第13話
アレク隊長とサフィール曹長が基地に帰還したのは、基地を発ってからちょうど一週間後のことだった。
二人が帰還したことを僕とジャックは歓迎した。査問が終了してからというもの、中隊長の指揮下に置かれていた僕らはろくな仕事を割り振ってもらえず、WPの操縦や整備どころか指一本触れることすら許されなかったからだ。
「隊長、待ちかねてましたよ」
ジャックは、彼にしては珍しく心底ほっとした表情でそう言った。
「ふふふ、ジャック軍曹、その顔だと中隊長どのにはかなり絞られたみたいね」
「いえ、曹長殿、それほどでもありませんよ」
「ナオキ軍曹も元気そうだな」
「はい、隊長の帰りをお待ちしておりましたから」
「そうか……」
僕のその言葉に、しかしアレク隊長は顔を少し陰らせた。
「隊長……? 何か……?」
「ん? ……ああ、すまんな。少し考えていることがあって」
「考えていること、ですか?」
「ナオキ軍曹、隊長はお疲れだから、少し時間をもらえないかしら?」
隊長の言葉が気になった僕はさらに問いかけようとしたけれど、サフィール曹長に止められてしまう。
「済まないがこの件については、また改めてブリーフィングを行うから、それまではもうしばらく待機していてくれ」
「了解」
隊長にそう言われては僕も引きさがらざるを得なかったが、何か良くないことがあったのは確実なように感じられた。
ブリーフィングが行われたのは、その日の夜遅くのことだった。
人気のない夜の食堂に集まった僕らに対しアレク隊長は開口一番、来週から僕たち第一小隊が第一旅団の所属を外れて新たな任務に就くことを告げた。
「新たな任務ですか? ……しかも、第一旅団から外れて」
「うむ、先日の襲撃事件で03Aを使ってしまっただろう?」
「それが問題だったんですか?」
「いや、直接的な問題はない。あの状況下では新型の03Aが敵に奪取されていた可能性もあったことから、操縦して敵を撃退したこと自体は正当な防衛戦闘だったと認められた」
「では、一体何が問題なんです?」
隊長の言葉を受けて、今度はジャックが質問した。すると隊長ではなくサフィール曹長がそれに答える。
「問題があるというよりも、うまく行きすぎちゃったのがまずかった、といったところね」
「どういうことですか?」
「新型でまだ慣らし運転もろくにしていない03Aを、我々は事前に作業で触れていたとはいえ完全に操縦し敵を退けた……その点を見込まれたということだ」
その隊長の言葉に僕はピンとくるものがあった。
「もしかして……僕たちは前線で戦うことになるんですか?」
「まだ正式には決まっていない。ただ、上層部は今回の襲撃事件で適切に敵勢力の攻撃に対処、基地機能回復に貢献した我々の力量を高く評価しているそうだ」
「……」
「そこで、我々には今後第一旅団の指揮下から外れ、参謀本部直属の独立任務部隊として活動し、通常任務では対処しきれない突発的事態の解決に当たって欲しい……というのが上層部の考えらしい」
アレク隊長はゆっくりと話を続ける。僕は何も言えず黙って下を向いていた。ジャックも、サフィール曹長も何も言わず黙り込んでいた。
「上層部は今回の功績に応えるための昇進であるともいっていたが、私はそうは思っていない。独立任務部隊なるものについては今回の事態を受けて急遽創設が決まったものだし、拠点となる基地や身分の保証などについてもほとんどが未定だ。にもかかわらず、有事には状況次第ではあるが、激しい戦いも覚悟せねばならない。昇進というものがあったとしても、ほとんど建前上のものであるのは明白だ」
「隊長は、この話を受け入れられたのですか?」
僕は静かに顔を上げると、隊長にそっと問いかけた。
「……私は、諸君らの上官であるとともに一人の軍人でもある。職責は全うしなければならない」
隊長はそう答えた。納得はしていないが引き受けざるを得なかった、ということだ。
「俺たちは……降りることもできるってことですかね?」
ジャックが普段あまり見せない神妙な表情でたずねた。
「出来るか出来ないかというならば出来るわね。今回の転属はあくまでも第一小隊という部隊に対して下されたものだから、屁理屈になるけどその前に個人として転属願を出してくれれば一応受理はしてくれるそうよ」
サフィール曹長は淡々とそう説明した後、ジャックの方を見た。
「ジャック軍曹は、前線で戦いたいのではなかったのかしら?」
「それとこれとは話が別ですよ。それに俺だけ良くったって……」
ジャックはそこで言葉を切った。サフィール曹長もそれ以上は追求せず再び黙り込んだ。
二人の言いたいことは僕にも十分に伝わっていたが、僕からそれを切り出すのは微妙にはばかられる感じがした。
すると、アレク隊長が静かに僕の方を見て問いかけてきた。
「君はどうする、ナオキ軍曹? 曹長が言った通り、今なら転属することも可能だが……」
僕はその問いかけに即答できなかった。
三か月ほどとはいえ苦楽を共にしてきた戦友を見捨てて転属などしたくはなかった。しかし、このまま独立任務部隊に所属するとなれば、今までのように家族の元には戻れなくなる。まだまだ幼い弟妹と寝たきりの母を放っておいて、母の意向とも反する軍人の道を歩み続けることが本当に正しいのか。二つの気持ちが同じような重さで僕の心にのしかかり、僕を苦しめていた。
「……ナオキ、無理することはねえんだ。お前が家族を大事にしているのは、俺たちが他の誰よりも分かっているつもりなんだからな」
僕が迷っているのを察してなのか、ジャックが真面目な表情で言った。
「ナオキ軍曹、これは強制じゃないわ。あなたには選ぶ権利がある。あなたがどういう道を選ぼうと、私たちはあなたの選択を支持するつもりよ」
そう話すサフィール曹長の声色は、とても優しかった。
「ナオキ・メトバ軍曹。我々のことを気にすることはない。どんなに遠くに離れることになったとしても、我々は労苦を共にしてきた仲間であることに変わりはないんだ。そして、仲間の選んだ道を温かく歓迎するのも仲間なら当然だろう?」
アレク隊長はそう言って屈託のない笑顔を見せた
僕は隊長たちの顔を直視できず、顔を伏せた。
脳裏に浮かぶのは母の顔と、弟と妹の顔。
どちらも大切な、愛しい人たち……。
それと同時に頭をよぎったのは、襲撃事件の記憶だった。
格納庫に散乱する見知った人たちの死骸。そして、溢れる血。
人間をたやすく蹂躙する鋼鉄の兵器たち……。
(僕は、僕の選ぶべき道は……)
しばし逡巡した後、僕は迷いを振り切る。
ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐにアレク隊長の方を向いて言った。
「自分も……一緒に行きます。志願させてください」
「いいのか、ナオキ軍曹? 言ったからにはもう引き返せんぞ」
隊長は試すような目つきで僕のことを見ていた。ジャックとサフィール曹長は黙って事の成り行きを見守っている。
「構いません。自分には確かに大切な人たちがいます。でも、ここで引き返してしまったら、大切な人たちを誰一人守れなくなってしまいます」
「ふむ……」
「自分が軍に入ったのは、家族を支え、養うためでした。でも、今はそれだけでは済まなくなりました。自分の手で、自分に関わる大切な人たちを守りたい。そう思うんです」
「それが、自分自身の命を、人生を失わせることになったとしてもかね?」
隊長は冷たい声で言った。隊長が僕の決意を測るために敢えてそうしているのは明らかだったから、僕は力強くうなずいてみせた。
「はい。自分はもう、迷いません」
「良いだろう……!」
アレク隊長はそこで大きくうなずくと、今度はジャックとサフィール曹長に問いかけた。
「二人も……構わないんだな?」
「私は隊長の補佐が役割です。どこまででもお供いたします」
「ナオキの言葉じゃねぇですけど、ここまで来て後には引けませんよ」
ジャックもサフィール曹長も迷うことなく隊長に応えた。
僕たち全員の意志を確認した隊長はそこで席を立ち、僕たち全員に命令を下した。
「よろしい。では、我々全領域即応型機甲操兵軍第一旅団予備操兵科第一小隊は、来週より第一旅団の旗下を離れ、参謀本部直属の独立任務部隊として活動を開始する。小隊員各員はそれまでに基地での任務を後任に引き継ぎ、出立の準備を整えるように!」
「「「了解!!」」」
僕たちはお互いへの信頼を表すかのように力強く敬礼した。




