第15話
ほどなくして、僕らはヤーバリーズ基地に入った。
基地では基地司令を務めるトラヴィス・マクリーン陸軍中将の出迎えを受けた。恰幅の良い、穏やかな初老の紳士と言った風情であった。
基地司令自らの出迎えに僕らは緊張した面持ちで敬礼した。
「司令に直接お出迎えをして頂けるとは、光栄であります」
アレク隊長が淀みのない口調で挨拶をした。
「いやいや、新設の独立任務部隊の精鋭たちを、一度見ておきたくてな」
トラヴィス中将はそう言い、「楽にしていてくれたまえ」と僕たちに声を掛けてくれた。
「ヴェレンゲル基地での騒乱からまだ間を置かず、突然の部隊設立ということで諸君らも戸惑いがあると思うが、これからの健闘を期待しているよ」
「司令、ヴェレンゲルでのことについてはかん口令が敷かれているのでは?」
中将の言葉に隊長は眉をひそめて言った。
「確かにな。この基地でもそのことを知っているのは各軍の司令官と一部の幕僚たちだけだ。兵士たちや一般の将校などは、あの件についてはWPの突発的な暴走事故によるものであるとしか知らないだろう」
「……」
僕は黙ってトラヴィス中将の言葉を聞いていた。中将が語った通り、あの襲撃事件は一般には「WPの調整不良による大規模な暴走事故」と報道され、事実は隠蔽されていた。それについて僕は内心不満を感じてはいたが、アレク隊長の「事実をそのまま発表すれば、襲撃者の素性に対していらない憶測が流れる。さらに人に対してWPが使われたことが明らかになれば、それをきっかけに政情不安が巻き起こりかねない」という解説もあって、表立っては何も言わないことにしていた。
「不満があるかね? アレクサンダー・ニーゼン中尉?」
「……あるはずもありません」
トラヴィス中将の言葉に隊長は口を真一文字に引き締めたまま答え、それを見た中将は穏やかな笑みを浮かべた。
「……貴官は真面目だな。だが、そんな始終張りつめていては心が保てないだろう?」
「いえ、そのようなことは……」
「なに、遠慮することはない。貴官はまだまだ若い。いきなり独立任務部隊なぞの隊長を務めることになっては、気苦労も多いだろう。困ったことが起きたなら、迷わず私に相談してくれ。限りはあるが、力になろう」
「は、ありがとうございます」
アレク隊長は改めて中将に敬礼した。僕たちもあわせて敬礼を贈る。
「うむ、諸君らの健闘を改めて期待しているよ」
トラヴィス中将は僕たち一人一人に語り掛けるようにそう言って、その場を後にした。
「懐の大きい方ですね」
その場にいるのが僕たちだけになったのを確認してから、僕は率直な感想を口にした。
「ああ、陸軍でも指折りの名将として名高い方だ。四軍の域を超えて尊敬している軍人は多い」
「隊長もそのうちに入りますか?」
「もちろんだ」
サフィール准尉の言葉にアレク隊長は真顔でうなずいた。
その後僕たちはひとまず基地内の宿舎に荷物を下ろしたあと、独立任務部隊としての活動の拠点になる専用の作戦指揮所へ向かった。
作戦指揮所は陸軍の司令部がある建物のすぐそばにあった。準備期間がわずか一週間という短さでありながらも工兵隊が頑張ってくれたらしく、平屋ではあったがしっかりとした造りの建物が建っていた。
「なかなかいい建物じゃないっすか」
作戦指揮所の建物を見るなり、ジャック曹長が感心したようにつぶやいた。
「ちょっとスペースがぎりぎりな感じもするけど、急ごしらえの施設だものね。贅沢は言えないわ」
サフィール准尉も辛口な評価ながら合格点をつけた。
「元々は機甲操兵軍の司令部と同居する案もあったんだが、向こうがどうもそれを嫌がったらしくてな。それで陸軍司令部の近くにあるこの場所を間借りすることになったらしい」
「ああ、さっきトラヴィス中将がお出迎えをしてくださったのは、そのせいでもあるんですね」
「そういうことだ。まあ中将はご本心から我々を激励してくださったとは思うがな」
僕の言葉にアレク隊長はやや複雑そうな表情でそう言った。
指揮所に入ると、既に何人か指揮所内での任務を担当する隊員たちが詰めていて、そのうちの一人であった女性兵士が僕たちを出迎えた。
まだ若い女性だった。僕より同じくらいか、あるいはそれより年下かもしれない。
「もと全領域対応型機甲操兵軍第一旅団、予備操兵科第一小隊の皆様ですね。自分はホリー・ディアンズ軍曹であります。本日付で独立任務部隊、作戦指揮所の配属となりました。よろしくお願いいたします」
女性はあの長い旧部隊名を噛むこともなくすらすらとしゃべって自己紹介した。
「私がWP部隊の隊長を務めるアレクサンダー・ニーゼン中尉だ。ホリー軍曹、今日からよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします、ニーゼン中尉」
「以前からの部下たちにはアレク隊長で通しているのでね。君も差し支えなければそう呼んでくれて構わない、ホリー軍曹」
「了解いたしました、アレク隊長」
ホリー軍曹はニッコリと微笑んでそう言った。
続いて、ひとりひとり挨拶をすることになった。こういう時、僕の順番は必然的に最後となってしまう。
「ナオキ・メトバ軍曹です。よろしくお願いします」
「メトバ軍曹……今年のWP操縦手適性検査では、並み居る候補生たちを差し置いて、かなりの高評価だったとお聞きしています……こんなところでお会いできるなんて」
「? ……そんなに有名ではないはずなんだけどな」
ホリー軍曹の言葉に僕は首を傾げた。
「実は私も今年検査を受けたんですよ。残念ながら不合格でしたけどね」
「ほう、君も検査を受けていたとは意外だな」
隊長が意外そうな声を上げた。
「はい、子供の頃からWPの操縦者になるのが夢で、軍に入隊したのもWPの操縦手になるためだったんです。だから死に物狂いで訓練に耐えて、今年ようやく検査を受けさせていただいたのですが……」
「私と同じね。私もやっぱり最初は操縦手希望だったんだけど、シミュレータ検査で引っ掛かっちゃって、結局断念せざるを得なかったのよ」
サフィール准尉がそう話すと、ジャック曹長が興味津々といった感じで口を挟んできた。
「へぇ、准尉が操縦手希望だったとは知りませんでしたよ」
「何がおかしいのかしら、ジャック曹長?」
「……あ、いえいえ、准尉がそういう風に語るのは珍しいなと」
サフィール准尉にじろりとにらまれて、ジャック曹長は慌てて右手を大げさに振りつつ弁明した。
「……仲がよろしいのですね。准尉とジャック曹長は」
「どうなのかなぁ。自分にはちょっと見当がつかないな」
二人のやり取りを見ながらくすくすと笑うホリー軍曹に僕は答えた。
「わたしがそう思う、というだけですよ、メトバ軍曹」
「うーん、ファミリーネームだけで呼ばれるのはちょっと……」
僕は妙な照れくささを感じてそういうと、ホリー軍曹は不思議そうな表情になった。
「ファミリーネームだけで呼ばれるのが嫌なのですか?」
「いや、自分の名前って東洋系で国内だとわりと珍しいだろう? ……どこか周りから浮いているような感じがしてしまってね」
「わたしからすると軍曹は考えすぎな感じもするのですけど」
ホリー軍曹の率直な意見に僕は思わず苦笑いを浮かべた。
「的確な意見だね、以後気を付けるよ」
「気になるのでしたら、わたしも以後は注意いたします。ナオキ軍曹……でよろしいでしょうか?」
「ありがとうホリー軍曹。それで構わないよ」
僕は顔を少し赤くしつつホリー軍曹に軽く会釈をしたが、そのやり取りを隊長たちが微笑みながら見つめているのに気付くのはその少し後のことだった。




