第116話
少女を連れて旧ヤーバリーズ基地に戻ったホリーがまず最初に行ったことは少女の「不法入国」に関して、評議会の行政本部に報告をすることだった。これまでも意図せずして評議会の支配地域に共和国の人間が立ち入ってしまい、可能な限り穏便に共和国側に送還したケースはあったが、少女の場合は違っていた。
「……本当のことを言ってね? 自分の意志でここに来たって、あなた……」
「嘘なんか言ってませんって。自分で考えてここに来ました!」
「冗談であったとしても笑えないわね……」
旧ヤーバリーズ基地内に置かれている革命評議会の聴取室にて。
ふてぶてしく語る少女の態度に付き添っていたホリーは思わず頭を抱えたい思いにかられる。少女の聴取をしている職員も渋い表情を作っていた。
少女の話すところによると、彼女は革命評議会に加わるために、わざわざ家出をして共和国東部にあるエープラウドから遠路共和国西部にあるヤーバリーズまで出てきたのだという。
「……そ、それで、君はどうやってリヴェルナ共和国との境を越えてきたのかな?」
「さっきも話したでしょ? 検問で学生証を出して油断させたところで見張りの兵士の急所を蹴り飛ばして突破してきたの。理解力がないなぁ……」
行政本部職員の問いに少しいらついたように少女は答えるが、そのふてぶてしい職員は救いを求める様にホリーに視線を向ける。
ホリーはホリーでどうしてよいものか分からず、黙ったまま首を振るしかなかった。こんなにふてぶてしい態度を取る少女がついさっきまで街の不良に囲まれて怯えていたとは誰も信じないだろう。
革命評議会は確かに人手不足であり、共和国側の市民に対しても革命評議会側への参入を呼び掛けてはいるのだが、まだ十五歳にも満たない少女に来られてしまってもそれはそれで対処に困ってしまう。
年端もいかない少女を働かせるという普通の国家であっても体裁が悪い事象を、これから国際社会に向けて自分たちの存在を認めさせねばならない革命評議会が用いるわけにもいかない。下手をしなくてもリヴェルナ共和国政府にいい攻撃の材料を与えてしまう。
つまるところ、少女の存在自体が革命評議会にとってはいい迷惑であるといってもいい。参加を希望する人間を無下に扱うわけにもいかないが、かといって少女の希望をすんなり通してしまっては共和国側に付け入るスキをみすみす与えてしまうことにもなりかねない。
「……ねえお姉さん、もういいでしょ? 早くここから出してよ。私、何でもするからさぁ……」
「あなたが良くてもこちらはこのままじゃ困るのよ……さっきも言ったけれど、あなたは自分がどんなにとんでもないことをしでかしているのか、全然理解していないでしょ?」
「検問破ったこと? あれは確かにヤバいとは思ったけどさ、どうせ革命評議会に入るんだったらチャラになるでしょ? もう私共和国に帰らないし」
「困ったわねぇ……」
少女の言い分を聞いているだけでホリーは頭が痛くなってくる。こんなにも聞き分けの良くない子供がいるなんて、一体彼女の親は何を子供に教えてきたのだろう、と問い詰めたい気分であった。
と、そこでホリーはふっと我に返る。肝心なことをまだ聞いていなかった。
「そういえば、あなた、名前は何ていうの?」
「え、私? ……ジェシカよ」
「ジェシカ? ファミリーネームはどうしたの?」
「え、えっと、それは……」
ホリーの何気ない問いかけに、少女はそれまでのふてぶてしさはどこへやら、一転して口ごもり、大人しくなってしまう。
と、そこにホリー達の背後から普段から良く聞いている声がかかった。
「かなり手こずっているようですね、ホリーさん」
「議長、それに……特別顧問も!」
「……別にベゼルグと呼んでくれていいんだぞ、ホリー」
革命評議会議長であるギレネスと特別顧問であるベゼルグ・ディザーグが揃って部屋の入り口に立っていた。ギレネスはともかく、ホリーが父のベゼルグを見たのはおよそ半月ぶりのことである。新型WPの開発に立ち会うとのことで、しばらく「スポンサー」と呼ばれている存在のところに出向していたらしいのだが。
二人が部屋に入ってくると行政本部職員とホリーは慌てて席を立ち、少女は座ったままきょとんとした表情で二人のことを見上げている。
「まだまだかわいい子供ですね」
ギレネスは率直な感想を述べると側で直立不動の姿勢を取っている行政本部職員に「ご苦労様でした。あなたは下がってください」と声をかけた。
「は、はぁ、しかし……」
「心配はいりませんよ。彼女のことに関しては私の直裁案件としますので。あなたは通常の業務に戻ってください」
「……かしこまりました、議長」
行政本部職員はやや硬い動きでギレネスに一礼すると慌てた様子で部屋から出ていった。職員を見送った後でホリーもその場から立ち去ろうとしたが、ベゼルグがそれを止めた。
「おいおいホリー。お前は残れよ」
「えっ、でも……」
「いいから残れ。お前がいないと少し体裁が悪いしな」
「……わかりました……」
ベゼルグの言葉にホリーは黙ってうなずいた。ベゼルグが言いたいのは、男が二人がかりで年端もいかない少女を尋問している形を作りたくないから、女性であるホリーが残って少女の身柄を保証してやれ、ということらしい。
そんな二人のやり取りをよそに、ギレネスはジェシカと名乗った少女の正面に腰かける。ギレネスが視線を向けると、少女は目をぱちぱちさせた。
「……ジェシカさんですね? 私リヴェルナ革命評議会の議長を務めているギレネスといいます」
「……議長さん? ひょっとして一番偉い人だったり?」
「そう思っていただいて構いません」
「……ラッキー! あんな冴えないおっさん相手じゃ埒が明かないと思ってたのよね」
少女は相手が一番偉い立場であると知って一気に表情を明るくする。これで簡単に話を通せるものだと軽く考えている様子である。しかし、そんな少女の態度を見ながらホリーは不安を感じていた。
先程、ギレネスは職員に対して「私の直裁案件にしますので」と語っていた。単なる家出少女の話を議長が直裁しなければならない案件にするとは考えにくい。それにギレネスとベゼルグが二人そろってヤーバリーズにいる状態というのは、ギレネスの方がベゼルグに何かしら相談したい問題を抱えているのと同義であることを、ホリーはこの二か月あまりで経験則として学んでいた。
つまり、この少女はただ単に家出をしてきただけ、検問を破っただけではなく、何かしら秘密を抱えてここまできたということになる。
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