第34話
「……ベゼルグ・ディザーグ元大尉は生真面目な男だった。少々融通の利かないくらいに正義感の強い男でもあってな、時には自分の正義を貫くため上官命令に背くことも多々あった。だが、その分部下や民間人には慕われていた」
トラヴィス・マクリーン中将は当時を懐かしむような口調でそう言った。
「無論、戦場においては勇猛な戦士であり指揮官だった。まだ配備されて五年も経過していなかったWPを初出撃の時から自在に操り、敵に多大な損害を与えていた。名前こそ抹消されてはいるが、現在のWPの戦術教本の中身は、ほとんどベゼルグが作り上げたといってもいいくらいだ」
「それほどの人物を記録から抹消せねばならなかった理由とは、一体何なのでしょうか?」
アレクは先程から疑問となっていることについて再び質問した。
「……第三次五か月戦争の終盤、我が国に侵攻したものの劣勢に陥っていたサヴィテリア連邦側は講和を模索していた。我が国側としてもサヴィテリアの攻勢を凌いだまでは良かったものの、WP操縦手を狙った無差別爆撃や広域の電波かく乱による通信障害の続発で国力は疲弊していて、それ以上の交戦続行は不可能だった」
「当時それほどまでに国力が疲弊していたとは教わりませんでしたが……?」
「教本に乗っている内容が全てではないのだよ、中尉……当時、現場に立っていた我々の目にはもっと悲惨な状況に映っていたくらいだからな」
トラヴィス中将は、アレクを諭すように語った。
「は、失礼いたしました……それで、どうなったのですか?」
「貴官も知っての通り、我が国とサヴィテリアは中立国の斡旋によって講和条約を締結し、WPの製造技術情報の開示や貿易交渉での譲歩と引き換えにサヴィテリアによって占領されていた東部および南部の一部地域の開放と完全な撤兵を勝ち取った。しかし、この時にもうひとつ、一般には開示されていない講和条件があってな」
「まさか……」
トラヴィス中将の言わんとしていることを悟って、アレクは表情を変えた。
「そのまさかだ、中尉。サヴィテリアは我が国の領土に侵攻させた全部隊の撤兵と引き換えに我が国の一部将校の引き渡しを要求した。特に強硬に引き渡しを求めていたのがベゼルグ・ディザーグの身柄だ」
「し、しかし、ベゼルグ元大尉の功績を考えれば、いくら上官に非服従な面があったとはいえ、敵国に身柄を引き渡すなどというのは考えられないことなのではないですか?」
「中尉の言うことはよく分かる。確かに、通常ならばありえんことだ。だが、その無理を通すために手を打ったものがいる」
「えっ……?」
アレクは話の先が読めなくなり、思わず素で驚いてしまった。
「貴官も知っているだろう。第三次五か月戦争の終盤、講和に反対する一部将校が南部ゴルドール基地で捕虜の兵士数千人を一方的に虐殺したとされる「ゴルドールの悲劇」のことは」
「良く知っています。その後の講和条約締結の大きな原動力となった事件と聞いています。それが何か?」
アレクが問い返すのを待って、トラヴィス中将は静かに核心に触れた。
「実はな、この悲劇などというものは、そもそも起きてはいなかったのだよ」
「なっ……! どういうことです」
あまりのことに思わずアレクはソファから立ち上がった。
「言葉の通りだ。捕虜数千人は死んでなどいなかったし、一部将校なる存在もでっち上げに過ぎない。これは戦後に行った軍内部の極秘調査でもはっきりしている」
「ならばなぜ、ゴルドールの悲劇などという事件が起きたことになっているのです?」
アレクは相手が上官であることも忘れ、語気を強めて言った。
「これはあくまで私個人の解釈であることを忘れないでほしいのだが、この事件そのものがサヴィテリア側に向けた一つの暗号だったのではないか、と考えている」
「暗号……?」
アレクはオウム返しに問い返した。
「うむ、ベゼルグは事件当時それまでいたヴェレンゲルからゴルドールへの異動を命じられていた。彼のトータルの敵兵撃破スコアはそこまでの時点で千人以上、引き渡しを求められていた全将校と合わせれば数千人に達していたはずだ。そして、ゴルドールと言えばサヴィテリアとの国境に最も近い基地だ」
アレクはその言葉の持つ意味をじっくりと吟味した。そして、一つの回答を見出す。
「つまり、中将はこう仰りたいのですか。ゴルドールの悲劇とは、我々リヴェルナがサヴィテリア側の脅しに近い内容の要求に屈したことを示す恥の証だと」
「貴官とてヴェレンゲルにいたなら知っているはずだ。戦後毎年開催されているゴルドール基地の慰霊祭にサヴィテリア側の遺族が一人として参加したことが無いという事実を。多くの人間はサヴィテリア側の反リヴェルナ感情によるものだと考えているが、実情はそうではない。そもそも亡くなっていない人間を弔いに来る者などいないというだけだ」
「……」
アレクは明かされた事実の重さに耐え切れず、その場に腰を落としてしまう。あまりにも衝撃的な内容だった。
「少々疲れてしまったようだな中尉。今日のところはここまでにしておこう。長々と引き留めてしまって済まなかった」
トラヴィス中将はアレクの内心を慮ってそう言った。
「中将、その手を打ったという人物は一体何者なのですか?」
「それはまだ君に話すことは出来んな。あまりにも不確定な事象が多すぎる。これ以上、憶測を話すわけにもいくまい」
トラヴィス中将はそう言って額の汗をぬぐった。アレクはじれったさを感じたが、上官の考えを無理に聞き出せる権限があるわけでもない。
「最後にひとつだけ、お聞かせ願えますか?」
「何かね、中尉?」
「どうして中将は、そのことに気付かれたのですか?」
トラヴィス中将はその問いに静かに微笑みながらこう答えた。
「私はな、ベゼルグ元大尉の直接の上官だったのだよ」




