15 祝賀会もどきと風車
キリのいい場所で日記を読み返すのをやめて、俺はある人の元へと向かう
時間指定された挨拶というか、祝賀会みたいなものに参加しなければならないから
「先生」
「お、エドガーか。入れ!」
俺が会いに行ったのは「カテリア・オーグハイン」
俺の先生であり、師匠である技師だ
風祭の日に出会った彼と、師弟関係になってから約八年
その隣にはなぜか・・・
「なぜ、お前がいるんだ?ハイネ」
同じく、あの日出会ったハイネも当然のごとく工房の中で待っていた
喫茶店の常連と化したりした結果か、交友は今もなお続いている
こんなに長い関係になるとは思っていなかった
「お前とカテリアさんの昇進祝いに来たんだよ。二人は常連さんだからな」
「そりゃどうも」
空いた席に腰かけ、木箱の上に広げられた食事からピーナッツバターのサンドを手に取って口に入れる
「カテリアさんは意外でしたね。王立工房入り何度も断っていたんでしょう?なぜエドガーがスカウトされたタイミングで?」
ハイネの言う通り、カテリア先生はずっと王立工房のスカウトを蹴り続けていた
しかし俺と同時にスカウトを受け、共に工房入りを果たしたのだ
「ハイネ、知らんのか?」
「何がです?」
「知らんならいい。俺が工房入りを受け入れたのは、こいつの夢を共に追いたくなったんだよ。久々に熱くなるでっかい夢だ!」
カテリア先生の手が俺の背を勢いよく叩いた
その衝撃で飲み込んだサンドが飛び出そうになるが必死に抑える
「ハイネ。こいつは常にやる気のなさそうな顔だが・・・中身は真逆で熱い奴だぞ」
「確かに、エドガーは常にやる気がなさそうですけど、カテリアさんみたく熱くなるんですか?想像つかないんですけど」
「二人揃って人の事をなんだと思っているんだ。反論はしないが」
無気力自堕落やる気がないという言葉がとっても似合う男になるなんて思わなかったと、アイリスから先日叱られたばかりだ
アイリスが言うならば、他の人からもそう見えているのだろう
なので、俺から反論することは一つもない
自分の中に、自覚症状もきちんとあるから
最近、よく眠るようになったことぐらいは自覚している
頭を使った後なんて特に
・・・タイムリミットは、着実に近づいている
その自覚はきちんと俺の中に芽生えていた
少しだけ伸ばした髪に触れる
本当なら、伸ばす気はなかったのだが・・・一種の戒めとして目に見える位置に来るようにそれを伸ばした
白い髪が揺れる
老人のように白い髪は、自分の後先が短いことを俺に痛感させた
「まあなんだ。常日頃から無気力昼寝大好きエドガーも、女が絡めばかなり動く。惚れた女の為なら猶更だ」
「誰がいつ、惚れたといいましたか」
「隠さなくていいよ。バレバレだよ。むしろ隠しているつもりなエドガーに驚きだよ」
「うるさいハイネ。溶鉱炉に沈めてやろうか」
「勘弁しろよ、エドガー」
「落ち着けエドガー。そんなことを言うやつは俺直々に製錬所に投げ入れるぞ」
「勘弁してください、先生」
「カテリアさん。俺のことは気にしないでください。続けるなら俺が加工します」
「勘弁しろって、ハイネ」
堂々巡りで会話をしつつ、祝賀会もどきは進んでいく
「ところで、エドガー」
「なんです」
カテリア先生は何かを思い出したかのように立ち上がり、奥の部屋からそれを持ってくる
「お前の式礼服届いていたぞ。合わせてみるか?」
「いいんですか?」
「ああ。ぶかぶかだったりしたら大変だからな」
「じゃあ、着てみます」
「ここで着替えるか?」
「ハイネが筋肉量でマウント取ってくるので奥の部屋借ります」
「お前はそこそこだろ。もっと筋肉つけろ。もっと食べろ。もっと太れ。ハイネは喫茶店の店主にしては見栄えが悪くなるからこれ以上増やすな」
「筋肉は全ての男が持つロマンじゃないですか!」
「な訳あるか。仕事に必要な筋力を構成するものだよ。エドガーは奥の部屋使って着替えてこい。その間にハイネに筋肉を説くから」
「お願いします」
カテリア先生が持ってきてくれた箱を片手に俺は奥の部屋に行く
奥の部屋は、俺が泊まり込みをする時に借りていた小さな部屋だ
そこには、紙切れが数枚落ちている
今回は、ここにこれを取りに来たというのもあるだろう
これは俺の日記の一部だ
ここに来てから数年の出来事を綴ったものばかり
それをポケットに入れて、部屋から見える風景を一瞥する
もうじき、この工房はカテリア先生のものではなくなる
昔は民間の工房も多かったのだが、最近は公営の工房が力を付けてきて、民間に依頼が来ることが少なくなっていた
この工房は、他の工房より影響は少なかったがやはり不況の中、やりくりが難しくなっていたというのは事実だ
彼自身が言わなくても、俺はカテリア先生の工房入りの理由に、それが入っていないとは思っていない
着替えるためにサスペンダーを外す
このサスペンダーは、あの日、先生がくれたものだった
紙切れの中の、七歳児の俺が残した記憶をもとに、かつての記憶を辿る
・・・・・・・・・・・・・・・
七歳の俺はカテリア先生の挨拶を聞いた後、彼から再び軽々と持ち上げられて工房の中に入った
アイリスは若干慌て気味についてきてくれる
「ほら、ちびっ子。これが材料だ。お嬢ちゃんも」
「うん」
「ありがとう、ございます」
俺とアイリスの前に木箱が置かれる
その中には、接着剤や木材などすでに加工が済んでいる材料が雑に入れられていた
よく見ると、材料は一つ一つ番号が振られている
「作り方は簡単。同じ番号同士を接着剤でくっつけるだけだ」
「思っていたよりも簡単ですね。これは全て、貴方が?」
「ああ。今日の為に何百個も切り分けたんだぜ。だけど客はまだ二人だ!」
・・・僕たちだけ、なんてはきはきとしている彼の前で言えるはずもなく
初めてのお客さんとして、俺とアイリスは顔を見合わせて風車の模型を黙々と作ることにした
二時間後・・・
合間に抽選の確認に行ったが、五時と六時の回の抽選は外れていた
後は、七時の抽選のみ
「ちびっ子、それ・・・」
「どうしたの?」
「綺麗にできてるな」
「カトリアの、パーツの切り方が上手だったから組み立てるの、すごく簡単だった」
カトリア先生の手に置かれたのは、俺が作った風車の模型
パーツが綺麗に切られていたおかげで簡単に組み立てることができた
「結構難しいと思ったんだけどな・・・こうも簡単に完成させてくれるとは。予定では半日かかるんだが・・・それを二時間か」
「それを祭りの出店で出すのはどうなの?」
「まあそんなきついこと言うなって」
「・・・エドガー」
パーツを片手に、若干半泣き状態でアイリスは俺に助けを求めてきた
今も治っていないのだが、彼女の手先は異様に不器用であり・・・
同じような部品を与えられ、同じように作っていたはずなのに
気が付けば、アイリスの風車は魔物のように蠢いた形をしていた
「けど、なにがどうしてこうなったみたいな形状になるのは予想外だよな?」
「一応聞くけど、アイリスと僕が作ったものは同じものなんだよね」
「ああ。パーツも部品差はあるが、同じ寸法だ」
「それならおかしいよ。曲線パーツはなかったはずなのに、アイリスのまも・・・風車の首は綺麗な曲線を描いてるよ」
「むしろあれをどう作り上げたのか教えてほしいな」
二人してアイリスが作り上げた魔物を覗き込む
「ふ、二人とも!笑ってないでどうしたらいいか教えてよ!」
彼女の抗議の声は、今の俺たちには入ってこない
それをやっと聞き届けた俺たちはアイリス代わりに風車の修正をしつつ、時間を過ごす
彼女の風車がまっとうな形で完成する頃は、夕方六時の事
七時の抽選が行われる時間ぐらいだった




