第64話
作戦指揮所のブリーフィングルームに入ると、見慣れた顔が出迎えてくれた。
「おっ、ようやく戻ってきたなナオキ。待ってたぜ!」
「ナオキ軍曹……じゃなかった曹長、おかえりなさい!」
ジャックとホリー軍曹が声を掛けてきたので、僕はそれぞれに挨拶を返した。
「ナオキ、お前も曹長に昇進したんだってな。これでまた対等だな!」
「何度も言うけど、ジャックの方が先任なんだから、対等じゃないし」
「ナオキ曹長は相変わらず真面目ですね。ちょっと安心しました」
「ホリー軍曹も変わりなくて何よりだね」
一通り言葉を交わし終えると、見慣れない人物の姿が目に留まった。
年齢は僕やジャックと同じくらいだろうか? 短髪で少し面長の厳しい顔つきをした男性軍人だった。背格好はそれほど大柄というわけではないが、体つきは引き締まっていて厳しい訓練を積んできたことを感じさせる。
そこにジェノ隊長が背後から声を掛けてきた。
「ああ、紹介が遅れたね、メトバ曹長。彼はケヴィン・オーグス曹長。君と同じ志願兵で、これまでは北部のモータニア基地でWPの操縦訓練を受けていた。私が赴任するのに合わせてノーヴル・ラークスの予備操縦手として抜擢された。これから同じ部隊の仲間として、仲良くやってくれると助かるよ」
ジェノ隊長の紹介が終わると、ケヴィン曹長は立ち上がってこちらに挨拶をした
「ケヴィン・オーグス曹長であります、ナオキ・メトバ曹長」
「ナオキ・メトバ曹長です。よろしく、ケヴィン・オーグス曹長」
僕も挨拶を返して、握手を求めようとしたが、ケヴィン曹長はあっさり着席してしまった。
「ケヴィン曹長……?」
「止しましょう、メトバ曹長。僕にとってあなたは追い抜かねばならない競争相手ですから」
僕が戸惑った表情を浮かべていると、ケヴィン曹長は冷淡にそう言った。
「ケヴィン曹長、上昇志向が高いのはいいけれど、初対面の相手にとる態度じゃないわね」
「サフィール准尉、放っておいていただけますか? これは自分とメトバ曹長の問題ですので」
サフィール准尉の注意にも、ケヴィン曹長は全く反省する素振りすら見せなかった。
「ナオキ、あんまり気にすんな。こいつ、ここに来てからというものずっとこんな調子なんだ」
「大きなお世話ですよ、ジャック曹長。黙っててくれませんかね」
「お前なぁ……」
ジャックは一旦口を大きく開こうとして、しかし何かを我慢するように口をつぐんだ。
と、そこでジェノ隊長が口を開いた。
「見ての通り、オーグス曹長は非常にプライドが高い性格をしていてね。来て早々から自分を正式な操縦手に昇格させてくれ、といきなり頼み込んできたり、あのエクリプスは自分が一番上手く扱えるから触らせろと整備兵を困らせたり……」
「お言葉ですが、ジェノ隊長。自分はエクリプスの操縦手はメトバ曹長では荷が重いと真剣に考えていますので、もう一度考え直していただけませんか?」
「その件については、何度も回答したはずだよ。あれの操縦はメトバ曹長に一任するというのが上層部の意向だと」
ジェノ隊長の言葉も終わらぬうちにケヴィン曹長は口を挟んだが、ジェノ隊長はあっさり首を横に振った。何度も、という言葉から考えて、僕のいない間によほどしつこく隊長に迫っていたのだろう。
「その説明では納得いきません。何故メトバ曹長じゃなければ駄目なんですか? メトバ曹長なんて所詮前隊長を守り切れずに死なせてしまった無能ではありませんか!」
ケヴィン曹長の言葉に僕は思わず顔をゆがめた。一番触れてほしくない事柄に触れられて、僕は思わず声を上げようとしたが、その前にサフィール准尉とジェノ隊長がケヴィン曹長を制止した。
「ケヴィン君、少し言い過ぎよ。口を慎みなさい!」
「曹長、すまないがこの議論はこれでおしまいだ。これ以上続けるようならば、君には北部に帰ってもらうことになる」
激しい口調のサフィール准尉に比べるとジェノ隊長の物言いはマイルドだったが、言葉の端々にこれ以上の反論を許さないという強い意志を感じさせた。
「ぐっ……申し訳ありません……冷静さを欠きました、隊長」
「謝る相手が違うよ、オーグス曹長」
しぶしぶといった表情で謝罪をしたケヴィン曹長だったが、隊長はとりあわず僕への謝罪をうながした。
ケヴィン曹長は心底嫌そうな表情を浮かべたが、流石に周りの雰囲気がそれを許さないのを悟ったか、僕の方に向きなおると軽く頭を下げて「……失礼いたしました、メトバ曹長」と改めて謝罪の言葉を口にした。隊長にうながされたので仕方なく……、という態度がそこに滲み出ていた。
勿論、僕としてもそれで済ませたくない気持ちはあったけれど、今日は退院してノーヴル・ラークスに復帰した初日である。必要以上に事を荒立てるのも良くはない。
「……ケヴィン曹長、改めてよろしく頼むよ」
僕は精一杯平静を保ちながらそう言って、先程は無視された握手をもう一度だけ求めた。
ケヴィン曹長は無表情でその手を静かに見やり、ややあってから嫌々といった体ではあったが手を取り軽く握ってくれた。
僕も軽く彼の手を握り返してから、そっと手を離した。彼もゆっくりとした仕草で手を戻す。
そこまでを見届けたジェノ隊長が言った。
「まぁ、色々あるかもしれないが、ここにいる以上は同じ部隊で戦う仲間だ。全員そのことをつねづね忘れぬようにしてほしい。……オーグス曹長、君は仮眠室で少し休んできたまえ」
「分かりました……」
隊長の言葉に小さくうなずき、ケヴィン曹長は作戦指揮所の二階にある仮眠室へと向かっていった。




