らされる
「ねえ、エドガー。絵本を読みましょうか」
「貴方が好きそうな絵本よ」
「この国の子供なら誰だって読んだことある絵本よ」
メイド三人組の一人が僕を逃がさないように膝に座らせる
後の二人は僕の隣に座った
絶対逃がさないと言う意思を背後から感じる
全員が位置についたところで、メイド三人組は僕へ読み聞かせを始めてくれた