10 風祭(ル・ヴォン・フェスタ)
まず、どこから話をしなければならないだろうか
四月まで時間はかなりある。昔を振り返るというのも悪くはない
自室の隅に置いている木箱
その中から過去に書いていた日記を取り出し、それを開く
そこに書かれていたのは、凄く汚い子供の俺の字だ
「読みにくい・・・」
子供が書いた字だから仕方ないとは思うが、ゆっくり読み解いていこう
時間はあるのだから
まずは俺が技師という仕事につくまでの話をしなければならないだろう
四歳児の俺はあの後、空を飛ぶために必要な情報を探し出した
そして、様々な知識を得つつ、技師の道へ足を踏み入れるキッカケになった話をしよう
あの日のことを思い出しつつ過去を振り返るとしよう
これは俺が七歳。アイリスが十三歳
その年の秋のことだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日も書庫で本を読みながら、空を飛ぶ方法を模索する
蝋でできた翼も葉でできた翼も・・・太陽を象徴とするこの国では、語られた神話のように燃えつきてしまうだろう
いっそのこと、この国が常に夜ならば・・・と思うが、それこそユピテルが生きていた時代と同じような感じになるだろう
一寸先すら見えなくなるような空を飛びたいとは思わない
・・・だからと言って、鳥のように羽ばたけるかと言われたら人間では限界がある
鳥と人間では腕の構造が違う
人の腕は羽ばたくようにはできていない
次に紙飛行機
それでは持続性がない。長時間飛ぶ必要があり、その上に人も乗るのだ
絵本の中でしかありえないような話だ。現実的ではない
そういえば、これは紙飛行機というのだが・・・紙ではない飛行機はあるのだろうか
東洋の歴史は少し難しいもので、翻訳も若干曖昧だ
先に、東洋の漢語という文字を学ぶのが先決かもしれない
それに、東洋には「凧」というものもあるそうだが・・・それも風に任せて浮かせることしかできないみたいだ
風がやめば、落ちてしまう
それでは意味がない
理想は、二人ぐらいが乗れるもので、持続的に空を飛べるもの
そして操縦が可能なものだ
理想には遠く、なかなかそれに触れることすらできない
「むう・・・」
「どうしたの、エドガー」
様々な本を読んでも、御伽噺で通用するような空を飛ぶ方法に関する記述しか載っていない
むしろ、本を頼るのがダメなのだろうか
「エドガー」
自分で考える・・・にしても限度がある
そういえばこの前、新聞に「空へ浮き上がる籠」のことに関しての記述があった
それを参考にするというのはどうだろうか
これは決して・・・丸パクリをしようという考えではない
影響を受けて、想像するのも必要だろう
ただでさえ俺は知識が乏しい。まずは学ぶことを優先的に・・・
「エドガー、聞いているの?」
「え、あ・・・アイリス?」
耳元で声をかけられれば流石に驚く
声をかけられた右耳を抑えながら、声のした方へ向く
そこには不機嫌そうに頬を風船のように膨らませたアイリスが俺を睨むように立っていた
「何度も声をかけたのよ。無視するなんて酷いわ」
「ご、ごめん・・・集中していた」
「貴方はいつも集中したら周りの声が聞こえなくなるわよね。どうなの、最近は」
「・・・未だに具体策が思いつかない」
ここに来て三年経っても、こうして悩みを打ち明けられるのはアイリスだけだった
それは十五歳になった今でも変わらない
アイリスもまた、彼女の興味関心の大半は俺の方に向けられていた
しかし、外の交友関係は凄まじいものだった
常にパーティーや茶会にお招きされ、招いていた記憶がある
しかし彼女は当時、中等学舎の交友関係は、とても煩わしいと言っていた
派閥がどうとか、家柄がどうとか、支援額のカーストだとか・・・親の力を自慢する子供の姿が凄く間抜けに見えたらしい
それならなぜ、交友関係は広く・・・間抜けと思った貴族たちの招待に乗っていたのか
その理由は全て俺にある
その話は、来るべき時にしようと思う
「そう。じゃあ、気分転換にお出かけする?」
「僕の外出をユーウェンが許してくれると思う?」
「大丈夫よ。周囲にはエドガーのことは海外にいる親戚の息子を預かっているという設定にするから」
「・・・無茶だ。アルグステイン王国の外でやるならともかく、中でやるなんて・・・スラム街の人間に声をかけられたら一発で終わりだよ」
三年経っても、忘れるわけがない
自分でも思うが、白銀の髪に青い目
嫌でも目を引く特徴だと思う
しかも、俺の容姿に目を付けて一部を売ろうとしていたアルベルト
奴が、俺の存在に気が付かないわけがないのだ
三年前のユーウェンが提示した、屋敷の外から出さない方針のままが俺にとっては都合がいい
「大丈夫よ」
「根拠もない大丈夫は使わないで」
「ル・ヴォン・フェスタには色々な国から人が来るのよ。確かにエドガーは特徴的な容姿をしているけれど、きっと、似たような容姿を持つ人なんて沢山来るわ」
アイリスは嬉しそうに、風車の絵が書かれたチラシを俺に押し付けた
「・・・ねえ、アイリス」
「何かしら、エドガー」
「さっきから言ってる、その「ル・ヴォン・フェスタ」って何?」
「・・・知らないの?」
「知らない。だから、教えて」
「勿論よ」
今度は、俺に見えるようにチラシをアイリスは手渡してくれる
俺はそれを見ながらアイリスの説明を聞いた
「風祭。年に一度行われる、このアルグステイン王国の「風」に感謝するお祭りなの」
「なんで風に感謝を?」
アルグステイン王国の象徴は太陽のはずだ
太陽に感謝する祭りならば納得なのだが・・・なぜ、風なのだろう
「この国の象徴は知っての通り「太陽」よね」
「そうだね」
「でもね、この国の発展は風なしではありえなかったの」
そう言ってアイリスは立ち上がり、本棚の方へ向かう
そこから取り出したのは、風車と小麦挽きの本だった
「エドガーは毎日パンを食べているわよね」
「うん。ふわふわカリカリ」
「そうそう。で、パンを作っているのが小麦粉というもので、元は小麦という穀物なの」
「パンの元は粉で、粉の元は穀物だった・・・・」
「そうそう。でね、その穀物が広大な土地と暖かな気候を持つアルグステイン王国の特産品なの」
「へえ・・・」
「小麦を粉にするまでに凄く大変な作業があるの」
「挽く作業?」
「・・・なんでそこだけ知ってるのよ」
「昔、風車に忍び込んだことがあるから」
「・・・犯罪よ、それ。まあ、聞かなかったことにするわ」
「助かるよ」
「で、それを風車で補っているんだけど・・・風車を動かすには風が必要なの」
「・・・だから、風なしで発展はあり得なかったってことなの?」
「そういうこと。他にも、この国は風車の動力で様々なものを動かしているわ。この国の発展に多大な恩恵を与えてくれた風に感謝を伝えるために、年に一度、このお祭が開かれるの!」
目を輝かせて伝えてくれたアイリス
若干興奮気味で怖かったけど、それほど彼女にとって楽しみな祭りなのだろうと思うことにした
「でも、なんでそんなお祭りのことを知らなかったんだろう。毎年開かれる伝統的なお祭りって感じなのに」
「今までは、伝統的な静かで堅苦しいお祭りだったの。でも、今年は一味違うわ!」
チラシを見るように促され、俺は視線をチラシに写す
そこには、大きな風船に籠を付けたようなものが書かれていた
新聞で見たものと同じ
空へ浮き上がる籠だ
「気球って言うのよ」
「気球・・・」
「異国で開発された、熱エネルギー?を使って空を飛ぶものらしいの」
「これ、コントロールできるの?」
「・・・さあ」
「できないなら、個人的には意味がな・・・」
「で、でも!空を飛ぶのよ?貴方の夢の一歩として参考になるんじゃないかなって思ったの!」
アイリスは若干慌て気味で俺の言葉を遮る
「ねえアイリス」
「な、何かしら」
「君のことだからどうせ、気球に乗ってみたいんでしょう?」
「な、何のことかしら・・・?」
「チラシと顔に書いてあるよ」
今度は俺がアイリスにチラシを見せる番
その隅にはきちんと、気球試乗会を開催する旨が記載されている
先着のペアに試乗権が与えられるらしい
それに、アイリスの顔は「乗りたい!」と目線と表情で訴えてきている
これで、彼女の内心に気が付かない方がおかしいぐらいだ
「そ、そうよ・・・私は、気球にエドガーと乗りたいなって思ってたわよ。でも、貴方の参考になるのかなって言うのは本当なんだから!」
「・・・それなら、まあ」
「いいの?」
「ユーウェンの許しが出たらね」
「本当!?ありがとう!」
アイリスは嬉しそうに俺に抱き着いた
「抱き着かないでよ、アイリス」
「あら、昔は嬉しそうにしていたじゃない」
「昔は昔、今は今・・・」
彼女の腕から抜け出す
その体温が名残惜しいと思いつつ、頭を振って雑念を飛ばす
「むやみやたらに抱き着かないで。僕はともかく、他の人にしたら、ダメ」
「・・・貴方以外にする気はないけど?」
「なら、いいかも?」
「じゃあ、さっきの続きね!」
自分の失言を後悔しつつ、俺の身体は再び彼女の腕の中に戻される
三年経って少しは大きくなったけど、十三歳の彼女に比べたらまだ一回り以上小さい
成長期はまだまだ先
それまでは彼女にされるがまま、こうやって抱き着かれるのだろう
それに若干の不満を抱きつつ、当時の俺は諦めて目を閉じた




