第111話
夕方になり、残っていた雑務を全て終わらせた俺はヴェレンゲル基地に臨時に設けられたノーヴル・ラークスの臨時作戦指揮所に向かった。
作戦指揮所と言っても、以前起きた襲撃事件の時に破損したまま放置されていた旧WP格納庫を急ごしらえで改装したという間に合わせの施設でしかない。作戦指令室だった部屋のオートロックは壊れたままで、格納庫内も流石に死臭がすることはなかったものの、あの時犠牲になった兵士たちの血痕やら何やらを消すことが出来なかったのか、ほとんどそのままの状態で残されていた。
要するに臨時作戦指揮所とは名ばかりで、実態は体のいい厄介払いだ。
その時現場に居合わせていた俺やジャック、サフィール准尉は流石にこの扱いには憤慨したものの、ジェノ隊長が「間もなく冬になるしね。天幕とかで野ざらしにされるよりはずっといいさ」と意に介さず受け入れたため、俺たちも渋々ではあったが矛を収めたのだ。
隊長の言っていることは一理あるのだが、それでもやはりあの事件のことを思いだしてしまうこの場所にはあまりいい印象が持てないのが正直なところだった。
複雑な気持ちを抱きながら、俺は作戦指揮所にある隊長室の前に立った。隊長室と言ってもドアはなく、部屋と廊下は布で仕切られているだけなのだが。
「失礼いたします隊長。入ってもよろしいでしょうか?」
「ん……ナオキ曹長かい? 何か私に用があるのかな?」
「少しだけ気がかりなことがありますので、ご相談にと」
「そうか。それなら入ってくれ。中で用件を聞くことにするよ」
隊長の許可をもらった俺は隊長室の中へと入った。一応、気がかりなことがあるのも相談したいというのも嘘ではないのであるが、どちらも隊長本人のことについてであるとは思っていないに違いない。
部屋ではジェノ隊長が椅子に腰かけて俺のことを見ている。その前には石油ストーブが置かれていて、隊長はそれで暖を取っているようだ。
隊長は備え付けられている古ぼけたスチールの机に向かい、何事か書き物をしていたらしい。机の上にはペンが置かれているのが見える。
「ナオキ曹長、ここにはもう慣れたかい?」
「前までいた場所ですからね。……ちょっと嫌なこともありますけれど」
「おっと、そういえばそうだったね……。済まない」
俺やジャックたちがここを嫌がっていたのを思い出したのか、隊長は小さく頭を下げる。
「いえ、隊長が謝ることでもないですよ。それより何か仕事の途中でしたでしょうか?」
「ん、いや、仕事ではないよ。ちょっと家族に手紙を書いていたんだ」
「それは失礼しました。一旦出直しましょうか?」
隊長の言葉を聞いた俺は部屋から退出しようとしたが、隊長はそれをゆっくりとした仕草で制止する。
「いや、その必要はない、ナオキ曹長。……出来れば君にも相談に乗ってもらいたいと思っている事柄があってね……」
「は、はぁ……分かりました」
俺は、隊長の言葉に戸惑いながらも勧められた椅子に腰かける。確かに隊長に元気がない原因を探りには来たのであるが、隊長の方からこうやって話を持ち掛けられることになるとは思ってもいなかった。
俺の怪訝そうな顔を見たのか、隊長は苦笑いを浮かべながら話を切り出した。
「……私に元気がないのが気になるのだろう、ナオキ曹長?」
「え……? い、いや、そのようなことは……」
「隠す必要はないよ……君の顔を見ていればそのくらいの想像はつくさ」
隊長が困ったような声で話すのを聞いた俺は内心で舌打ちした。どうしてこう、すぐ気持ちが表情に出てしまうのだろう。流石にちょっと、そんな自分が嫌になる。
「まあまあ、そう落ち込むなナオキ曹長。それに、気持ちが表に出るというなら、私も君のことを笑えないからね」
隊長がなだめる様に言うのを聞いた俺は本来の要件を思い出し、気持ちを切り替える。それはそれとして、隊長から話を聞かねばならない。
俺は改めて隊長の方に向きなおり、口を開く。
「……確かに隊長のおっしゃる通り、今日の隊長には今ひとつ覇気が感じられないように俺には思えました。僭越ですけれど、何か悩み事でも抱えていらっしゃるのかな、と考えまして……」
俺が単刀直入に切り出すと、隊長はいかにも言いにくそうにゆっくり口を開く。
「……うむ。私が東部の出身なのは既に話した通りだが、私にも家族がいてね。妻と二人の子供を家に残してノーヴル・ラークスに赴任してきたんだ」
「お子さんがいらっしゃるのですか?」
「……うん、上は十四歳の娘、下は十一歳の息子の、二人がね」
隊長は重々しくうなずき、それを聞いた俺は反射的に実家にいる弟妹のことを思い浮かべる。二人とも母さんと一緒に元気でやっているだろうか?




