16 似合わない式礼服と抽選結果
最後の抽選が行われる頃、アイリスの風車は正しい形で完成した
「・・・やっとまともな風車になった」
「曲線を戻すの、大変だった」
「・・・ありがとうございます」
まともな風車を受け取って、アイリスは若干不服そうに頬を膨らませていた
自分の力が一切入っていない手作りの風車
それはもうアイリスが組み立てた風車ではなく、俺とカテリア先生が組み立てた風車となっていた
「アイリス、アイリス。それを頂戴?」
「・・・いいけど、なんで?」
「その代わり、これを貰ってほしいから」
そう言って、俺はアイリスに自分が組み立てた風車を手渡す
「なんで・・・」
「いつか、僕がそれを部品から作り出したものをプレゼントするから、それは仮で」
「・・・わかった。ありがとう」
アイリスと風車を交換し、俺はカテリア先生と合作の風車を
アイリスは俺が組み立てた風車を持つことになった
「なあ、エドガー」
「何?」
「抽選結果がよくても悪くても、確認した後ここに戻ってきてくれないか?」
少し真剣みを帯びた表情でカテリア先生はそう俺に告げる
別に避ける理由はなかったので、俺はその問いに対して首を縦に振る
「いいよ。けど、何をするの?」
「ちょっと、話をしたいんだ。ダメか?」
「別にいいよ。確認したら戻ってくるね。アイリス、行こう」
「ええ。行きましょうか」
アイリスと共に工房を出て、抽選結果が張り出される
そこには・・・
「四桁は一つだけ、ね」
「2234・・・見間違いじゃない?」
俺とアイリスは抽選券の番号と、掲示されている番号を何度も見返す
2234。掲示板の番号と紙に書かれた番号は一致している
「見間違いなわけないわ!当たったわよ、エドガー!」
「最後の最後・・・やったね、アイリス」
最後の最後に、俺たちは気球に乗れる権利を手に入れた
興奮が収まらないまま、俺たちはカテリア先生に当選したことを報告する
「おうおう。よかったな」
「七時からなのよ。遅刻したらダメなのよ!」
「絶対絶対ゆとりを持たないとだね」
「二人とも落ち着け。そのテンションで気球に乗ったら間違いなく怒られるぞ」
収まらないテンションをカテリア先生から強制的に下げられる
何度か深呼吸をさせられて、俺もアイリスも落ち着きを取り戻していく
「・・・落ち着いたか?」
「少しは」
「・・・私も、だいぶ」
「それなら話せそうかな。遅刻しないように手短に話すけどさ、エドガー」
「何?」
カテリア先生は真面目な顔で俺を見る
その目は子供を見る目でも、客を見る目でもない
「お前、俺の弟子になる気はないか?」
「・・・弟子?」
「そうそう。そこのお嬢さんが許可したら、だけどな」
カテリア先生が告げたのは、当時の俺の今を変える言葉
アイリスを一瞥する。確かに俺はトーレインの居候扱い、でいいのかわからないけれど、少なくともトーレイン家に世話になっているので何をするにも一度トーレインの人間の許可は取らないといけないだろう
しかし、最終的な決定は俺自身がしなければならない
「どうして?」
「お前のその器用さを伸ばしたい。それに、子供にしては受け答えがしっかりしている。知恵も少々回るだろ?」
「・・・さあ、どうだろう」
「給料も出す。俺が持つモノづくりの知識もお前にすべて叩き込む」
「もの、づくり」
「そう。風車で興味出たか?」
カテリア先生の言葉は否定しない
けれど、もし自分で作れるのなら・・・そうしたいと思っていた夢への一歩を踏み出せるのではないかと思ったのだ
「金属加工も教えてもらえる?」
「おう。種類もきちんとな。で、なんで金属なんだ?」
「僕はいつか空を飛びたいから」
「気球じゃ、ダメなのか?」
「ダメ。あの気球より早く、高く、自在に飛べる鳥のようなものを作りたい」
「空に浮くにしては・・・鉄じゃ重すぎないか?」
「強度の問題。木じゃ脆いし。重すぎるのなら、薄く加工する技術から見つける」
「その為には?」
「学べる技術は学ぶ。知識は多ければ多いほど得をするだろうから」
「つまり俺に弟子入り?」
「カテリアがいいというのなら、ぜひともご指導ご鞭撻をお願いしたい」
そう告げると、隣のアイリスは即決するとは思ってなくて、とても驚いた顔をしていた
カテリア先生はというと、嬉しそうに俺を抱きあげてくるくる回り始めた
後にも先にも、カテリア先生に弟子入りを希望した人間は何人かいたそうだ
しかし、カテリア先生は「弟子は自分で決める」と言い張って、弟子入りしようと工房に訪れた人間の弟子入りを全蹴りしていたそうなのだ
その為、俺の兄弟子弟弟子は存在しない
カテリア・オーグハインの弟子は過去にも未来にも俺一人だけだ
「遂にほしい奴が弟子入りしてくれたぁー!」
「ちょ、まっ!?」
カテリア先生の回転は速く、その周辺をアイリスが不安そうにあたふたしている
回転のせいで目が回るのを避けるために、衝動的に俺は目を閉じた
・・・・・・・・・・
それが、カテリア先生に弟子入りする経緯である
ただの勧誘がまさかここまでになるなんて当時の俺は思っていなかっただろう
皺ひとつない真白のワイシャツへ腕を通しながらしみじみと思う
いつものサスペンダーは既定ではないが、つけてもバレやしないだろう
ズボンと同じ深緑色のベスト、それを着用するのならばサスペンダーを付けていようがわからない
それから、ポンチョのような上着を羽織る
上着の端には、初代国王が好んだとされる黒曜石が付いていた
その先はこれまた深緑色のリボンが付いている
この式礼服は、王立の機関に所属する人間に共通している
唯一異なる点があるとするならば、機関ごとに先端につくリボンの色が異なることぐらいだろう
王立工房の旗の色は緑色
かつてカテリア先生が語った色と同じリボンが服の先端についているのだ
それを見るたびに俺はもうカテリア工房の技師ではなく、王立工房の技師なのだと思わされる
最後にベレー帽。これまた先に緑のリボンがついている
鏡を見ながらズレている部分を直していき、完成だ
「・・・これでいいのだろうか」
正直言おう。カテリア先生がこの式礼服を着ている姿が想像できない
初等学校の制服並みに可愛らしいイメージの服装は、俺でも酷い具合の似合わなさだ
逆にアイリスが来たら似合うぐらいの勢いだ
「・・・酷いな」
とりあえず丈は丁度だったと報告しにいかねばならない
奥の部屋から、元居た場所に戻る
「・・・・」
「・・・・戻ったか、エドガー」
「はい。サイズは丁度でした。問題ないかと」
一応、異常がないか一通り確認してもらう
そんな中、ハイネが背後でぼそりと一言
「・・・お前はいけるな」
「・・・何か言ったか、ハイネ」
「いや。カテリアさんの式礼服がインパクトデカかったから・・・エドガーはまだかわいらしいなと・・・お前も大概だが、カテリアさんよりはマシだ」
「・・・」
その姿を思い出したのか、ハイネは何となくうんざりした表情を浮かべていた
カテリア先生も酷かった自覚があるのか、何とも言えない様子で唸っていた
「・・・酷かったぜ。ボタンが全部消えたからな」
「そう、ですか・・・式礼服、間に合うといいですね」
試着時点で式礼服が大破したなんて思っていなかったが、そう言うこともあるだろうと自分を納得させる。本来ならないだろうけど
「ああ。そうだな。しかしまあ、もっと丈夫に・・・」
作ってくれればいいのに、と続けようとしたカテリア先生を邪魔するように鐘がなる
夜を告げる鐘
と、言っても外はまだ明るい。アルグステイン王国は日照時間が長いから
これから日が落ちていく
この金を目途に人々は日中の仕事を収めて、休みに入るのだ
「夜告げの鐘が鳴ったが・・・お前らはどうする?このまま酒飲むか?」
「すみません。これからアイリスとの約束があるので。どうやらシリウスとイベルタが来るようで」
「シリウスって、セレストハイム子爵家から今年出たって噂の書記官か?」
「そうです。あの男も同時期に王立所属に・・・王立議事堂の書記官なんかになるとは思っていませんでした」
風祭の日に俺に絡んできた貴族「シリウス・セレストハイム」
あの時のクソガキは性格がかなり丸くなっており、今じゃどこにでもいる好青年だ
もっとも、そうならざるおえない出来事が風祭の後に発生している
「とりあえず、あの馬鹿のお祝いに顔を見せてやらないといけませんので帰ります。式礼服はそのまま着ていきます。自慢してやるので」
「・・・相変わらず扱い酷いな」
ハイネの呟きを聞こえないふりする
シリウスはあの一件があるから苦手という訳ではない
関わってみればただのアホ。救いようのないぐらいの純粋無垢な馬鹿。むしろ扱いやすい部類の男だ
同時に、何よりも・・・自分の懐に入ったものを宝物のように大事にする人情がある男
だからこそ、完全には憎めない
清々しくクズであってくれれば、俺も・・・それなりの行動をしても罪悪感が出なかったのに中途半端にいい奴であったから・・・俺はある計画を止める決意をした
後は、アイリスさえ諦めてくれれば、それでいいのだ
アイリスは確かに「行き遅れ」だ。しかし、相手がいないとは言ってない
少なくともアイリスだって貴族の一人。婚約者の一人ぐらい存在する
それが偶然にも、父親同士の関係性から「シリウス」になってしまっただけの話だ
諦めたつもりで諦められていない自分にうんざりしながらも、カテリア先生とハイネにお礼を言ってトーレイン家への帰路を歩いた
会いたくない人間と、好きな人間が待つあの家に




