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技師と花束  作者: 鳥路
4歳編  スラム街の名無し少年
1/17

1   眠るスラム街と名無しの少年

四月の早朝四時

日が昇る前から僕たちの生活は始まる


「んん・・・」


寝ぼけたまま寝床にしている子供二人分入るぐらいの木箱を出た

そしてそれが設置されているのはスラム街の端にある広い路地だ

僕はここに産まれた時から住んでいるスラム街の孤児

僕の両親は人身売買の組織に殺されたと聞いた

そして僕だけがスラム街に連れてこられてしまったらしい

だから、名前がわからない

名前と誕生日、年齢と両親と思われる人の名前が書かれた紙は持っているのだが、このスラム街で文字を読み書きできる人間はそうそういない

最初は知りたいと思ったが、だんだん面倒くさくなってきて名前を知ろうという考えは徐々に心の中から消えていた


「はー・・・」


朝日はこの場所には差し込むことはなく、まだ外は冷え切っていた

息を吐くとまだ白い息が出る

まだ冬のように寒い事をそれは示しているようにも思えたがもう季節は春だ

この国は、四季がはっきりとしているため春になったら春らしくちゃんとなる

春に冬のような温度なのは朝方の、日も差し込まないような薄暗い路地だけだ


「いいてんき」


建物の隙間から見える青空を見あげた

そこには、薄い青が広がり、朝日の光が空を照らしていた


「さて、じゅんび」


両手で頬を叩いて気合を入れる

そしてまた寝床に戻り、荷物を取り出す

拾い物の大きなカバン

同じく拾い物の汚れた毛布

ボタンとか野草とか、あまり役に立ちそうにないもの

一張羅の薄汚れた服と、最近拾ったぶかぶかな上着

最近川で洗った古い靴

そして自分の名前と誕生日と年齢、両親の名前らしきものとかが書いてある紙

それが僕の全財産だった

その全財産を、鞄の中に全て入れ込むのは取られないようにするために

スラム街では泥棒されるのなんて当たり前

取られて後悔する前に、取られない工夫をするのが優先されていた

全ての荷物を鞄に入れ終わり、上着を羽織る


「じゅんび、おわり」


鞄を肩にかけて、木箱の出入り口を塞いだ

ここは僕の寝床なのに、たまに知らない子供が入り込んでいる時があるから、こうやって開いていない空の木箱に見せるようにしている

そうしたら勘違いして入ってくる子供はいないし、追い出さないといけないこともない

向こうも困らないし、僕も無駄なことをしなくてもいい・・・一石二鳥というやつだ

木箱の出入り口の板が勝手に倒れないことを確認して、僕は木箱を離れる

そして今いる薄暗い路地を出て、スラム街の中心に向かって歩く

そこにはすでに何人かの大人がいた


「よお「名無し」」

「おはよう、おじさん。いまからねるの?」


声をかけられる

そこにいたのは夜に酒屋を経営しているおじさんだった

名無しという名称は僕の事を指している

名前がないから「名無し」

最も、僕と同じ名無しの子供はこのスラム街にたくさんいるのだが


「ああ。やっと仕事が終わったからな」

「おつかれさま」

「名無しは今から出勤か?ご苦労だな」

「あさいち、いっぱいおちてる」

「ものとか食料とか?」


おじさんの問いに僕は頷く

この国の、この首都の朝市にはたくさんの人と物が集まる

その為持ち主不明の落とし物や、偶然落ちて駄目になった食料などがたくさん出てくる

落し物は売ってお金にできるし、駄目になった食料も食べられないこともない

朝市は僕にとって宝箱みたいなものだ

朝市が行われない雨の日以外は必ず出向くようにしている


「そうか。朝市の落とし物か・・・確かに、落とし物がかなり多い上に掃除もなかなかされないし、警察も巡回していない。いい稼ぎ場だよな」

「そうそう。あ、そろそろはじまるからいくね」


スラム街の路地からでも見える、この国一番の時計塔を指さす

時刻は五時少し前

そろそろ行かないと朝市が始まってしまう


「おお、行ってこい!いっぱい拾って来いよ!」

「いってきます」


おじさんに手を振りながら踵を返し、僕は走り始める

目指すは首都中央広場

走りながらスラム街に住んでいる人たちとすれ違う

生きていることを諦めている人たち

お腹を空かせて蹲る人たち

法に縛られないことを良い事に好き勝手にやっている人たち

香水の匂いがキツイ人たち

口から泡を出して倒れている人

白目になって地面に這いつくばる人

こんな場所でも楽しそうに生きている人たち

仕事道具を手入れする人たち

そしてこんな場所でも、強く逞しく生きている人たち

こんな小さなスラム街でも皆、違った生き方をしている

もうすぐスラム街の出口につく

そこから先は「普通の街」

スラム街のような暗部ではなく、ごく普通の生活を営む住民が住んでいる街だ


「よお、名無し」

「・・・なに?」


出口の近くで後ろから声をかけられる

もしかしたら市街地帰りと思われて、持ってきた物を横取りされるかもしれないと思い僕は鞄を抱えながら声の主がいる後ろを振り返った

しかしそこにいたのは僕の予想とは違い、見知った人物だった


「生きてたんだな」


彼は僕に向かって手を振りながらこちらにゆっくり歩み寄ってきた


「そっちこそ、いきてたんだね。アルベルト」


スラム街はやはり弱肉強食の世界みたいなところがあり、弱い女子供は虐げられる事が多かった

女性の場合は生き抜く知恵を振り絞って生き延びていたが、子供はそうはいかない

子供は大人の機嫌を損ねたらすぐに殺されてしまうようなところだった

他の所は分からないけれど、特にこの場所はその傾向が酷かった

その為、大人に殴られて殺されたと思われる子供の死体が毎日必ず一つは見つかる

だから子供同士の挨拶はまず「生存確認」から始まるのが、この場所の子供同士での決まりだった

僕に声をかけてきた彼の名前は「アルベルト」

このスラム街に住んでいる十代後半の青年だ

この場所に住んでいる人間にしては珍しく、面倒見が良い事で有名で周囲から「早死にしそうだ」と言われていた


「まあな。しぶとくやってるよ」


アルベルトは笑みを浮かべながら僕の前でしゃがんだ

そして目線が僕と同じ高さになる


「相変わらず綺麗な容姿だな。珍しい色の髪に瞳だしな」

「・・・そうなの?」


アルベルトの主な商売は「人身売買」

人を奴隷として売買する人として働いていた

そんな彼が綺麗な容姿だと褒めるのだから、よっぽど綺麗なのだろう

自分では思った事はないが


「銀色の髪に、青の瞳・・・いつも思うが、これは絶滅したといわれる「アルフの民」の特徴だよな・・・」

「アルフのたみ?それって・・・」


聞きなれない単語を聞いたので、アルベルトに問うが、アルベルトは手を前に出し、僕の言葉を止めた


「ああ、こっちの話だよ。気にすんな。いやーこのまま大きくなったら・・・アルフの民の通りなら美人さんに育つよな・・・おい」

「いやだよ」

「うわ、こいつ全部聞く前に断りやがった」


アルベルトの言う事なんていつも決まっているから、先に断りを入れておく


「ぼく、からだのどこもうらないからね?」

「ええ!?お前なら自分自身だろうが一部だろうがどこを売っても高値で売れるはずなのになあ・・・残念だ」


アルベルトの人身売買は、人身売買であって人身売買ではない

人身売買といっても様々な種類がある

例えば人を奴隷とし、貴族に売りつけるもの・・・この仲介人に当たるブローカーに両親は捕まって奴隷にされたらしい

そして、人間の一部を売るもの

アルベルトが当てはまるのはそれである

綺麗な容姿や、健康状態のいい人間を集め、指とか内臓とか瞳とかを売るのが彼の仕事だ


「いたいだろうし、ぼくまだしにたくないもん」

「死なない程度にやるからさ!先っちょだけ!せめて指の先っちょだけでも!」

「やだやだ」

「それに、その容姿だし貴族様に売られたらさぞかしいい生活でも送れるんじゃないのか?絶対気に入られるよ」

「やだー・・・きぞくこわいもん・・・やだやだ」

「俺ならお前を幸せにしてくれそうな貴族に奴隷で売るぞ!約束する!」

「そんな、きぞくは、いない」

「うわ、正論来た」

「ひとをかうひと、ろくでなし」

「ですよね」

「じゃあ肉体は売らないから、一部だけでも・・・」

「やだやだ」


アルベルトの勧誘がうざくなってきたため、僕は彼の言葉を適当に受け流して前へと進む

アルベルトのせいでだいぶ時間に遅れが生じている

このままじゃ朝市が終わって、警察が落とし物を拾って、店が落ちたものを片付けてしまうじゃないか


「・・・そこまで嫌なの?」

「やだ!」


そう言うとアルベルトはショックだったのかその場に膝をついて泣き始める


「名無しが・・・身体売ってくれない・・・!」

「・・・うらないよ?」


泣いて叫んだら同情されて「売る」と口から出まかせには絶対に言ったらいけない

それがこいつの策略なのだから


「くそっ・・・」

「ねえ、そろそろいっていい?」

「いや、まだ行くな!」

「まだなにかあるの・・・?」


早く朝市に行きたいけれど、この調子じゃ行かせてくれないだろうな

もう出口は目の前だというのに、とんでもない足止めをくらってしまった


「お前と同い年の女の子、確か名前は・・・「リリノ」覚えてるか?」


アルベルトの問いかけに僕は首を振る

リリノという名の知り合いどころか、女の子の知り合いは存在しない

それを見たアルベルトは「やっぱりな」という


「お前はあまり自分以外の興味がなかったししょうがないな」

「そのこ、しんだの?」


さりげなく問うと、アルベルトは「ああ」と言って肯定する


「大人たちに殴り殺されていた」


それを聞いて、僕は息をのむ


「ばしょは・・・?」

「お前の家の近くだった」


場所を聞いて、思い当たることを思い出す

でも昨日は早く寝てしまっている

目が覚めたら朝だったので、夜中起きたということはない


「だから、お前、昨日の夜のこと何か知らないかなって思ってさ」

「・・・ごめん。わからない」

「そうか。でさ、もう少ししたら遺体の処理と、物の分配が始まるんだがどうする?行くなら連れて行ってやるぞ」

「・・・いかない。つかいどころないし」


男の僕には女の子のものは使いどころがないし、扱いがいまいちわからないものもある

それに、私の物だといちゃもんをつけられて横取りされる可能性もあるから、なるべく女の子のものは収集しないことにしていた


「でも売れる物もあるかもしれないぞ。リリノは貴族の所に行って宝石を盗んできていたから」


宝石という魅力的な単語に気をつられそうになるが、すぐに雑念を取り払う

宝石一つあれば子供ならスラム街の生活から脱出できる金額に換金できる

けれど、どうせすぐに大人が奪い取ってしまう

期待なんて最初から持ったら負けだ


「どうせおとなのものになる。だから、いかない」

「そうか。無理に誘って悪かったな」

「いいよ。アルベルト、いくの?」

「俺は行こうと思ってるよ。それでお前に声をかけてみたんだけど」


アルベルトは胸を叩きながらそう言った


「じゃあ、なぐりころされないようにね?」

「ああ。それじゃあな!お前も気を付けて行って来いよ!」

「うん。じゃあねアルベルト。がんばれ」


そうして僕はアルベルトと別れて街の方に歩き出した


「きょうはどんなこと、あるかな」


そう思いながら軽やかな足取りで今度こそ市街地に出て行った

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