2 早朝の一般街と少年の冒険
十九世紀末のアルグステイン王国首都「マレクイエ」
そこのスラム街に、僕は住んでいる
マレクイエの朝はとても早く、朝五時には大体の人が活動を始めている
その理由は陽が出る時間にある
朝五時前に日が昇り始めるのだ
そして夜八時に日が暮れる
この辺りでは最長の日照時間を誇るのがこの「アルグステイン王国」の特徴だ
それ故に、王家の紋章には太陽が彫られている
そういうこともあり、この国では太陽が絶対的な象徴となっている
時刻は朝五時半
朝市は終わりに向かっていた
「はなしこんだせいか・・・」
そこでは既に警察が落とし物を拾って回り、店の人が店先に落ちた食料を掃除していた
「これはしゅうかくなしか・・・」
溜息を吐いて、足元を見る
そこには何も落ちておらずあるのは石で舗装された道だけ
砂利一つ落ちていない
「・・・でもしゅうかくなしはつらい」
ご飯が欲しい
少しでもお金が欲しい
少しでもお金になるようなものが欲しい
その為に、歩き回らないといけない
「よし。きょうはたんさくをしよう」
そう決めて、僕は市街地を歩き始めた
マレクイエはかなり広く、一日では歩き回れない
僕は首都の地図がある広場の方に行くことにした
何処に行くかを、地図を見て大方決めようと思ったからだ
少し歩いて広場に辿り着く
そこには首都の地図が大きく掘られた石板が設置されてある
僕はその前に駆け寄り、地図を見上げた
「ひろい」
地図を見ながら、目についた名称を読もうとするがわからない
けれど、記号だけなら何となくわかる
これは地図を作った書記官が、文字の読み書きができない庶民のためにつけてくれたわかりやすいマークだ
このマークは、スラム街に住んでいるお姉さんたちが僕に教えてくれた
どうやら相手にしている庶民の男たちが教えてくれたらしい
だから情報は正確だろう
十字架のついている建物は「教会」
それを四角で囲んでいる建物は「病院」
帽子のマークをまるで囲んでいるのは「警察署」
それぐらいだろうか
「でも・・・それ以外はまったくわからない」
文字が読めないから、記号以外のものは地図一つ見るのにも苦労する
何処に何があるか分からないし、何が何なのか全く分からない
「・・・しょうがない。てきとうにあるこう」
でも、スラム街に戻れなかったらどうなるだろうか
不安が頭の中で過る
「・・・だいじょうぶ。もどってこれるはず」
不安な自分にそう言い聞かせて、僕は適当に街を歩き始めた
始めてじっくり見る街は、とても綺麗で僕みたいな汚い子供が歩いていい場所じゃないと思ってしまう
街歩く人は皆着飾り、綺麗な洋服を着て、楽しそうな会話をしている
対して、僕の服装はどうだろうか
拾ってきたぼろぼろの服から臭うゴミの臭い
「ふつりあいとはこういうこと・・・」
わかりきっていることにショックを受けながら、僕は街を歩いていく
この場所はスラムと異なり、街中もとてもきれいだ
植物は朝日に照らされ、美しく咲き誇り
水は光を反射して、宝石のように輝いていた
「わあ・・・!」
それら一つ一つはスラムでは絶対に見られないような美しい光景
こうやってもの一つ一つを注目してみる事はなかったからとても新鮮だった
「きれー・・・」
橋を歩いていると、下に川を見つけたので、のぞき込んでみる
そこには沢山の船が浮いていて、水中には魚が泳いでいる
「ふね、うわさにはきいていたけど、おおきいのにうくんだ」
スラム街の孤児で街の情報を交換していた時に、誰か分からないけれど船の事を語った子がいた
その子の話は当時半信半疑で聞いていたが、本当だったとは
大きな箱を半分に切ったような乗り物で、人を乗せることができる
荷物だって運べる。水路さえあればどこにでも行けるんだ
その子は船のことをそう言っていた
箱は重いから沈んでしまうじゃないかと思ったが、本当に船は浮いている
その光景に驚きを隠せずにいた
けれど、僕の興味はすぐに船から、船のそばを泳ぐ魚に移る
そういえばまだ朝ご飯を食べていない
現在進行形でお腹が空腹を訴え続けている
「・・・さかな。とったらおいしいのかな?」
橋から身を乗り出して水路の中をもっとのぞき込んでみる
すると三匹ぐらいの魚が水路を泳いでいた
「でも、ふかそう」
水路の水深は目視ではわからないけれど、僕ぐらいの子供が立つことができないぐらいの深さだということはなんとなくわかった
「・・・やめておこ」
水路で魚を取ることはあきらめて、僕は覗き込むのをやめた
そして僕は橋を渡ってその先の道を歩く
人がだんだん増えてきている気がする
僕と同じ方向に行く人が増えたと思う
なんでだろう
どうしてこんなに人がいるのだろうか
そう疑問を抱きながら僕は前に進んでいく
「・・・わあ」
やっと人が増えていた理由が分かった
橋の先には市場が広がっていた
それが首都最大の市場だと知るのはもう少し先のことだ
「あさいちじゃないのに、あさいちよりすごい」
僕は目を輝かせて周囲を見渡した
これほどの人がいるんだから、朝市以上の落とし物があるかもしれない
この探検は予想以上の収穫かもしれない
これからは朝市以外にも拾い物があるかもしれない
その期待に僕は胸を躍らせた
「よし、いってみよう」
僕は慌ただしい市場の中を歩いて、めぼしいものがないかくまなく探す
しかし、そこは朝市のように最後に警察が出てくるわけではなく、常に歩き回っていた
そして落とし物を見つけたらすぐに回収
店先の方を見て見るが、朝市に比べ店員の数が多い
その為、すぐに落ちてしまったものとかは掃除されてしまう
「・・・ここはない」
その光景を見て、先ほどまで高ぶっていた心はすぐに冷めた
ここで落とし物を拾うことは早々に諦めた方が良さそうだ
僕は人が少ない方に歩いて市場を出る
「つぎはどこにいこうかな・・・」
そう言って僕はまた適当に歩き始める
歩いている先はどんどん静かになっていく
そして気が付けば
「・・・ここはどこだろう」
家ばかりが広がる場所についていた
とりあえず、何かここについてわかる事はないだろうかと周囲を見た
すると、近くにその場所の地図が掲示してあった
僕はその近くに走り寄り、地図を見て見る
そしてそこの左端に地区名が書かれていた
しかし文字が読めないため、具体的な名称は僕にはわからない
「ええっとこれは「く」だから・・・じゅうたくがいってこと、かな?」
少しだけ覚えている文字から場所を考える
それだけじゃわからないので地図から目を離して、家を見て見る
ここの住宅街に建っている家はすべて大きな家に広い庭がある
一般市民は到底住めないような家ばかりだ
「おかねもちのいえ・・・?」
お金持ち・・・貴族が住んでいる上流階級専用の土地
つまりここは「貴族街」
一般市民もだが、スラム街の人間がこの場所に住む人間に見つかったらどんな目に遭わされるかわからない
「いそいでまちにもどろ・・・うわあ!」
街に戻ろうと踵を返した瞬間、強い風が吹く
そして飛んできた木の枝が鞄をかすめていった
そしてそこから鞄に小さな穴が開いてしまう
「うそ、かばんやぶけっ・・・ああ!?」
そしてその穴から名前が書いてある紙が落ち、風に飛ばされた
あれが無くなってしまえば、僕は本当に「名無し」になってしまう
「まって!」
僕は紙を追いかけて貴族街に足を踏み入れていく
そしてそこで僕は自分の人生を変える出会いをすることになる
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今思えば、あの紙を追いかけなければ俺はただの「名無し」としてスラム街で生き、誰にも知られずに死んだだろう
「彼」と共に、これではない別の仕事にでも打ち込んでいただろうか
文字も話せないし、書けないけれど
その生活はある意味面白くて、楽しかったかもしれないと思う
けれど、俺はあの日、紙を追いかけた選択を後悔していない
紙を追いかけたことで、俺の生活は激変したのだ
文字も読める、書ける
特殊な仕事についてたくさんのことを学んだ
けれど紙を追いかけたことで死ななくていい人間が死ぬ羽目になったり
名無しのままだったら失うことがなかったはずものを失ったりした
けれど、それでも構わない
彼女と出会えたから
紙を追いかけなければ、彼女と出会うことすら叶わなかった
だから、後悔はしていない
むしろ、追いかけてよかったと胸を張って言える
これは、そんな選択だった