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技師と花束  作者: 鳥路
4歳編  スラム街の名無し少年
4/17

4   小綺麗な少年と誓約書

朝だったはずなのに気が付けばそろそろ陽がくれようとする時刻になっていた


窓から時計を一瞥すると、時刻は七時

たしか、ここに来たのは七時ぐらいだったから十二時間ぐらいここにいることになる

十二時間という時間をかけてメイド三人組に洗われた僕はやっとこの屋敷にいても違和感ない子供へと僕は変貌を遂げた


彼女たちから用意された糊のついた真っ白なワイシャツと紺色のズボンを着せられる

そして赤いリボンを首に巻かれる

初めて見る人が、確実にいいところの坊ちゃんだと答えてしまうようなスラム街の孤児が完成してしまった


僕は浴室に連れていかれた時と同様にメイド三人組に抱えられ廊下を移動していた


「これでどこに出しても恥ずかしくないですわ」

「そうね。けれど、なぜまだ抱えているの?」

「見ての通り、幼い子供だからよ」


「なるほど。お嬢様より小さな子供にこの廊下は酷ね」

「そうね。歩くのは酷よね」

「そうよ。子供にはこの廊下は酷なのよ」


「優しいのね」

「優しいわ」

「そう?」


メイド三人組は話しながら廊下をすたすたと素早く歩いていく

なるほど、確かにこの廊下は僕にはきついかも

メイド三人組は嫌な奴だと思っていたけど、意外にいい奴のようだ


そして僕は先ほどの少女の部屋に戻ってくる

メイド三人組が扉をノックして、少女の部屋に入る


「お嬢様、終わりました」

「ほら、行くのよ」

「綺麗になったと報告してらっしゃい」


言葉で背中を押されながら、僕はメイドたちの手で床に下ろされる

そしてゆっくりと少女のところに歩いていく


「えっと・・・」


着なれない服

自分から漂う石鹸の香り

すべてに対して違和感を抱いて、歩き方もおかしくなる


「あら!エドガー!」


僕を見た少女は椅子から立ち上がり、僕のほうに駆け寄る


「見違えたわ!綺麗になったわね!」


少女は僕を人形のように抱きしめる


「ほんと?」

「本当よ!これならお父様にも文句は言われないわ!お父様に早速相談してみましょう!貴方をここにおいていいかって!」

「ええ!・・・むりだよ」


正直、文字の読み書きを教えるだけかと思ったのだがまさか家に置く計画を立てていたとは・・・予想外だった

この少女は何を考えているのだろうか


「最初っからそう決めつけるのは良くないわ。もしかしたら許されるかもしれないし」

「きめつけるのは、よくないの?」

「ええ。そうね。よくないわ!」

「そのりゆうは?」

「え、ええっと・・・もしかしたらその決めつけが間違っているかもしれないじゃない。可能性があるうちは断言したら駄目ってこと」


少女は僕の問いに困惑しながら答える


「・・・そういうことなの?」

「そういうことよ」

「うん。じゃあ、きめつけない。まだかのーせいがあるんだよね」

「そうよ。まだ貴方がここにいれる可能性があるの」

「そうなんだ」

「納得したみたいね!じゃあ次はお父様のところに行くわよ!」

「ええ・・・・」


少女に腕を引かれながら僕たちは廊下を歩き始める

その強引さに驚きながら、僕は少女に対して疑問を持つ

なぜこの少女は僕にここまでしてくれるのだろうか

孤児だから?

好奇心?

同情?

どうしてなのか、色々と考えてみるが全部違う気がする

そんなことで、スラムの孤児を貴重な水を貯めてまで風呂に入れて、ちゃんと仕立ててある服なんて与えるだろうか

僕にはこの少女の行動理由がわからない


「ついたわ!ここがお父様の部屋!」

「え」


考え事をしていたら、いつの間にか重要な問題が目の前に待ち受けている


「大丈夫よ!貴方のことを聞いたら必ずこの家に置いてくれるわ!」

「・・・ほんと?」


疑いながら聞いてみると、少女は本当だと顔で表現するようににっこりと笑う


「本当よ。私が約束する」

「やくそく?」

「そう、約束よ」


そういいながら、少女は少女の父の部屋の扉を開けた


「お父様」


部屋の中央に置かれた机で作業をしている男性に、少女が声をかける

後ろにある窓の光が眩しくて、その顔は見えない

けれど、雰囲気だけは伝わる

とても怖い人だと思う・・・


「どうしたんだい、アリス」

少女の父親は少女に優しい声をかける

「お父様に紹介したい人がいるの!」

「おや、その子のことかい?」

「ええ。エドガー・ユークリッドというの!」

僕の名前を聞いて、少女の父親は驚いた顔をする


「君が、エドガー・ユークリッドなのかい?」

「・・・うん。えどがー・ゆーくりっど。ぼくの、なまえ」

「ご両親は?」

「じんしんばいばいに、ころされたらしい」

「・・・君は今までどこにいたんだい?」

「すらむにいた」

「スラム、か」


その単語を聞いて、男性は顔をしかめる

当然の反応だと思った

むしろこの少女が異質なのだ

僕がスラムの孤児だと知っても、何も変わらず厚意的に接してくれるのがおかしいのだ


「アリス、この子はだめだ。スラム街の孤児を置くなんて家の品位を問われてしまう」

「じゃあ、私の誕生日プレゼントとして、エドガーをここに置く権利を頂戴」

「そんなの駄目に決まっているだろう?」


娘の暴走に男性は困り果ててしまう

二人とも貴族らしい言葉遣いで早口で話すものだから、僕には全く話の内容を聞き取ることができない

けれど表情だけでなんとなく察することができる

男性は困り果てているし、少女は必死に何かを訴えている


「でもお父様は何でも好きなものをなんでも一つだけあげるといったじゃない。私はエドガーが欲しいの!」

「人をものみたいに扱ったらいけないよアリス!飽きたら捨てられないんだぞ?」

「私の勘が告げているの!エドガーはちゃんと教養を身に着ければきっとすごいことを成し遂げるって!」

「根拠のないことを告げない!」

「根拠がないなら成し遂げて見せるわ!」


少女は僕の腕を掴んで、男性をにらみつける


「エドガーを凄いことを成し遂げる人間にして見せる!」

「え?」

「なん・・・だって・・・?」


少女がそう告げると同時に、男性の動きが止まる

その様子に何かとんでもないことが起こった気がする・・・僕の心の中はそんな根拠のない感情で埋められていく

男性の動揺を無視して少女は話を続ける


「とりあえず家に置くのは諦めるわ。エドガーには毎日ここに来てもらいましょう」

「・・・アリス、まだその子と接点を持つつもりかい?」

「当然よ」


胸を張って男性に少女は告げる


「・・・言っても聞かなさそうだな」


男性は頭を掻きながらため息を吐く


「いいよ。エドガー君をここにおいても。出入りされるよりはましだ」

「本当?」

「ああ。その代わり、さっき言ったことは守ってもらうよ」


男性は椅子から立ち上がり、僕たちの前に歩いてくる

そして僕たちを見下ろせる位置に立つ


「エドガー君が凄いことを成し遂げる人間になる事。期限はエドガー君が成人する十五歳になるまで。それが守れなかった時にはアリスはトーレイン家から破門。エドガー君はスラムに帰すだけじゃ甘いから「アルフの民」らしい容姿で身体でも売ってもらおうかな」

「・・・破門」

「・・・「ぞうき」うるのかな?」


二人して自分に突き付けられたペナルティを復唱する

もっとも僕は、半分ぐらい理解していないのだが・・・


「・・・わかったわ」

「・・・うるのはいや。なにをやればいいかわかんないけど、がんばる」

「よし。じゃあ誓約書を書いてもらおうか」


男性は机に戻り、羽ペンとインク、そして羊皮紙を持ってくる

そこに男性は文字を書き込み、僕と少女の前に出す


「エドガー君は、文字が読めないんだったね。そもそも私の言葉も聞き取れているのかな?」

「・・・だいたい?」

「大体・・・。では、このようにゆっくりと話したら理解はできるのかい?」

「うん」

「・・・会話は理解できているのか。じゃあ子供でも分かるように説明してあげるよう。ここにね、さっきの約束・・・もし君が偉大なことを成し遂げる人間にが書いてあるんだ」


男性は紙を僕に見せながら、上のほうに書かれた文字を指さす

文字は読めないけれど、男性が指でその該当箇所をなぞってくれるからなんとなくわかる


「さっきの約束は言葉だけで目に見えないということはわかるね?」

「うん」

「これはその約束を目に見えるようにしたんだ。約束が消えないようにね」

「へえ・・・」

「これと同じものをあと二つ作って、僕とアリス、そして君が保持するようにするよ。無くさないようにね」

「うん」


男性は僕の返事を聞いて「・・・物わかりのいい子だな」とつぶやき、羊皮紙に向かって羽ペンを動かす

そして、紙を僕らに見せた


「ユーウェン・トーレイン。ここに僕はサインしたよ。次は君たちの番だ」

「えっと、エドガーは自分で字は書けないよね」

「うん。でもそのかみにかかれていたのがぼくのなまえなんでしょう?」


僕は少女がまだ持っている紙を指さしながら少女に問う


「そうよ」

「じゃあ、みよーみまねでかいてみる」


これから文字を覚えるならば、まずは自分の名前を書けるほうになったほうがいいだろう

これは、誓約以前に練習だ

僕は少女から紙を受け取り、契約書の隣にそれを置いた


『Edgar Euclid』


まだ意味の分からない文字たちに息をのむ

そして男性・・・ユーウェンから羽ペンを受け取り、自分の名前を紙と同じように書いてみることにした

しかし初めて使う羽ペンを上手く扱うことができず、文字は紙に書いてある自分の名前や、ユーウェンの名前のように綺麗に書くことはできなかった


「う・・・」

「初めてにしては上手く書けているほうかな。アリスはこれよりもっと酷かった」

「お父様?」

「ごめん。じゃあアリス、ここに名前を書いて」

「はーい」


少女はさらさらと誓約書に自分の名前を書いていく

トーレインの部分はユーウェンと一緒だ

名前の部分は『Iris』と書かれている

どういう読み方をするのだろうか

ユーウェンが少女を呼ぶ「アリス」とは少し違う気がするのだが・・・


「よし、アリスも書けたね。ではこの紙は私が預かるよ。残り二枚、出来上がり次第また書いてもらうからよろしくね」

「わかった」

「うん」


ユーウェンがそういうと同時に、僕らは返事を返す


「では、部屋に戻って構わないよ。ああそうそう、エドガーの分の部屋を用意しなければいけない

ね。準備ができたらメイドに呼びに行かせるから、それまではアリスの部屋にいなさい」

「うん、わかった」


僕はユーウェンに返事を返す

その後すぐに少女が「行きましょ」と僕の手を引きながら部屋を出ていく


今日から、今までの生活とは真逆の生活が始まる

誓約を、十五になるまでに果たさなければならない

そもそも今、僕は何歳なのだろうか

後で目の前を歩く少女に聞いてみよう

僕は、不安に満ちた生活をいかに過ごすか考えながら、長い長い、子供には少々酷な廊下を少女に手を引かれながら歩いていった

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