第99話
「え……ホリー軍曹……なんで……?」
僕はそれを口に出すだけで精一杯だった。
頭が混乱して、何も考えられない。
「……俺にも訳が分からねえんだ。さっきまで一緒に行動していたはずなのに、ちょっとの間目を離しているうちにいなくなっちまって。姿を現したと思ったら、敵の機体を操縦して攻撃してきてな。こちらの呼びかけにも答えようとしねえ」
ジャックにも訳が分からないのか、しきりに首を振っている。
僕は訳が分からないながらも、彼女に呼び掛けた。
「……ホリー軍曹……その機体はどうしたんだ?」
「……ナオキ曹長……?」
僕の呼びかけに彼女は小さく反応した。
「……ナオキ曹長……いえ、ナオキ・メトバさん。すぐにこの場から退いてください。そうすれば、死なずに済みます」
「待ってくれ。どういうことなんだ? 何故君がその機体を……?」
「……退いてください。わたしだって撃ちたくないんです……」
僕の呼びかけにも、彼女は何の感情もこもっていない声で同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「……ホリーちゃんよ、こっちにだって我慢の限度があるんだぜ?」
「……こちらにも限度があります……」
たまらず口を挟んだジャックの言葉にホリー軍曹は短く返答すると、いきなりコンソールを操作してガトリング砲を側の建物に向けて発射した。
建物は瞬時にズタズタにされてしまう。
「……これが最後の警告です。退いてください。今、革命評議会の部隊には攻撃を一時的に待ってもらっているんです。これ以上時間を掛けた場合、彼らはわたしを無視して攻撃を仕掛けてくるでしょう……」
「……どうして、どうしてなんだ……?」
ホリー軍曹の言葉に僕は静かに問いかける。
「どうして、君はいきなりそうなってしまったんだ……少しだけでもいい、僕に理由を話してくれないか……?」
「……」
僕の懸命な問いかけにも彼女は無言だった。
それを見た僕は静かに彼女の方へと歩みだす。
「お、おい、ナオキ……!」
「ジャック、済まないけど黙っていてくれないか。これは僕とホリー軍曹の問題だ」
止めようとしたジャックを片手で制止し、僕は歩き続ける。
「……どうしたんだ、そんなに話せないほどの秘密なのか? 仲間である僕たちにも話せないほどの秘密を抱えて、君は今まで生きてきたのか」
「……止まってください。本気で撃ちますよ……」
「撃つなら撃ってくれ。どうせ何度も何度も落としかけた命なんだ。今更惜しんだりはしない」
僕は真っ直ぐにホリー軍曹のことだけを見つめながら、一直線に彼女の下へ向かっていた。
ホリー軍曹の体が小刻みに震えだし、表情が凍り付く。
「……あなたは、あなたはそれでいいんですか、ナオキ・メトバ?」
「君の方こそ、それでいいのかい。ホリー・ディアンズ軍曹?」
「……わたしの名前は、ホリー・ディアンズではありません!」
ホリー軍曹がそう言った瞬間。
その背後から銃声が響き、僕はとっさに左胸をかばいながら横に身をひるがえす。
銃弾が僕の体をかすめていった。
「ナオキ!」
「ナオキ曹長!」
ジャックとホリー軍曹の声が同時に聞こえてくる。
「ちっ、またかわしやがったか。相変わらず勘の良い野郎だぜ」
野太い、僕にとっては忘れようもない声がホリー軍曹の背後から聞こえてくる。
「ベゼルグ……ベゼルグ・ディザーグ……」
「よお、ナオキ・メトバ。約束通り、舞い戻ってきてやったぜ」
ベゼルグは静かな表情でこちらを見やっている。
「……何故ですか? わたしが説得を終えるまでは待っている、と……」
「時間を掛けすぎなんだよお前は。それにあのまま奴を接近させてどうするつもりだったんだ?」
「……それは……」
「ま、ついさっきまで味方だった相手を撃つのが忍びないというのもわかるが、先にこちら側に付くといったのはお前なんだからな」
「……ごめんなさい……」
ベゼルグは淡々とホリー軍曹を諭し、ホリー軍曹も素直にベゼルグの言うことに従っている。
「……ホリー軍曹、すぐにそいつから離れるんだ!」
「……ごめんなさい、ナオキ・メトバ。わたしは、もう……」
僕の声に、ホリー軍曹は泣き出しそうになりながら答える。
そして、ベゼルグが決定的な一言を口から紡ぎだした。
「おっと、誰に断って人様の娘に手を出そうとしているんだ、ナオキ・メトバ!」
「……何だって! ……ホリー軍曹が……貴様の、ベゼルグの……む、すめ……?」
僕の頭はその言葉を理解することを拒絶した。呆然としてその場に立ち尽くしてしまう。
その間にベゼルグはホリー軍曹から有線コンソールを受け取り、尻尾付きを起動させる。
「ナオキ!」
僕より早く立ち直ったジャックが慌てて02FAを起動させると、僕の前に02FAを立たせて盾にさせた。
「ちっ、邪魔するんじゃねえデカブツが」
それを見たベゼルグが悪態をつく。
「おい、ナオキ! しっかりしやがれ!」
僕の側に駆け寄ってきたジャックが僕の体を掴んで揺さぶった。
「ジャック……? でも、ホリー軍曹が……このままじゃ……」
「馬鹿野郎が!」
ジャックは気が抜けたようになっていた僕の顔を平手打ちにした。
「ジャック……?」
「馬鹿かお前は! ここでお前が死んだら誰がホリーちゃんを救ってやるんだ?」
「救う……?」
「そうだよ。ホリーちゃんがあいつの娘だろうが何だろうが、俺たちが救ってやらなきゃならねえだろ! お前の言った通り、俺たちは仲間なんだからな!」
その言葉に僕はようやく自分を取り戻す。
ジャックの言う通りだった。彼女がどうであろうと、ベゼルグの娘であろうと、彼女を助けられるのは仲間である自分たちだけなのだ。一番大切なことを忘れるところだった。
僕は頭を小さく振って雑念を消し去ると、ジャックに言葉をかける。
「済まない、ジャック。もう大丈夫だ」
「やっと目が覚めたかよナオキ。まぁ、気にすんな」
ジャックはベゼルグから目を逸らすことなく小さくつぶやく。
「で、これからどうする? 今真正面からやりあったらホリーちゃんを巻き込んじまうぜ」
「いや、ここはホリー軍曹の言う通りおとなしく退却するべきだと思う。せっかく作戦指揮所の皆も避難できたのだしね」
「お前はどうするんだ? 02FAには片側にしかステップがないぜ」
「少しの間、時間を稼いで。今から全速で運搬車両まで走ってみる」
「わかった」
僕とジャックは短く打ち合わせをすると、僕はそのまま脱兎のごとく運搬車両まで走り出した。
「逃げるつもりかよ、ナオキ・メトバ!」
「おっと、いるのはナオキだけじゃないんだぜ、ベゼルグさんよ!」
「雑魚が! 調子に乗るなよ!」
ベゼルグの機体はジャックの02FAに対してガトリング砲を乱射し、ジャックは少しずつ後退しながら僕のルートを確保してくれている。
真後ろから銃弾が飛んでくる音を聞きながら走るのは気分のいいものではなかったが、それでも僕は必死に走った。何が何でもここは生き延びなければならない。
「ナオキ曹長、助手席を空けてあるわ。急いで乗ってちょうだい!」
運搬車両の方からサフィール准尉の声が聞こえる。
ちょうど僕が運搬車両の助手席にたどり着いたところで、運搬車両の前に一機のスペクターが現れる。ケヴィン曹長の操縦する機体だった。
「ご無事ですか、サフィール准尉!」
「ケヴィン曹長! ……隊長は?」
「私ならここだ。情けないことに機体を失ってしまってね」
「いえ、ご無事なら何よりです」
ジェノ隊長の姿を確認したサフィール准尉はほっとした表情を浮かべる。
「それより、見たところホリー軍曹がいないようだが……?」
「……詳しいことは後で説明します。今はこの場から離脱することが先決です」
サフィール准尉は詳細をぼかした。確かに今は事情を説明している余裕はない。
「……分かった。私も運搬車両に同乗できるかね?」
「少々窮屈になりますが、助手席でナオキ曹長と同席なら可能です」
「ナオキ曹長、構わないな?」
「問題ありません。急いでこちらへ!」
「ケヴィン曹長、君は敵をけん制してジャック曹長の後退を手助けしてくれ。ここは逃げるのが最善手だ」
「了解しました!」
隊長はケヴィン曹長に指示を送ると、自分も急いで僕のいる助手席に乗り込んだ。狭いというかきついが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
サフィール准尉は隊長が乗り込むと同時に車を発車させた。
「ジャック曹長、大丈夫で……あれは!」
ジャックのいる付近まで進出したケヴィン曹長がベゼルグの側に立っているホリー軍曹を見て驚愕する。
「あれを見るんじゃねえケヴィン! 今はとにかく逃げるんだ」
「し……しかし!」
「隊長からも逃げろって言われているだろ。生きていりゃ助けるチャンスもある!」
「りょ、了解です、ジャック曹長!」
ジャックはケヴィン曹長を納得させるとけん制射撃を繰り返しつつ後退し、ケヴィン曹長もそれを援護しつつ動きを合わせて後退していった。
やがて、二機が完全に見えなくなったのを確認したベゼルグは、黙ったままホリーの方を見やった。
ホリーは震えながらベゼルグのことを見つめている。
「そんなに心配そうな顔をすんじゃねえ。何のために黙って見逃してやったと思ってるんだ?」
「……でも、でも……わたし……」
「奴らを裏切ったことを気にしてんのか? ……ま、お前が心優しい性格に育ってくれて俺も嬉しいが、しかし、決めたのはお前自身だぜ」
「……おとうさん……」
力なく、小さくそうつぶやいたホリーの頭をベゼルグは静かに撫でていた。
こうしてヤーバリーズの戦いは終わりを告げた。
共和国軍はヤーバリーズ基地のみならずヤーバリーズの街そのものを失った上、機甲操兵軍の全戦力の六割近くを失うという致命的な損害を受けてしまう。政府はこれを受けて直ちに全土に緊急事態宣言を発表し主要都市に戒厳令を敷いたものの、西部の各都市は交通の要衝であるヤーバリーズを手中に収めた革命評議会側に次々に落とされていった。
そして、戦いから三週間後、リヴェルナ共和国西部地域は完全にリヴェルナ革命評議会の手に落ち、共和国は西部地域を挟んで事実上分断されてしまったのだった。




