第75話
ケヴィン・オーグス曹長はテントの中の仮設ベッドに身を横たえながら、あまりの情けなさにひとり涙を流していた。
あのナオキ・メトバ曹長に自分の考え方を粉みじんに粉砕された。反論もろくにできないほどに言い負かされた。
だが、それだけならこれほどのショックは受けなかったかもしれない。自分の考え方に全く驕りがなかったといえば嘘になるからだ。悔しいがそれは受け入れるしかない。
しかし、話はそれで終わらなかった。隊長にこれまでの言動を咎められ、模擬戦の中止どころか何らかの罰則を受ける寸前にまで陥ってしまったのだ。
確かに、少しばかり挑発や嫌味が過ぎたかもしれなかったが、同時に罰を受けなければならないほど過激な言動をしていたとも思えなかった。本当に過激な言動をしたときにはきちんと謝っていたとも思っていた彼にしてみれば、隊長が強権を発動して自分を陥れようとしているようにしか見れなかった。
あと一歩で上官に対して手が出そうになっていた彼の行動を押し止めたのも、あのナオキ・メトバだった。
メトバ曹長はこれまでさんざん嫌味を吐いてきた彼をどういうわけか懸命にかばい、あまつさえ自身が不利になるような提案までして彼にチャンスを与えてくれるように懇願してくれた。
結果としては隊長はメトバ曹長の意見を受け入れ、模擬戦の結果次第では彼を正規操縦手に昇格させてくれることも考えてもらえることにはなったが、それもこれもナオキ・メトバがいなかったら無かった話であることを考えると、彼はどうしようもなく情けなかった。
一体、ナオキ・メトバ曹長とは何者なのだろう? 彼のイメージしていた南部の貧民層出身であるという人間とは大きく異なる。南部出身にしては泥臭さや田舎っぽさを感じさせないし、貧民層の出とは思えないほど情緒も豊かで、学歴不足も感じさせない。何よりも戦いに対する考え方が、彼とは決定的に違っていた。
ケヴィン・オーグス曹長は戦いの場ではルールなど意味をなさないと思っていた。聞くところによると、先頃の騒乱でもテロリストたちの多くは国際法に違反する行動を繰り返し行い、共和国軍を悩ませていたとも言われている。そんな相手にルールを守って行動するだけバカバカしいだけなのではないか、彼はそんな風に考えていた。
だから、自分の有利なルールを押し通すことも戦いの場の中では当然だろうと思っていたし、みんな綺麗事を言っていても内心では似たようなものだろうと侮っていた。
しかし、あの男、ナオキ・メトバはそれを違うと喝破した。
例えどんなに相手が法を守らぬ悪質なテロリストであったとしても、自分たちまでルールを守らないでいい訳ではない。自分たちは誇り高き共和国の軍人としてルールを順守し、粛々と無法の者たちからか弱き共和国の市民たちを守らればならない。そうでなければ、どうして軍人を名乗ることが出来ようか?
あの時、ナオキ・メトバが言ったことを言い換えればそういうことになる。
正直、ほぼ自分と同年代であるはずの人物にここまで完璧に言い負かされた経験は彼にはなかった。これほどまでに奥の深い考えに接したことも無かった。
そればかりではない。ナオキはそれほど仲が良いとは言えない自分をかばい、そのためならば自分に不利な提案をも平気で行う懐の深さや優しさをも兼ね揃えていた。
およそケヴィンの常識ではありえないほどスキがない、軍人としても人間としても理想的な人物。それがナオキ・メトバという人物であることを、彼は認めたくはないけれども認めざるを得なかった。
そのナオキ・メトバ曹長とこの後、模擬戦で戦わなければならない。
それを想像したとき、彼は生まれて初めてぞくりと背筋が凍る感覚を覚えた。
模擬戦とはいえ、あれほどの人物と一対一で戦わねばならない。ジェノ隊長を含め、これまで自分の上官になっていた数多くの人物たちと相対した時もこれほどのプレッシャーは感じたことはなかった。しかし、今、彼は想像を絶するプレッシャーをナオキから感じている。
ナオキと正面切って戦って、果たして勝てるのだろうか? 自分はどうやって戦えばいいのだろうか?
いつしか流していた涙も消え失せ、彼はナオキと戦う自分をイメージすることに懸命になっていた。
そこにテントの外から自分を呼ぶ声がする。どうやら時間らしい。
彼はテントの中に入った時とは違う意味で、足取り重くテントから出ていった。
テントから出てきたケヴィン曹長は、僕の視点からはあまり元気なようには見えなかったが、それまでの彼から感じられていたどこか刺々しいイメージが消えて、多少はとっつきやすい雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫かい、ケヴィン曹長?」
「……自分の心配より、ご自分の心配をされてはどうですか?」
僕が声を掛けると、彼からは相変わらずの調子で言葉が飛び出してきたが、言葉の内容ほど皮肉な意味は込められていないように感じられた。
「御心配ありがとう。気を付けることにするよ」
「……あなたとやっていると、どうにも調子が狂いますね……」
「そうかな? そんなつもりはなかったんだけど……」
「あなたにその気はなくても、あなたは周りに影響を与える人間であることをもう少し自覚された方が良いですよ、メトバ曹長」
それだけ言うと、ケヴィン曹長は整備兵から有線型コンソールを受け取ってスタスタと歩き去ってしまった。
「大丈夫かな、ケヴィン曹長は……?」
「まあ、大丈夫なんじゃないのかな。さっきの出来事が効いたんだろう。大分物分かりが良くなったと思うよ」
僕のつぶやきを聞きつけたのか、ジェノ隊長が側に寄ってきてそう言った。
「僕って、彼が言うほど周りに影響を与えているでしょうか?」
「彼はそう感じているってだけだ。勿論、実際に彼の言う通りかもしれないし、そうでない可能性もある。どのみち正解のない話だとは思うから、深く考えないのが正解だと私は思うがね」
「そうですね」
隊長の言葉に僕はうなずくと、TRCS用のヘッドセットと有線コンソールの双方を受け取って、演習場の中央へ足を進めた。
先に到着していたケヴィン曹長はスペクターにコンソールの接続を完了しており、僕もそれに倣って有線コンソールを接続し、同時にTRCSとヘッドセットを同期させると、頭に毎度おなじみとなった圧迫感がやってきて、同期が完了したことを教えてくれた。
「ルールは先程言った通りだ。開始から一分間の間は相手へのロックオンを有効とは認めない。火器は全て空砲で刀剣類の使用は認めない。また操縦者への直接的な危害を加える行為を行った場合は、行為を行った側の失格とする。それからナオキ曹長、TRCSの使用は構わないが、コンソール入力との併用は今回に限り認めない。こちらのモニタリングにおいて確認した時点で失格とするので、そのつもりで」
「了解です」
「……わかりました」
僕は隊長の言葉に返事を返し、やや遅れてケヴィン曹長からも返事が返ってくる。
また僕は一旦有線コンソールの接続を遮断して一旦機体に格納してしまう。無意識に使ってしまわないようにするためである。
「よろしい。では……はじめ!」
隊長の合図とともに模擬戦が開始された。




