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技師と花束  作者: 鳥路
4歳編  スラム街の名無し少年
5/17

5   アルフの民と親友の忘れ形見

しばらくして、僕らは部屋に帰ってきた

少女が扉を開けて、僕を先に部屋に入れてくれる

そして少女は静かに部屋のドアを閉めた

それと同時に、少女は僕に笑顔を見せた


「やったわね、エドガー!ここにいれるわ!」

「うん。でも、じゅうごさい・・・までに、せいやくをまもらないといけないね・・・」


誓約を果たせなかったら、その先に待つものは破滅だけだ


「わかってるわ。だから、これからの計画を立てましょう。大きな目標の前に小さな目標をいくつか立てて、それをクリアしていくことで誓約の条件を目指していくの」

「そのまえに、ききたい」

「何?」

「きみの「すごいこと」ってどんなことなの?」

「それは・・・凄いことよ!誰もがびっくりするようなこと!それはどんなことにするのかは、これから貴方がしたいようにしたらいいわ」


少女は僕の質問に動揺しながら、堂々とした様子で答えてくれる


「ぼくが、したいこと?」


僕がしたいことなんて、何もわからない

気が付いたらこの誓約に巻き込まれていたのだから・・・

それに今まで今日生き延びることしか考えていなかったから、いきなり何年後かの未来のことを考えろと言われても想像できない


「ええ。まだ貴方は知らないことだらけなのだから・・・これからそれを学んでいくの」

「まなぶ・・・もじと、いっしょ?」

「そうそう」

「・・・うん、わかった」


文字以外にも、きっとこれから役に立つことはあるだろう

凄いことに巻き込まれてしまったけれど、文字以外にも学べることがあるのなら学んでおこう

僕のために、こんな約束を結んでくれた少女に

僕のために、破滅を選んでくれた少女に

できることを、返すために


「・・・じゃあ、まずはきみのなまえをおしえて?」

「私の名前を?言わなかったっけ?」

「いってない。おしえて」

「・・・わかった」


少女は僕のお願いを聞いた後、一回だけ咳払いをする

そして僕の目の前に立つ


「私の名前は、アイリス・トーレイン。年は十歳よ」

「・・・アイリス」


彼女の名前を小さく復唱する


「うん。アイリス。お父様は愛称でアリスと呼んでいるわ」

「なるほど」


だから、書類の文字とユーウェンが呼んでいる名前が違うような気がしたのか

愛称・・・か

きっと、それは家族とか特別な人間にしか認められない呼称だろうから、アイリスのことはちゃんとアイリスと呼ぶようにしよう


「そういえば、エドガーは何歳なのかしら?」

「ぼくのとし?わからない。かみをみたら、アイリスだったらわかるかな」

「うん。あの紙を借りてもいいかしら?」

「いいよ」


書類の文字を書いた後、ポケットに入れていたそれをアイリスに差し出す


「ありがとう」

アイリスはそれを、礼を言いながら受け取った


「えっと、この年代は私の生まれた年の五年後ね。けれど誕生日がまだみたいだから・・・四歳かしら。それにしては・・・」


アイリスは僕を凝視して考え込む

僕はそれに疑問を抱くことなく、別のことを考えていた


「よんさい。・・・あと、たんじょうびってなに?」

「生まれた日の事。生まれてきたことをお祝いする日よ」

「おいわいって、なにするの?」

「美味しいご飯を食べたり、遊んだり、プレゼントを貰ったり・・・」

「すごいね、たんじょうびのおいわい」

「そう、凄くて楽しいのよ!」


アイリスは楽しそうに誕生日のお祝いを語る

その笑顔を見ているだけで、僕はなんだか嬉しくなってきた


「エドガーは二月二十三日生まれだから、その日はたくさんお祝いしましょうね」

「・・・いいの?」

「もちろんよ!」


その言葉を聞いて、誕生日というものがとても楽しみになってきた

今まで、誕生日どころか自分の年も知らなかったのだから


「ありがとう。ねえ、アイリスのたんじょうびは?」

「私の誕生日は四月三日。もう終わったの」

「・・・そう。じゃあ、つぎはぼくもおいわいしていい?」

「ええ。楽しみにしているわ!」

「ご歓談中失礼するよ、アリス、エドガー」

「お父様!」

「ユーウェン?」


話が盛り上がりつつあった中、気が付けばユーウェンが背後に立っていた


「お父様、ノックした?」

「したよ。二人とも気が付かずに話していたから、気が付かれなかっただけ」

「そうなんだ。で、お父様はここに何しに来たの?」

「エドガーの部屋の準備ができたから呼びに来たんだよ」

「ユーウェンが?」

「そうそう。メイドたちに使い走りさせられたんだ。それじゃあエドガー、行こうか」

「うん」


ユーウェンが僕に手を差し伸べる

僕はその手を取って立ち上がり、ユーウェンの手を握りしめる

すると、ユーウェンも優しい力で僕の手を握り返してくれた

突然家に上がり込んできたスラム街の孤児のことを、彼がどう思っているかわからない

けれど、その握り方は演技では難しい握り方だと子供ながらに感じた


「アイリスはここにいてね」


僕についていこうとしたアイリスが立ち上がりそうになると同時に、ユーウェンがアイリスを止めた


「なんで」


アイリスは不服そうにユーウェンをにらむ


「なんででも。私はエドガーと少し二人きりでお話ししたくてね」

「・・・?」

「・・・わかった。でもエドガーにいじわるしたら駄目だからね」

「そんなことしないよ」

「エドガーのこといじめたら、お父様のこと嫌いになるから」


アイリスにそう言われたユーウェンは「信用ないなあ・・・」と悲しそうに俯きながら、僕の手を取ってアイリスの部屋を後にした

そして、長い廊下に二人きりになった

最初にここに来たのは、洗われた時

あの時よりは、その長さが薄気味悪く感じた


「えっと、エドガー」

「なに?」


「・・・「普通」にしていいよ」


ユーウェンは,娘に微笑みかけるように、優しい顔でそう告げた


「・・・普通にしていいの?」


僕がそう聞くと、ユーウェンは無言で頷いた


「貴族の階級社会で生きていたせいかな・・・なんとなく、無理してるなーとか表情でわかるようになってさ・・・」


廊下を歩き始めながら、ユーウェンは僕に語る

僕はその後ろをついていく


「君を一目見た時にわかったんだよ。君さ、かなり頭が回るだろう?」

「・・・その根拠は?」

「君の両親を知っているから」

「・・・そうなんだ」


両親がどんな人だったかなんて、これまでは知る必要などないと思っていた

知る機会は二度と訪れないと思っていたし、知っても意味がないと思っていた

けれど、両親を知る人が目の前にいる

凄く・・・知りたくなってきた


「君の父親・・・「シリウス・ユークリッド」は僕の学友でね。五年前に息子が産まれ、名をエドガーとしたと手紙が来てから音信不通だったんだ」

「・・・あいつはなんだかんだで、生きていると思っていたんだけど」

「どんな人だったの、僕の両親は」

「・・・シリウスはね、君によく似て賢いやつだったよ。一般市民では頭が回って、貴族階級の連中からも注目されていた。王族からも注目されていたレベルだ」

「君の母親・・・リリアーナは、優しい人だった。誰隔てなく手を差し伸べられる人だった。そのおかげで、彼女の周りにはいつも誰かがいた」


ユーウェンは静かに二人のことを語り始めた

その表情は少しだけ楽しそうで悲しそうで、よくわからない表情だ


「二人とも、誰かから感謝はされることはあっても、恨まれることをする人ではなかった。けれど、狙われる理由は存在した」


僕はふと、ユーウェンが突き付けた「条件」を思い出す

僕が仮にそうならば、両親もそうであった可能性が高い


「・・・それは「アルフの民」だったから?」

「そうだね。白い髪に青い瞳・・・そして、美しい容姿と。それは今や滅びたとされるアルフの民の特徴だった」

「・・・なぜ、アルフの民は滅びたの?」


きっと、そこに両親が殺された理由もあるはずだ


「・・・美しく、聡明な奴隷が欲しい。とある貴族が言い出した一言でアルフの民は滅ぶ寸前まで追いやられたんだ」


ユーウェンが歩みを止めた


「狙われたのはアルフの民。条件を満たす種族がそこであったから。それだけの理由だったよ」

「・・・そして、アルフの民は奴隷にされたの?」


それだけじゃないことは、薄々感じている

それだけでは、滅ぶまではいかないからだ


「まだ、だよ」

「ある貴族が奴隷にし、殺したアルフの民の「青い目」を抉ったんだ」

「そしてそれをオークションに流した」

「・・・最低額は一億だったはず」


その金額を聞いて、僕は息をのんだ

それだけの大金があれば、遊んで暮らすことができる


「それから、青い瞳の価値を知った貴族たちは、自身たちが奴隷にしたアルフの民の目を抉りだした。そしてそれをコレクションし始めたと聞いているよ」

「いつか、またアルフの民の価値が出てくる日を待ちながら」

「・・・気持ち悪い」

「アルフの民である君には、言う権利はあるよ」


ユーウェンは、悲しそうな顔でそう告げた


「・・・じゃあ、僕の両親はそれに巻き込まれたと?」

「そういうことだね。君の両親はアルフの民だったから」

「・・・じゃあ、僕も狙われる可能性があるわけだね」

「今まで生きてきていたのが不思議だよ。もっとも、君の価値がわからない人ばかりだったからかもしれないけれど・・・」


アルフの民の価値、か

確かにスラム街の人間がそれを知っていたら、僕はすぐに殺されていただろう

けれど、一人だけいたよな

アルフの民らしい・・・と曖昧な表現をしたが、僕の価値に気が付いていた人間


「・・・ううん。一人だけ、価値に気が付いていた人はいたよ」


スラム街の入り口で、一部でもいいから売ってくれと懇願するアルベルトの顔がふと頭によぎった


「・・・そう。よく生き残れたね」

「・・・そうだね」


沈黙が訪れる

そして、再びユーウェンは足を動かし始める


「私はね、ずっと探していたんだ」

「何を?」

「君を、だよ」

「・・・亡き友の、忘れ形見だから?」

「そうだよ」

「でも、それだけじゃアルフの民というリスクを持った子供を保護しようという発想にはならないはず」

「・・・どうして、そう思ったの?」

「貴族ほど、階級差がものをいう世界を僕は知らない。ユーウェンの階級は・・・おそらく立地的に

伯爵家相当だと思ったんだ。違ったら、ごめんなさい」


トーレイン家がある場所は、貴族特区の中心から少し郊外の位置にある

中心街に存在するのは、王族が住む城だ

その周囲から公爵、侯爵・・・と中心から離れるにつれて爵位が低くなっていくと、王族に逆らって没落した元伯爵家の男が言っていた


その情報が今も正しいものとするならば、トーレイン家の立地を考えたら爵位は伯爵また、侯爵あたりではないかと推測した


「いや。トーレイン家の爵位は伯爵であっているよ」


ユーウェンは驚いた表情で、答えを口にする


「・・・それなら、仮説は当たっているかも。ユーウェンは侯爵家以上には逆らえないでしょう?もし、僕を欲しいと侯爵家以上が言ってきた場合、ユーウェンは僕をそちらに引き渡さなければならない」

「・・・驚いた。君、予想以上の答えを出してきたね。本当に四歳児?」

「四歳だよ。貴族の厄介な階級制度は、没落してスラム街にやってきた男から聞いたから。そこからある程度、予想はできる」


「なるほど。じゃあ、私から一つ聞いていいかな?」

「いいよ」

「その男の名前は「ポーネルト・アルバトロス」だろう?王家への反逆罪で捕らえられたアルバトロス家の次期当主とされていた男」

「うん。そんな名前だと、男は言っていた」


あの日の出来事は、面倒で厄介でとても印象深い

ポーネルトはスラム街でも酒好きで有名な男だった

自分の事は何も語らず、正体は不明で昼夜問わず酒ばかり飲んでいる男

そして、スラム街に住んでいる荒れくれもの相談役という印象を持たれていた

彼は決して酒に飲まれることはないといわれているが、一度その瞬間に立ち会ったことがある

それが、この話を聞いた時だ

彼がどんな罪を犯したのかは、僕は知らない


「・・・王家に逆らった彼の真意は、私は知らない」

「僕も、知らない」

「けれど、彼は凄いと密かに思う時があるんだ」

「自分には逆らう勇気がないから?」

「そうだね。それに・・・」

「アイリスが、家族がいるから・・・でしょう?」

「君はことごとく私のセリフを奪っていくね・・・なぜわかる」

「なんとなく、だよ」

「そういうところ、シリウスによく似ているよ」


両親に似ていると言われて嫌な気はしない

なんとなく両親を身近に感じることができるからだ

顔も声も思い出せないけれど、確かにそこに存在していたという証があるようで嬉しい


「・・・そうなんだ」

「それとね、エドガー」

「何?」

「君に、伝えないといけないことがある」

「・・・うん」


唐突に真面目な顔になったユーウェンに、少し警戒しながら僕はユーウェンが話すのを待った


「まずは、これからの事・・・君を、アイリスと同じように学校に通わせるということはしない。この屋敷内で教養は身に着けてもらう」

「・・・僕を、他の貴族の目につかないようにするため?」

「そうだね。けれど、元でもスラム街の孤児を屋敷に置いているとバレただけでも、他の貴族に嫌な顔をされるからでもあるね」


確かに、僕という存在はユーウェンにとって完全な弱みになるだろう

アルフの民でスラム街の孤児

彼やアイリスが僕の存在のせいで他の貴族に狙われ、煙たがれるのは良くないことだ


「それでいい」


笑顔でそう告げると、ユーウェンは苦しそうに顔を歪ませる


「・・・ごめんね。受け入れてくれてありがとう」

「お礼を言うのは僕の方。ここで生活して、教養を身につけさせてもらうだけでも僕には十分・・・大きな目標は成さないといけないけれど」

「その件、なんだけどね」


ユーウェンは、申し訳なさそうに顔をそらしながら


「それとね、私は君に黙っていたことがあるんだ」

「・・・何を?」

「・・・エドガー、君がその目標を成すことは決してないんだ」

「なぜ、断言できるの?」

「アルフの民の特徴の一つ、聡明な頭脳のせいなんだ」

「・・・普通より、少しだけ賢いだけじゃないの?」

「アルフの民全体で見たらね。その特徴は女性のアルフの民しか適合しないようなんだ」


「じゃあ、男のアルフの民は・・・」

「男のアルフの民は、女性よりも脳の処理能力が異常なんだよ。記憶力も一度見たことは覚えるそうなんだ。シリウスも、そう言っていたからその特徴はちゃんと君にも受け継がれていると思うよ」

「そうなんだ。でも、それが目標を成せない理由にはならないと思う。どうして、なの?」

「脳の処理能力が高いということはね、常人よりも脳を酷使することと同義なんだ。実際にアルフの民の男は早くて十二歳、遅くとも三十歳までに死に至っている。それ以上は、記録として存在していなかった」

「・・・嘘」


ユーウェンの告げた事実は、とても僕の中で重くのしかかってきた

長く生きられないということは、どうでもよかった

それよりもアイリスだ

僕が目標を達成できなければ、アイリスはこの家から破門される

どんなに遅くとも、十二歳までに実績を残さなければならない

目標を成せるか成せないかなんて、僕にはわからない


「嘘じゃない。嘘だったら、どんなによかったか」

「・・・アイリスは、どうなるの」

「え?」

「僕が死んだら、アイリスは、問答無用で破門・・・そっか。じゃあ、十二歳までには何か成し遂げないといけないんだ」

「・・・エドガー?」

「わかった。アイリスにちゃんと報いるために、僕は何かを成し遂げるよ」

「・・・わかった。その言葉を忘れない」


何か言いたそうにしていたが、ユーウェンは僕の目を見て、その言葉を告げる

それから、僕とユーウェンの間で個人的な会話がされることはなかった

屋根裏部屋に案内されて、書庫などの生活に必要な場所を説明されてその日はそれで終わっていく

あっという間に夜になり、寝付く時間だ


「・・・ふかふかすぎ」


いつもとは違って柔らかすぎる寝床に違和感を覚えながら僕は目を閉じる

何を成し遂げれば、ユーウェンに認められるのだろうか

どうしたら、アイリスを守れるのか


「アイリス・・・」


僕に手を差し伸べてくれた彼女の手を思い出すように、手を広げた

優しい微笑みを、手に伝わる感触も僕の中で少しずつ、形になっていく


「必ず、成し遂げないと」


いつ死ぬかわからない

何を成し遂げたらいいかわからない

そんなわからないことばかりの中で、アイリスを破門から守りたいという意志だけは確かなもので

僕はそれを忘れないように、抱きしめるように眠りについた

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